きゅう。
「あー……、あたし生きてる」
目の前には見慣れた天井。あたしは自分の部屋に寝かされたらしい。
肩にそっと触れば包帯らしき布が巻いてあった。静さんがやってくれたのかな……。
起きようとすると肩が痛くて顔が歪む。
「まだ寝てろよ、深く斬った」
「……アンタ」
視線の先にはあたしを斬った若侍。水が入った桶と布を持って横にきた。
「生きてたんだ?」
「正確に言えば生かされたんだよ、あの人に」
嫌味を言ったらつまらなさそうに答える。あの人はたぶん先生のことだ。
「貴方の命を一時預かります、しばらくここで生きてみませんかって言われてたな」
「幸宗?」
ひょっこり後ろから顔を出した幸宗は若侍の隣に並んだ。
「肩、大丈夫か?」
「……まぁね」
笑う元気はあるからたぶん問題なしよ。
「幸宗、静さんに起きたって言ってきてくれ」
「わかった」
指示に従って幸宗は部屋を出ていった。
「名前、聞いても良いか」
侍がぽつりと呟く。
「……寿々。アンタは?」
「伊尾健太」
「何歳?」
「十七になった」
「やっぱタメか」
「タメ?」
「同い年ってこと」
「ああ……」
少しばかり沈黙が流れる。それを先に破ったのは彼だった。
「悪かった」
「何が?」
あたしは目を瞑ったまま聞き返す。
「いきなり斬りかかったことだ」
「……別にいいよ」
「いいわけないだろ。嫁入り前の女に傷をつけて……」
あらら、ホントに気にしてるっぽいわ。
斬られてない方の手を降って元気さをアピールしてみる。
「いいって、傷残らないと思うし」
「でも」
しつこいなぁ、人が気にするなって言ってんのに。何かイライラしてきた。
「うるっさい、いつまでもウダウダ言ってる暇があるなら先生のことちゃんと調べなさいよ」
「……わかった」
ドスのきいた声で言ってやれば、か細い声が返ってきた。
「ねぇ、どうやって幸宗を手なづけたの?」
「手なづけてはないさ。あの人みたいに強くなりたいって言ったら仲間だと言われた」
「じゃあ明日から稽古だね」
「稽古?」
「幸宗に気に入られちゃったらとことん稽古の相手させられるよ」
「……それもいいかもな」
ふっと彼は笑う。
「やっと笑った」
「は?」
「さっきからずっと眉間にシワ」
どっかの学者みたいに難しいこと考える必要ないよ。あたし達まだ子供なんだから、甘えたって良いんだよ。
「そういえば、笑うのは久しぶりかもしれない。復讐に必死だった」
「……あのさ、しばらく復讐忘れない?」
あたしの問いに彼はあからさまに顔をしかめた。
「あたしの傷が完全に治るまでで良いから」
その間に少しでも先生へのわだかまりを無くしてほしい。
「……わかった」
健太は渋々頷く。あたしは自然と笑顔になった。
「じゃあこれからよろしくね、健ちゃん」
「……健ちゃん?」
「健ちゃん頑張れー」
「その名前で呼ぶなっての」
ただいま若侍改め健ちゃんが、幸宗と稽古の真っ最中。勿論お互い木刀で。
「なかなかやるなっ!」
「お前もな、幸宗」
必死な幸宗に対し、健ちゃんはまだ余裕がありそう。
「肩の傷はどうですか?」
「先生」
座って見てるあたしの横に先生が立った。
「痛みはもうないんですけど、静さんが暴れたら傷が開くからしばらくはじっとしてろって」
だから稽古も見学なんだよなぁ……。ホントつまんない。
「たまには休息も必要ですからね」
やんわりと微笑む先生に文句は言えなかった。
「……先生、健ちゃんのお父さんのことホントに知らないんですよね?」
「もしかして疑ってます?」
先生の眉がへの字になった。心なしか笑顔が悲しそうに見える。
「ち、違います! ただ……あたしは信じたいだけです」
先生は江戸の生活を教えてくれた恩人だから疑うなんて出来ない。でも、信じるための事実を先生からちゃんと聞きたかった。
「すみません。私はいつも、困らせてばかりですね」
「そんなこと……」
「彼の両親とは面識ありませんよ。名前も先日初めて聞きました」
「そう、ですか」
あたしは先生の言葉を聞いても、妙に後味が悪くてすっきりしなかった。
「今日はここまでにしましょう」
「ありがとうございました!」
いつものように先生は最後の子供まで見送っている。その後ろ姿を見つめるのは、もうあたしだけじゃない。
「幸宗って結構強いな」
「そうは言っても健ちゃん余裕そうだったけど?」
健ちゃんは今あたしと同様に先生の家で居候中。だから帰りも二人から三人に増員した。
「そりゃ年季の違いだ。アイツ将来絶対強くなるよ」
健ちゃんの言葉にあたしは深く頷いた。
「お待たせしました。帰りますか?」
「あ、すみません。あたしちょっと買い出し行きます」
静さんに頼まれてたの忘れてた。怒らせると怖いからなぁ……。
「一緒に行きましょうか?」
「大丈夫です。すぐ近くなんで」
先に帰るよう言って、あたしはなるべく足早に店へ向かった。
「味噌って……これで良いんだよね」
風呂敷包みに抱えて歩きながらあたしは呟く。
静さんからいつもの、って言えばわかるって言われてたけど……ホントにわかるなんてやっぱり商売って凄い。
でも静さんの名前聞いて慌ててたから何かしたんだろうな……。
「恐いなぁ」
「何が?」
視線を前に向ければ、健ちゃんが柱によりかかってこちらを見ている。
「健ちゃん、どうしたの?」
「別に」
何でかわかんないけど彼はあたしから視線を反らす。
「もしかして迷った?」
「ばっ、馬鹿にするな!」
ちぇー、そんな怒らなくても良いのに。軽いジョークよジョーク。
「じゃあ何さ」
「……荷物」
「は?」
よく聞こえなかったから聞き返すとムッとされる。
「荷物を持ちにきたんだよ!」
そう言って健ちゃんはあたしの手にあった包みを自分の方へやった。
「……傷が開いたら面倒だろ」
気にしてんだね、まだ。でもあたし。
「かゆい」
「……あ?」
「女扱いとか慣れてないもん! なんか無茶苦茶恥ずかしい!」
叫びながらあたしは軽く走った。
「あ、馬鹿! 傷が開くって言われて……」
「大丈夫だって。あんまり心配すると禿げるよ?」
「うちの家系は禿げない!」
健ちゃんと騒ぎながら家に帰る。こういうの楽しいとか思ってたのに。
「こんばんは」
「雄吉さん……」
またこの男に振り回されそうだ。
読んでくださり、ありがとうございます。