にじゅうきゅう。
姫の護衛生活二日目。あたしと桜ちゃんはわりとすぐに仲良くなった。
「それで?どうなったんですか?」
「えっとねぇ……」
今はあたしが見てきた外の世界を話してるところ。
「そうなんですか」
「うん、あたしは何も出来なかったけどね」
今までやってきたこと全部話しても、結局皆がいなきゃあたしは成立たないことに気付く。
「もしかして寿々さんは健太さんがお好きなんですか?」
「……へ?」
何言ってるの桜ちゃんってば。
「違うんですか?」
「違うよ」
あたしと健ちゃんはそんな関係じゃない。
「桜ちゃんはそういう人いないの?」
「私ですか? 私は……」
「失礼します」
桜ちゃんが口を開いた瞬間。長身の男が入ってきた。あたしはすぐに借り物の刀へ手を伸ばして桜ちゃんの前に立つ。
「寿々さん、大丈夫です」
「大丈夫って何が!」
「父の従者です」
あたしの着物をつかんで桜ちゃんは言った。
「……従者って何?」
「付き従う者、用心棒みたいなものですわ。龍、挨拶してください」
「……龍と申します」
彼は一言で言うと、損な人だと思った。無表情でつり目だから怒って見えるけど、桜ちゃんの言葉に頭を下げる礼儀正しさはある。
「姫の護衛を任されたのが年の近い少女と聞いたので様子を見に来たんです」
「心配なんていりませんよ、寿々さんは友達ですから」
あたしの腕を絡めて浮かれ気味な桜ちゃんは言った。
「友達、ですか……」
「ええ」
その言葉に龍君の顔が変わる。ほんの僅かな変化に気付いたのはあたしだけだった。
「……では邪魔をしないようにしましょう。失礼します」
直角に近いお辞儀をして龍君は去っていった。
「相変わらず、貴方は冷たいのですね……」
もういない従者の出ていった先を桜ちゃんは切なげに見つめてた。
頭の上で思い付いたことを尋ねる。
「もしかして桜ちゃんってあの人が好きなの?」
「な、何でわかるんですか?」
顔を真っ赤にして桜ちゃんが騒ぐ。
「見てればわかるよー。凄いわかりやすい」
「あ、あの、内緒にしててくださいね?」
慌てたせいか、桜ちゃんは早口でそうまくし立てた。
「好きって言っちゃえば?」
可愛いから即OKもらえると思うけど。
「滅相もありません! ……私と龍では、身分の違いがありますから」
そうだ、あたしはすっかり忘れてた。この時代の恋愛は制限があって自由がないことを。
「いつか、私は見知らぬ方と結婚するでしょう。龍とは何もないまま終わります」
悲しそうな、諦めの微笑み。あたしの胸が痛みだす。
「……それで良いの?」
「仕方ありません。この時代の人間は皆そうやってきましたから」
そんな話に、あたしは納得なんか出来なかった。
「身分違いの恋、か」
まるで漫画みたいなんて思っちゃうけど、あたしの目の前で、実際にそれは起こってる。
「辛いだろうな……」
好きな人と一緒にいれないなんて。
小さい頃はお姫様なんて笑ってれば良い飾りみたいなもんだって思い込んでた。でも今は、同情しそうなくらいあたし達と何も変わらないんだって思う。
「寿々さん?」
不意に声をかけられ、体を固くして後ろを向く。
「龍君」
「驚かせてしまったようですね」
すみません、と呟いて頭を下げる龍君。
「大丈夫。それより、こんな時間に何してるの?」
もう日付が変わってるくらいの真夜中なのに。あたしは寝れなかったから散歩してたんだけど、皆寝静まってた。
「えっ、と……ちょっと練習を」
右手をかざして木刀を見せてくれた。
「へぇー、偉い」
「別に偉くなんかないですよ」
謙虚な人だなぁ、あたしも見習わなきゃ。
「強くないと、姫の側にはいられないから」
独り言のような小さな声にあたしは目を見開いた。
「……龍君、桜ちゃんのこと」
「言わないでください」
唇に指を触れ、悲しげな笑みを浮かべる龍君。
「ずっと心に止めてきたことですから」
どいつもこいつもあたしを苦しめないでよ。想いあってるのに伝わってないなんて辛すぎる。
「……わかった、黙ってる」
あたしは珍しく、人の幸せを願ってしまった。