さんじゅういち。
そして決戦当日。淡い桃色の着物を身にまとい、頭には薄い布を被ってあたしは桜ちゃんの部屋の隅にいた。
外はまだ静けさを保っている。正座をして五感全てを集中させてたら誰かが部屋に近付いてきた。
「予想より早いな」
あたしは短刀を右手に持ち、戦いの準備をする。
「寿々さん!」
「……桜ちゃん?」
事前にあった話だと、もう城を出てる時間なのに目の前にいる。
「早く着替えてください、私が代わります。」
「何言ってんの、早く城から出て!」
「嫌です! 寿々さんに私の身代わりなんて……!」
「わかってないなぁ、お姫様は幸せになるのがおとぎ話なんだよ?」
小さく笑みを零し、あたしは言う。
「桜ちゃんの優しさは痛いくらいわかったから、行って?」
「で、でも……」
まだ渋る桜ちゃん。一息ついてからあたしは思いきり息を吸い込んだ。
「出てって!」
あたしの怒声に桜ちゃんは肩を跳ねさせる。涙は我慢出来ずに溢れてしまった。
「龍君いるんでしょ!」
わかりやすく障子の影に映ってたよ。
あたしが叫べば龍君が素早く桜ちゃんを抱えてその場を走り去った。
「龍、離して!」
「……申し訳ありません」
あたしとの約束、龍君は守ってくれるみたい。
「寿々さん!」
笑顔で手を振ったあたしは、我慢出来ずに泣いてしまった。
「貴様はこの城の姫か?」
「だったらどうだと言うんです。物騒なものを持って何のご用ですか」
城から逃げるのは殿様と桜ちゃんと付き人の龍君。使用人達はここで命を懸けて戦う。
目以外の顔を布で覆った男が五人。あたしは出来る限り姫様っぽく演じた。
「勿論斬るのみ……!」
一人の武士があたしに斬りかかる。頭に被っていた布を相手に投げつけて短刀の鞘を抜いた。
「自害でもするのか?」
えーっと、自害って切腹のことだっけ。
「するわけないじゃん」
あたしは時間を稼ぐだけなんだから。終わらせてとっとと他の人助けなきゃね。
「この女、本当に姫なのか……?」
「短刀一本で馬鹿みたいに強いぞ」
汗だらだらの侍達。五人中三人は気絶させたからあと二人。
「馬鹿って言わないでよ」
強気に言ってもあたしだって流石にきつい。
襲ってくる刀を短刀でかわしたものの、刃が折れて絶体絶命。
「貴様の悪いところは最後まで斬れないことだ」
息切れしてるあたしの前で、偉そうに笑う侍。
確かに、殺さないのはあたしに不利な状況を作ってる。目を覚ました一人が仲間を呼びにいったせいだ。
「袋叩きなんて悪趣味じゃない?」
「悪趣味かもしれないがこれは戦だ」
一対一なら短刀でもなんとかなったかもしれない。でも今、あたしは十人近くに斬られそうになってる。
「あたし、桜姫じゃないんだけど」
「そのようだな。安心しろ、仲間が捜索に向かった」
結局あたし、誰も守れてないじゃん。
「おとなしく死ね」
あたしはもう終わるかもしれない。先生、静さん、幸宗、健ちゃん。
「ごめんね」
あたしとうとう死ぬみたいだわ。
「何に謝ってんだよ」
「……え?」
目の前にあるのはあたしより広い背中。聞こえたのは懐かしくさせる大好きな声。
「無事か、寿々」
「健ちゃん……!」
武士数人を吹っ飛ばし、あたしをかばうようにして健ちゃんは現れた。
「何で健ちゃんがここに」
「俺だけじゃない」
あたしを立たせて健ちゃんが外を指差す。
「寿々ー!」
小さな体で刀を握る幸宗の姿。あたしの視線に気付くとぶんぶんと手を振ってきた。
「幸宗……」
「若い者にはまだまだ負けんさ」
「静さん」
元気に薙刀を振り回す静さん。
「私の弟子を返してもらいにきました」
「先、生……」
そして金色の髪をなびかせて、敵を倒す先生。
「皆で迎えに来た」
溢れそうな涙を袖で拭いて両頬を叩く。
「健ちゃん、他に刀無い?」
「お前は刀よりこっちだろ?」
ずっと健ちゃんの背中に担がれてた包み、渡されたのはあたしの薙刀。
「これ……」
「持ってきた」
「ありがとう」
戦ってる最中なのに、あたしは幸せだと感じた。
「一通り片付いたな」
「他の皆は?」
伸びてる侍達を無視してあたしは健ちゃんに聞いた。
今ちゃんと立ってるのはあたしと健ちゃんの二人だけ。
「他のところに移動したんだろ。幸宗は警察呼びにいった」
敵の刀を取り上げてまとめる健ちゃん。納得してあたしも手伝いを始めた。
「寿々」
不意に健ちゃんが口を開く。
「何?」
「俺怒ってるんだけどわかってたか?」
「え、健ちゃん怒ってんの?」
全っ然気付かなかったけど。
知らなかったことがわかるとあからさまに大きなため息を吐かれた。
「お前こんなとこで何やってるんだよ」
「え、あぁ……」
雄吉さんから情報をもらうため、なんて言っていいのかな。
「まぁ雄吉さんから全部聞いたからわかってるけどな」
何その確信犯!
「何で話さなかった」
真っ直ぐあたしを見る健ちゃん。
「俺はそんなに頼りないか?」
「違……っ、話す暇がなかっただけで」
そんな悲しそうな顔しないでよ。上手く言葉がまとまらないあたしに健ちゃんは笑ってあたしの頭を撫でた。
「今回は許す。一人で何でも抱えるな」
「……ごめん」
確かに考えなしだったかもしれない。あたしは素直に頭を下げた。
「その格好、意外と似合ってるぞ」
不敵な笑みを浮かべ、健ちゃんは言う。
「……健ちゃん、後でしばくから覚悟しといて」
あたしも満開の笑顔で応戦させてもらった。