さんじゅうに。
結局、落城はせずにすんだ。あたし達部外者の戦いに触発された使用人達が全力でやりあったらしい。
「ねぇ、雄吉さんが教えにきたの?」
先生達を待つ間に健ちゃんに思ってたことを聞いてみる。
殺そうとしてた人のやる行動じゃない気がするんだけど……。
「こんなに大規模になるとは予想外だったらしい。だから不安にかられて先生に言いに来たそうだ」
「ふーん……」
相変わらず小心者なんだ。まぁ、あたしも人のこと言えないけど。
「皆さんお疲れ様です」
先生と静さんはのんびりこちらに近付いてくる。今回も警察のお世話になったあたし達は事情聴取を受けた。勿論大人のみ。
「まったく……早く帰って休みたいってのに」
愚痴ってた静さんだけど、顔は凄く生き生きしてた。やっぱりたまにやる運動は良いもんだね。
「雄吉さんって他に何か言ってなかった?」
「いや、何も?」
平然と約束破ったなあの人……!
「あっしを呼びましたかい?」
出たよ張本人。身軽ななりをして雄吉さんがひょっこり現れた。
「情報くれる約束じゃないですか!」
またあたしを騙したわけ? それならもう情け容赦なしでいくよ。
「情報ならもうあるはずですぜ」
「は……?」
「烏はこの城の殿様」
一緒にいた皆の空気が変わる。
「あの人が、烏なの?」
驚きのあまり声がかすれる。
「えぇ」
「今どこにいるんだ」
健ちゃんが雄吉さんに詰め寄る。
「この城の本当の姫と逃げていやす」
小さく舌打ちして、健ちゃんが外へ向かおうと廊下から庭に降りた。
「健ちゃんどこに行くの!」
「追う、まだ近くにいるはずだ」
あたしが止めるのも聞かないで健ちゃんの後ろ姿は遠のいていった。
「先生……」
追い掛けることも出来なくて、あたしは眉を下げる。
「私が行くべきかもしれませんが大役すぎます。寿々さん」
「はい……?」
「行ってください。貴方なら彼も止まるはずです」
全てを見透かしたような微笑みで先生が言う。
「わかりました」
答えると同時にあたしは走り出した。
「どこに行ったんだろ」
逃げたと思われる森の中に入ったあたし。せっかく着飾った桜ちゃんの着物はぐしゃぐしゃなってる。
「健ちゃん……」
あたしの力なんてほんの少しだ。ちっぽけで頼りない。
でも、全力で健ちゃんを止める。大切な人を守りたいから。
生い茂る草木をかきわけて、あたしは少し広くなった森の中心にたどり着いた。
「健ちゃん!」
そこには腰を抜かした殿様とそれを支える桜ちゃん。二人の前で、健ちゃんは龍君と刀を抜いて睨みあっていた。
「健ちゃんやめて!」
「邪魔するな!」
あたしの声が消えるくらい大きな声で健ちゃんが怒鳴る。あたしは自然と肩を震わせ、口を開けなくなった。
「お前が、烏か?」
鬼のような鋭い視線が殿様を射る。殿様は質問に答えるかわりに、小さく悲鳴を上げた。
「殿に向かって無礼な発言をするな!」
龍君も負けないくらい大声で怒鳴る。桜ちゃん達は今にも泣きそうな顔で様子を見続けている。
「人の父親を殺したくせに何が殿だ」
ドスのきいた声に殿様は後退る。
「絶対に許さない」
健ちゃんの目が、いつもと違って見えた。獣のような野生のものを感じて身震いする。
「やめて……健ちゃん」
か細い声を出しても本人に届くはずはなく、健ちゃんと龍君は刀を交えてしまった。
「くそ……っ!」
「どうした? 動きが随分鈍いな」
戦いはどう見ても健ちゃんの優勢。怒りに身を任せた健ちゃんは尋常じゃない速さを見せつける。
瞬間、龍君の刀が弾き飛ばされた。
「終わりだな」
喉の奥を震わせて健ちゃんが笑う。駄目だ、このままだと確実に皆死ぬ。
そう思ったあたしは勝手に体が動いてた。
「お前はあの世で先に待ってろ」
勢いよく刀を振り下ろしかけた。
「寿々……」
「もうやめて」
座り込む龍君の前に立って両腕を広げた。
目を見開いて驚きを隠せない健ちゃんは歯を食いしばった。
「退け」
「嫌」
「退けって!」
「嫌だってば!」
退いたら健ちゃんが人殺しになっちゃう。そんなの絶対に嫌だよ。
「お願いだから、こんなことしないで」
「寿々、退いてくれ。そうじゃないとお前も殺す」
「良いよ」
「自分が何言ってるかわかってるのか!」
「わかってる。あたしが代わりになるから他の人斬らないで」
「……本気か?」
あたしは首を縦に振った。
ホントは恐くて恐くて足ががくがくする。でも健ちゃんの手だって、あたしと同じように震えてた。
「命を奪うのは許さない。あたしを烏だと思っていいから」
黙り込んだのは了解の意味だと思う。ゆっくりと間合いをとって健ちゃんが刀を振り上げた。
「寿々さん……!」
桜ちゃんの声が遠くから聞こえた。頭がぼーっとして何も考えられない。
ただわかったのは、目の前に刀が来てることだけだった。
「俺が、寿々を殺れると思うか?」
喉がヒューヒュー鳴ってる。汗が身体中から噴き出して、ゆっくりあたしは呼吸を繰り返した。
「答えは否だ」
あと一センチ前に進んでたら確実にあたしは死んでた。
刀を鞘に収めてあたしをじっと見る健ちゃん。
「俺を生かした相手を殺すことは出来ない。烏は警察に突き出すからな」
「……うん」
このときのあたしは健ちゃんが元に戻ったことに安心しきってて、何も気付いてなかったんだ。
健ちゃんの背後に寄る黒い影に。
「ぐぁ……っ!」
隣のうめき声に初めて感じとった。
「健ちゃん?」
真っ赤な飛沫がちらつく。何が起こったかを考える前に健ちゃんは崩れ落ちた。
勢いよく後ろを振り返る。そこには龍君の刀を持った殿様……烏がいた。
「ははは! 当然の報いだ! 俺の邪魔するヤツは皆死ぬがいい!」
狂ったように叫ぶ姿は醜かった。あたしは直視することも出来ない。
「殿!」
「お父様やめてください!」
桜ちゃんと龍君の叫びはまったく届かず、高らかに笑う烏をあたしは鞘で殴って気絶させた。
「健ちゃん……」
後ろで桜ちゃんが龍君に警察と医者を呼ぶように指示していた。
あたしは無我夢中で、何度も名前を呼んだら健ちゃんが軽く咳こんで薄く目を開ける。
「健ちゃん!」
「何、泣いてんだよ」
健ちゃんの口端から血が流れるのが見えた。あたしの頬に触れた健ちゃんは弱々しくて、涙が止まらない。
「泣くな」
「うるさい……泣かさないでよ」
馬鹿にしてるのに、あんまり優しく笑うから。あたしは健ちゃんの掌を強く握り締めた。
「寿々」
「何……?」
「好きだ」
健ちゃんはそれだけ言って気を失った。