終わり、始まる
第三話
それから、何日も加護とは話さなかった。健也とはたまに話すけど、いつもより素っ気なく、塩田さんとはいつもより話すようになった。
加護は別に俺に怒っている様子は無く、本当にただ、今までどうりに話しかけてくる事がなくなったように見える。
俺はそこが怖かった。多分、自己解決したんだろう。許す、と。何故怒って何故許したかなど俺には分からないが、許されてしまってはもう何も出来ない。
そう。加護の中では俺にもう話しかけないという変化だけを残して終わっているのだ。俺が今更終わったモノを取り戻そうとしても、加護は取り合わないだろう。
そしてなにより、取り戻す必要など無い。
というわけで、俺の中でもこれで終わらせておく事にする。
「春」
その言葉に振り返ると、そこには橋本奏がいた。
奏とは、まあまあ仲が良い方だろう。高一で同じクラスでなかった事も含めれば、ここまで仲良くなるのでは、一番早いかもしれない。
「どうした? 奏」
そして、こいつは大きすぎる特徴がある。
「春はどんな本を持ってきているの?」
「ああ。俺は――」
そのもう一つの特徴は、こいつが去年自殺した生徒の双子の兄だと言うこと。
しかし、この通り。こいつは明るいので、心配する必要は無さそうだ。
「僕はこのメモ帳なんだけどね――」
え?
昼休みになると、俺は奏と二人で教室で弁当を食べていた。
何人かは食堂で食べていて、健也は食堂で食べている。加護と塩田さんは教室だ。
半分ほど食べ終わった頃、奏は唐突に「加護さんと何かあった?」と聞いてきた。
何か……あった、のだろうが。俺はそれを何も知らない。ぼんやりとしか捉えられていない。しかしそれでも、奏が聞いてくるという事は目に見えた変化があったのだろう。
「わからない」
俺が言うと、奏は「そっか」と言った。
よく気付いたな。確かに加護との会話数は減っているが、聞いてきたのは奏だけだった。
そういえば、健也の恋を応援しなきゃいけないんだった。
「どうしたの?」
突然、奏にそう言われて気付く。
――俺は笑っていた。
「いや、なんでもない。食べようぜ?」
「うん」
そして、俺らはまた弁当を食べだした。
なんで、俺は……。
廊下。
加護は一人、歩いていた。
周りには俺がいた。それ以外はいない。
「加護」
俺が呼ぶと、加護は振り返って言う。
「ん? 何?」
やはり、怒っている様子は無い。
「土曜日、空いてるか?」
俺が聞くと、加護は少し困ったような顔を見せた後に、言う。
「なんで?」
「いやなに。遊ぼうって話があってな。健也とか奏とか塩田さんとかで。お前もどうかなって」
俺が言うと、加護は少し驚くと、言う。
「うーん。行こうかな」
「そうか。わかった」
「うん」
手を上げると、言う。
「じゃあな」
「じゃあね」
これで問題は無くなったな。
遊ぼうという話の発案は俺だ。残念ながら俺では奏しか誘えず、健也は「加護が来る」という事で来る事になり、サッカー部も土曜はオフだという事なので、土曜に決まった。奏と健也はサッカー部なので、日程はこれで良いとして、問題だったのが、加護を誘えるか、という事。なので、とりあえず女子が他にいた方が良いという事で誘えたのが、塩田さんだ。誘った時は喜んでくれて良かった。
そして加護も誘えたので、これで問題は無くなった。
健也にとっては、これで良いだろう。とにかく加護との関係の進展を手伝えば良いのだから。
俺はケータイを取ると、健也に「お前の恋の応援は奏にも協力してもらったらどうだ? その方が多分、土曜日に上手く行くぞ」とメッセージを送る。
すると、「じゃあ、教えといてくれ」と返ってきたので、奏に「健也は加護が好きらしいんだ。誰にも言うなよ?」と送ると「えぇ!? そうなの?」と返ってきたので、「ああ。だから、土曜日は協力してやってくれ。お前が加護を好きっていうなら、別だけど」と送ると、「うん、協力するよ」と返ってきた。それに「サンキュー」と返信すると、ケータイをスリープモードにした。
はぁ、疲れた。
すると、画面が明るくなり、「もしかして、その為に土曜日の遊ぶ約束したの?」という奏からのメッセージが表示された。それに「ああ」と返すと、「春は優しいんだね」というメッセージが返ってきた。
俺は優しくは無いよ。
ボーっと画面を見つめていると、画面は暗くなり、そこに映った俺の顔は酷く不敵に笑っていた。
「急ぐべきではないよね」
俺のそんな独り言が宙を舞った。
――ああ、これじゃあ届かないや。
土曜日になると、俺は集合十分前の十二時五十分にデパートへ来ていた。
俺が集合場所に着いた時、もう塩田さんと奏はいて、俺が着くと後は健也と加護を待つだけだった。
まぁ、正直、気が重いな。
メンバーとして、奏と塩田さんはお互いに仲が良いし、俺とも二人共仲が良いので問題無いのだが、健也と加護はキツイ。なんならメンバーを奏と塩田さんだけにしたかったくらいだ。まぁ、しょうがない。
「ゴメンゴメン。皆はやいね~」
と加護が着き、
「よっ」
と健也も集合場所へ着くと、俺らは動き出す事とした。
奏はニコニコしていて、塩田さんは加護と楽しそうに話していて、健也は時折、加護と話し、奏と俺もちょくちょく話をしていた。
最初に映画館に向かった後デパートをぐるぐると回っていると、奏が「そろそろ時間じゃない?」とさっき買っておいた映画のチケットの時間の事を言ったので、俺も「そろそろだな」と言い、映画を見に行く事になった。
俺らは劇場内に入ると、健也が階段を上っていき、席に向かった、俺はそれに続き、俺に奏が続き、加護、塩田さんと上がっていった。俺は席と同じ高さへ着くと、加護に肘を掴まれる。
「ちょいちょい」
「なんだよ」
ていうか、ちょいちょいって日本語かよ。
「まあまあ」
と加護は本心は言わずに席へ向かってしまう。奏は普通に前を譲るしで、加護、塩田さんと席へ向かって行ってしまった。
「なんか……結果オーライ?」
という奏の言葉に俺もその通りだなと思った。
「じゃあ、行きなよ春」
「なんで俺が……」
「まあまあ」
奏もさっきの加護みたいな事を言い、俺を押す。
席は左から奏、俺、塩田さん、加護、健也となった。
そのまま映画は進んで行く。どうやら父と母が別居状態の中、姉は父、妹は母と住んでいて、父の方が犯罪をして海外に逃亡。その時に姉も連れられる。母と妹は父が犯罪をし、姉も連れらている事を知っているものの、どうする事も出来ずにいると、父が捕まる。事情聴取をするものの姉の居場所は分からず、不安にかられるものの、最後には再会できる、という薄っぺらいストーリーの映画を見ているのだが、何故この映画をセレクトしたのか? 選ぶ時に塩田さんと奏は結構これを見たいと言っていたけれど、感動の再会の場面でも、別に……ん? 何故か視界が揺れる。あれ? どうやら眼に涙が溜まっているらしい、ゴミでも入ったかな?
とりあえず、横を見てみると、左右とも号泣していた。
……なんか、これなら俺も泣いてもいいかも。
という事で、結果的には俺も泣いた。健也と加護は全然泣いてなかった。
映画が終わると、五時を過ぎていた。
塩田さんが申し訳なさそうに言う。
「私、塾があるからそろそろ……」
その言葉に俺が、
「そっか」
と返事をすると、塩田さんは「ごめんね」と言った。
「いやいや良いんだよ。俺もそろそろ帰ろうかな~」
言うと、加護が、
「じゃあ二人は先に帰ってて?」
と言った。
まぁ、それでもいいけど。
俺が奏の方を見ると、奏は頷いただけだった。
分かっているのかな? まぁ、良いや。
「じゃあ帰る?」
俺の言葉に塩田さんも返す。
「うん」
塩田さんはそのまま駅に向かうので俺はそれに着いて行く事にした。
気まずくも無い沈黙を埋めるように俺らは話す。
「今日楽しかったね」
「ああ。あの映画、良かったなぁ」
「うん! 感動した」
「今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
そんな会話が続き、駅に着く。
改札を通ると、そこから電車に乗る。
塩田さんは座るので、俺はその左に座る。
そのまま窓を見ていると、歩いて行く奏が見えた。塩田さんは気付いていないようだった。
奏がここにいるという事は、つまりあいつらは二人きりって事か。
俺はそう思うと、また沈黙を埋めるように話し始めた。
一度、終わり、だから、始まる。