その後、彼らは
第四話
そして次の日の昼休み。
俺と奏は一緒に弁当を食べていた。
「昨日はあの後、どうしたんだ?」
俺はなんとなく昨日の事を聞くと、奏はいつものように落ちついた口調で返す。
「なんとか二人きりにしたよ。まぁ、その後は分からないけど」
「そっか」
そして、沈黙が訪れる。
奏は不意に変な質問をする。
「春は恋はしてるの?」
「いや、してないな。それに……」
俺がそこで止めると、奏は不思議そうに見てくるので、眼を逸らす。すると、そこに俺の方を見ている男子生徒を見つけた。確か、伊藤賢人だったか。
だが、そんな考え事をしている間も奏はじっとこちらを見るので、俺は続きを言う。
「それに、これからもしないだろうな」
「なんで?」
「いや、うーん……」
俺が口ごもると、奏は言う。
「ま、いいや」
すると、健也と加護が見えた。
会話の内容は聞こえないが、加護と塩田さんが話している所に健也が入っていく構図。塩田さんも加護も、嬉しそうでは無い。
まぁ、こんなもんでいいかな。
俺はそう思うと、奏の方を見た。
弁当を食べ終わり、俺は廊下を歩いていた。
前には賢人がいたが、「さっきなんで俺の方を見ていたんだ」なんて聞くのはバカらしいし、そもそもそれに大した意味は無いだろう。
すると、後ろから声をかけられる。
「相沢君」
「ん?」
そう言って振り返ると、塩田さんがいた。
塩田さん!? 何の用だろう?
俺はそう思ったが口には出さず、続きを待った。
「あ、あのさ」
「うん」
少しの沈黙の後、塩田さんは言う。
「遊ばない?」
「良いよ」
ああ、そういう用か。
「ほんと?」
「うん。どこにしようか?」
「えーとね」
あれ? 俺は恋はしないんだよな? うん、しない。そうだ。
恋なんて、悲しみを生むだけ……。だけどなんでだろう? この気分の高揚は。
関係の進展は、どうやら加護と健也だけでは無いらしい。
――なんで?
昼休みの時、奏に聞かれた質問の返答をするなら、「恋が嫌なモノだと思うからだ」だと言うだろう。
痛みしか生まないそれの、何が良いのか? ――俺には分からない。
あれの何が良いモノなのか? よく考えたら、その答えに辿りつかないんじゃないか?
――だけど。
あの気分の高揚は、良いモノだと、思ってしまった。
――でも、俺は変わらない。
春は嫌いだ。
勝手に気分が高揚するから。夏も気分の高揚を押しつけてくるようで、嫌いだ。秋も切なくて儚くて嫌いだ。冬も冷たくて嫌いだ。
だから俺は好きなモノなんて無い。
好きなモノなんて無い。
俺はそう、言い聞かせるように何度も思った。
――好きなモノなんて無い。
土曜日。
俺は電車から下りると、集合場所へと向かった。
胸がドキドキするのは、まぁ、今回遊ぶのが塩田さんと俺の二人きりなので、上手く行くかどうかを心配になっている、という事なのだろう。
集合時間は十時。今の時間は九時三十分。
大丈夫の筈だ。
そう思って集合場所へ行くと、ちょうど塩田さんも来た所だった。
塩田さんの私服は、前にも何度か見たけど、いつもより可愛いなと思った。
「あ、おう」
俺が言うと、「おはよ」と小さく塩田さんも返した。
なんでだ? 俺の言葉が、自分で思ったのよりも小さく出た。
「じゃ、行こうか」
「うん」
俺は塩田さんの返事を聞くと、ゆっくり歩き出した。
まぁ、速く歩いて迷惑かけてもいけないし。
そのままゆっくりと歩き続け、水族館に着く。
まあまあ混んでいるけど、入るにしても十分程度並べば入れそうだな、と思うと、列に並んだ。
塩田さんが言う。
「水族館なんて久しぶりだよ~」
「俺も、久しぶりだなぁ。何が好き?」
俺が聞くと、塩田さんは少し悩んで言う。
「うーん。カクレクマノミ!」
「あー、可愛いよね」
「うん。相沢君は何が好き?」
俺はそう聞かれると、その質問には返答しなかった。
「春で良いよ」
「う、うん」
「俺は……マンボウかな」
「ふふっ。可愛いね」
「可愛いよね」
俺が返すと、塩田さんは首を横に振り、言う。
「いや、可愛いってのはあいざ……春の事だよ」
「え? そう……かな。でも、塩田さんも可愛いよ」
俺が冗談半分、本気半分で言うと、体が熱くなっていく。
「そ、そう? ……ありがと。あ、てか! 鳴海で良いよ」
「うん。分かった」
そう返事した時には、俺も塩田さんも顔が真っ赤だった。
チケットを変える順番まで来たので、二人分を買うと、中へ入った。
中には色々なクラゲがいた。
「すげー」
「綺麗だね~」
俺と塩田さんが感想を言う。
中もそこまで混み合って無いし、大丈夫かな。
俺は思うと、クラゲを見て笑っている、塩田さんを見た。
その時、心がドキッと弾んだ気がした。
そのまま進んで行くと、カクレクマノミを見つけた。
「塩田さん。じゃなかった、鳴海」
俺が呼ぶと、
「何?」
と鳴海は返したけど、顔は真っ赤だった。
「カクレクマノミだよ」
「あ、ホントだ! かわい~」
鳴海はカクレクマノミを見ると、満面の笑みを浮かべた。
更に進むと、ペンギンもいたりして、その後水族館を出た。
「楽しかったね」
「うん!」
「次は映画でも見る? まぁ、前にも見たけど」
俺は健也達と行った事を思い出す。
「私は良いよ!」
「じゃ、何見よっか?」
「うーん。行ってから決める?」
「じゃ、そうしよう」
そんな事で俺と鳴海はチケットを買った。
なんか、冤罪で捕まえられた犯人が自分の冤罪を証明する、というありがちな映画を見る事になった。鳴海が「気になる」と言っていたのが決定打だった。
俺はそろそろ昼ごはんの時間だと気付くと、オムライスの店に行く事を決めた。
店に入ってオムライスが二人分くる。
「楽しかったね~」
「ああ。可愛かったね」
「うん!」
そんな会話をして、食べ終わると、ショッピングモール内のゲームコーナーに行く事にした。
色々見て回ると、鳴海が止まって言う。
「あ、これ可愛い!」
「ん?」
そこにはぬいぐるみがあった。
「やろ~」
鳴海はそう言って百円を入れる。
そのままUFOキャッチャーを操作すると、普通に取った。
「すげえな」
「でしょ~」
あー、鳴海が出来なくて俺が取ってやるパターンじゃないのね。まぁ、俺得意じゃないけど。
そんなこんなで時間は過ぎて、映画の時間になると、俺達は映画へ向かった。
映画館へ入ると、席に着く。
そのまま映画は進んでいき、主人公は自分の妻を殺した、なんていわれの無い罪で捕まり、そこから脱獄しようと考える。しかしそう上手く行く筈もなく、手立ては見つからない。そこで脱獄囚に聞くと、方法が見つかり、脱獄。その脱獄するシーンがスリリングで、まあドキドキするシーンだった。
そこで鳴海は眼を開けたり閉じたりしていた。見たいような、見たくないような、そんな感じなのだろう。
そのまま進んでいき、犯人は友人だったようで、それをつきとめると、主人公は娘をどうしようか? と考える。しかし、友人が犯人として捕まると共に、主人公も捕まる。なんせ、主人公は脱獄する時に、他の囚人も脱獄させる結果となったのだから。主人公はその時に他の脱獄囚が捕まるように工夫していて、それが成功し脱獄囚が野に放たれる事は無かったものの、それは立証されず、結局主人公は死刑という事になってしまう。
娘は一人残されてしまう形になる所だったが、犯人だった友人の妻が引き取る事となり、主人公もその妻なら任せられるという事で死ぬのだが、そのシーンでは、鳴海は泣いていた。もう号泣だった。俺もそれにつられて泣いた。
そして、映画は終わり、帰りの電車。
俺と鳴海の乗るは電車は違い、俺は鳴海の乗る電車のホームに立っていて、鳴海は電車に乗っていた。
「今日は、楽しかったよ。ありがとう」
俺が言うと、鳴海が返す。
「うん。私も楽しかったよ。なんていうか、あっというまだったなぁ」
「ああ。俺もそんな感じだ」
そして少しの間をおいて俺は言う。
「また……遊ぼうな」
「うん!」
すると、「間もなく、二番線のドアが閉まります。ご注意ください」というアナウンスが流れる。
「じゃあね」
「じゃあな」
鳴海と俺がそう言うと、ドアが閉まり、電車は進んでいく。
俺は手を振り、鳴海も手を振り、しかし距離は遠ざかっていく。
不意に風が吹いて、俺の体を寒くさせた。
――今日は楽しかったなぁ。
俺はそう思うと、階段を上っていった。