カルク
花壇の花をむしり取っている女の子がいる。
「殺される、ぶたれる、殴られる、叩かれる……殺される、ぶたれる、殴られる、叩かれる……。」
花占いにしては不吉すぎる。俺はその女の子に近づくが、彼女は俺に気がつくことなく、白い花をぶちぶちと、ちぎり続ける。
「ヒナ。」
俺は彼女の名前を呼ぶ。すると、持っていた花を投げ捨てて静止した。
「ヒナ。」
もう1度呼ぶ。
「……お兄ちゃん?」
ヒナは俺の方を見るが、その目は酷く淀んでいる。
「戻ろう、アイツらが帰ってくる。」
「でも。」
もう少しだけ外にいたいらしい。だが、アイツらに外に出たことが見つかったら一貫の終わりだ。
「いいからっ!」
仕方なく半ば強引に手を引っ張って連れていく。ヒナは大人しくなった。俺は玄関のドアを開けて2階の部屋に入った。
「痛かったよ……。」
ヒナは怯えている。俺はすまなかったと言い、頭を撫でる。
「お兄ちゃん、こっち。」
ヒナは俺にキスした。そのまま舌を絡める。
「ヒナ……。」
俺はヒナを抱き締める。ヒナも俺を抱き締める。
もう疲れた。このまま一緒に死んでしまおうか、そんな考えさえ頭をよぎる。
ここに閉じ込められ、1カ月。ほとんど食べ物も貰っていない中で『撮影』と称されて粗悪な道具のように扱われる日々。
「今日は何するのかな……『撮影』されるのかな。」
ヒナは呟く。
アイツらの仕事は拷問、暴力を娯楽作品として『撮影』することらしい。そして、俺はアイツらの言う通りヒナを殴り、蹴り、刺し、切り裂き、叩き……ヒナの体にある傷は全て俺につけたものだ。そうしなければ、ヒナはアイツらによって犯され、殺されてただろうから。
「どうせ撮られるならもっと別のことしたいよ。」
ヒナもうなずく。俺はともかくヒナは体全体に怪我をしている。全て俺がつけた傷、これを見るたび心が痛む。
そのとき、乱暴に玄関のドアを開ける音がした。
「ただいまー。」
階段を登る音がする。
「……怖い」
俺はヒナをさらに強く抱き締めた。ヒナは俺の首筋を舐める。
「よお、お前ら……何だ、またヤってたのか?仲良しだなー。」
チャリン。左耳のピアスが光る。
「別に。」
ヒナが震えているのがわかる。この左耳にピアスをつけている男は俺達の世話役で撮影には直接関わっていない。ヒナにも俺にも比較的に優しい。
「まぁどうでもいいんだけどな、来い。」
「……行こう」
俺はヒナにそれだけ言うとリビングへと降りた。アルコールの匂いがする。そこには『撮影』専門の2人の男が座っていた。
「アレは下に運んどいたぞ。その2人も地下室に入れとけ。明日から『撮影』しようか?」
「食料もあるしな、1日くらいならいいだろう。――ブチこんでおけ。」
2人の男はそういうと、酒を飲み始める。
「さっさと入れよ、明日の朝には迎えに来てやるから。」
ドアを開けると俺の背中を蹴った。そして、ヒナも乱暴に投げ込まれた。
「うわっ!」
「……」
痛い。ヒナはどこにいるんだろう。水道がどこかにあるのかポチャンという音が聞こえる。地下室は真っ暗で何があるかわからない。
「ヒナっヒナ!!」
俺は声を張り上げる。
「おにぃちゃん?おにぃちゃん!」
必死に手を伸ばすと、ヒナの手が俺の手に触れる。よかった、見つかった。
「……るっせーな。誰だ、テメェ?」
「!」
男のような低い声がする。俺は警戒する。
「俺はカルクだ。誰かそこにいるのか?」
声を張り上げて言う、ヒナはビクッとした。
「……あぁ、私はジーンだ。お前ら何人いるんだ」
不機嫌そうな声だった、俺はヒナを引き寄せる。
「2人だ、2人」
ヒナは震えながら俺を抱き締める。
「そうかぁ、何日ここにいる?」
「1ヶ月以上、突然誰かに殴られてここに連れてこられたんだ。ヒナも同じだ」
「そうかぁ、ほら。そこら辺には私の横に食べ物が入った缶詰めがある。食いたければ食え。」
俺はヒナの手を引き段ボールを見つけ缶詰めを取り出す。なぜか段ボール鉄の錆びた匂いがした。
「……ヒナ、缶切りを探してくれ」
「うん」
俺も缶切りを探そうと手を伸ばす。すると、筋肉質の硬い腕に釘のようなものに手があたった。何か柔らかいものに刺さっているようであっさり抜けてしまった。
「うっ、お前……釘、抜いてくれるのか?」
男は嬉しそうな顔をする。
「えっ?」
よくよく触ってみると釘はジーンの両腕に10本ずつ刺さっているようだ。そして、ジーンは壁にはりつけられている。
「これ……大丈夫なのか?痛くないのか?待って、今抜く」
「あぁ、痛いさ。私が暴れるといけないからとアイツらが刺した」
ジーンはケガをしているのは確かなようで釘で刺された20ヵ所の傷以外にも足にも切り傷があった。俺は他にもないかと、頭や胸元を触ったが特になかった――その胸の膨らみ以外は。
「……すまん、女性だったんだな」
「かまわん、それにしてもお前らは兄弟みたいだな。」
ジーンは本当に気にしていないみたいだった。
「兄弟じゃないよ、近所に住んでいたんだ。挨拶する程度の中だったけどね。」
「そうか、お前らも大変だな。」
ジーンはあくびをする。
「ジーンは……君はどうしてここへ?」
「そうだな……ちょっと、仕事でヘマしてな……ま、どうせここもすぐ出られるんだけどな。」
ジーンは余裕のある表情をする。
「おい、それはどういうことだ?」
ジーンはにやついた。
「『すぐ』にわかる。」
バンッ
その瞬間、銃声が響いた。悲鳴のような声も聞こえる。
「……?!」
「お、なかなか早いじゃん」
「なんのおとー?」
ヒナは首を傾げた。
「一体、何が――?」
俺がいいかけたときに、ふいにドアが開けられた。
「終わったぞー。」
そこには俺達の世話役だった――左耳にピアスをしていた男がいた。