ろく。
「ご託はいらないの。先生を返して」
あたしの前には狂暴そうでいかにも悪な侍達。でも怯んだら確実に負ける。出来る限り強気な態度であたしは侍達を見つめ返した。
「先生?」
「藤沢元、そういえばわかる?」
先生のフルネームを言ったのは初めてかもしれない。でもそんなことを考える余裕はあたしに無かった。
そう、まったく余裕が無いクセに、あたしってば堂々と正面から向かってしまった。嗚呼……馬鹿なあたし。
まぁ正直が一番だよね、なんて思ってみるけど。
「ああ、あの野郎の知り合いか」
「お嬢ちゃん、ここは遊び場所じゃないんだ。わかるか?」
目の前に顔を持ってきた男の頬を木刀で勢いよくはっ倒す。一気に部屋の中が殺気立った。
「何すんだこの女!」
「先生はどこ?」
無抵抗の人間を叩いたのは初めてで。この異常な殺気にもあたしは震えそうだった。
「なぁ、嬢ちゃん。アンタはあの男の何なんだ?」
一番偉そうな感じの顔に傷のある侍があたしに聞く。
何なんだって言われてもなぁ……。
「保護者だし、家族だし……何て答えれば満足?」
「何でも構わねぇさ。ここを知られたなら叩っ切るまでだ」
人が真面目に考えてたのに、あたしの貴重な時間を無駄にしたなこら。
刀を抜く音があちこちで聞こえる。当たり前な話だけど、相手は侍。真剣を持ってるんだ。
流石に木刀じゃ駄目だったかな……。
「さっきまでの勢いはどうした?」
見下したような笑みの傷のある侍。
たばになって一人叩く最低な相手になんて絶対負けたくない。
「……上等よ、かかって来なさい!」
木刀を握り締めてあたしが叫んだその瞬間、物凄い轟音と砂埃が舞った。
「やはり牢にいるのは疲れますね」
穴のあいた襖を蹴り倒し、彼は颯爽と現れた。
「……先生」
情けないことに、あたしは泣きそうだった。先生が無事で、いつもの笑顔だったから。
「寿々さん」
「はい……?」
「来てくださったんですね」
先生はいつも笑っているから、怒っているのかもよくわからない。それでもさっきの状況に比べたら最高の気分。
「お前どうやって……」
「見張りが一人では不便ではありませんか?」
もしかしなくても倒しちゃったわけですか先生。意外と恐いんですよね。
笑顔の先生によくわからない迫力を感じてしまった。
「くそっ……やっちまえ!」
侍達はあたしと先生にとびかかる。先生は刀を鞘から抜いて不敵な笑みを浮かべた。
片っ端から敵をなぎ倒し、十分も経たない内にほとんどの敵を倒した。ただ一人を除いて。
「何なんだ貴様!」
「ただの侍ですよ。貴方と同じてす」
刀と刀をぶつけあい、対峙する二人。あたしはただそれを黙って見ていた。
傷の男が押され気味で、先生はまだ余裕がありそう。
「同じならば! 気持ちはわかるはずだ。侍の時代はいずれ終わる」
感情的になる侍。怒りや憎しみ、焦りの表情があたしでもわかった。
確かに侍の時代は終わる。未来で生きてたあたしは居心地が悪かった。
「そうでしょうね」
落ち着いた様子で先生は言う。
「全てのものに、終わりは来ますから」
「貴様は何故そんなに落ち着いている!」
「変わらなければ、構いませんから」
そう答えた後、先生は侍を鞘で殴って気絶させた。
「君は何者だ?」
「あ、えっと……」
あたりには警察官らしき人達が散らばって、倒れている侍達を捕まえていた。騒ぎを聞いた近所の人が通報したらしい。
指示を出していた警察侍があたしに寄ってきた。年は二十代前半あたりの真面目そうな眼鏡をかけた男。
「彼女は私の教え子ですよ、加地君」
助け船を出したのは勿論先生だった。
「先生。もしかしてまた仕事引き受けたんですか?」
うわ、凄い呆れられてるよ……。っていうかこの人は先生と知り合い?
「困っていたようでしたから、つい」
「ついじゃありませんよ、あまり危険なことに関わらないでください」
「すみません」
怒られてるのにピリピリした空気はない。お互い微笑みながら話している先生達。
……あたし除け者ってやつ?
「あのー、お二人は知り合いなんですか?」
流石にこのままじゃ無視されてるみたいで寂しい、あたしが。
「ええ、彼は加地君。元教え子です」
「初めまして、加地といいます」
「あ、寿々です。宜しくお願いします」
礼儀正しく頭を下げられて、慌ててあたしも同じようにした。
「元教え子ってことは加地さんも、先生に剣術習ってたんですか?」
「大分前ですけどね」
「あの頃の加地君は幸宗以上の暴れ者でしたね」
微笑みを見せつつ、先生は言った。
あの幸宗より上をいってたんだ。人はやっぱり外見じゃないんだなぁ。
「む、昔の話ですよ……」
その言葉を聞いただけで加地さんは冷や汗をかいていた。どんだけ悪いことしたんだアンタ。
「それで、彼等は?」
「ああ、最近誰かに指示されてやってる事件が多くて……恐らく同じようなものだと思います」
「黒幕がいるわけですか」
「そうなります」
真面目な会話を、あたしは黙って聞いていた。
邪魔したくないっていうか出来る雰囲気じゃないし。
「何かわかると良いですね」
「ええ……捜査協力、ありがとうございました」
ビシッと頭を下げる加地さん。
「いえ、ご苦労様です。寿々さん帰りましょうか」
「あ、はいっ」
あたしは加地さんに頭を下げ、歩き始めている先生のあとを急いで追う。
「寿々さん。私がここにいると誰から聞いたんです?」
「え、っと……」
言って良いんだろうか。でも言うなとは言われてないし、良いか。
「雄吉さんに聞きました」
「そうですか」
先生はそれ以降何も言わなかった。