にじゅうはち。
「よいしょ、っと」
あたしの手には山盛りの野菜達の入ったカゴ。おつかい行った帰り道なの。
「あー、カラス!」
どっかの子が真っ黒な鳥を指差した。その声に自然と皆上を向く。
「烏、か」
今までやってきた烏との戦いを思い出した。盗み専門、密売専門。あとは殺し専門の烏だけ。健ちゃんのお父さんの死は烏が裏で糸を引いてる最後の一人。
「一体誰なんだろ」
加地さんからも知らせはないままで完全に行き詰まっちゃってる。
「お困りですか?」
「……こんにちは」
暗い小道からこそこそと現れた雄吉さんにあたしの顔は引きつる。でもひらめいた仮説に雄吉さんを見据えた。
もしかしてこの人なら、烏について何か知ってるかもしれない。
「烏という人をご存知ですか?」
「烏? 寿々さんは彼を知ってるんですか?」
あたしの口から出た言葉に僅かに目を丸くして雄吉さんは言う。
「あ、いえ……噂で聞いただけです」
っていうか今現在必死に調べてるんだけどね。
「寿々さん。烏の情報、持ってないこともないですぜ?」
にやりと意地悪く笑う雄吉さん。
「ホントですか?」
自然と声のトーンが上がる。現金な性格だわ、あたし……。
「教えても良いんですが、一つお願いがありやす」
「お願い?」
「ある仕事を引き受けていただきたいんです」
嫌な予感がびしびし来てたのは言うまでもない。
「大きい……」
雄吉さんに数時間かけて連れて来られたのは三階建ての立派なお城。周りは堀が囲ってあって、いかにも江戸って感じ。
たくさんの人が慌ただしく働いていて、あたしはあちこち目移りした。
「寿々さん、こちらへ」
「あ、はい」
何が待ってるかはわからないけど、烏を知るためだから我慢だっていくらでも出来る。
拳を作り、あたしはゆっくりと歩を進めた。
「これでどうやって仕事するんですか?」
ひらひらの赤い着物の上に薄い生地の絹を肩にかける。手触りだけで高級品っていうのがわかった。唯一の問題は、仕事と何の関係があるのかってこと。
「今から依頼主に会っていただきやす。詳しい話はそのときに」
「……わかりました」
雄吉さんが主導権を握るのはかなり嫌なんだけど、今回は仕方ない。
裾の長い上着を気にしつつ、あたしは雄吉さんのあとに続いた。
「どこまで行くんです?」
もう五分近く同じような廊下通ってる気がするんですけど。っていうか長すぎるよ廊下。
「もう少しです」
今更だけど、こんな簡単についてきて良かったかな。薙刀持ってくれば良かった。
「どうかしました?」
「あ、えっと……武器でも持ってくれば良かったかなぁと」
「問題なしですぜ。必要な武器は揃ってやすから」
「はあ……」
そう言われてもあたしの中での雄吉さんへの疑いは晴れず、曖昧な返事しか出来なかった。
「えーっと……どちら様ですか?」
あたしの前にはきらびやかな格好の女の子がいた。腰に届くくらいの真っ黒な髪に、少し丸い顔。綺麗な黒い瞳を持ち、女のあたしから見ても、その子は可愛かった。
「桜と申します」
「あ、寿々です」
礼儀作法ばっちりって感じだわ。あたしに来る周りの視線が痛くてしょうがない。一般人に高度な作法なんて求めないでほしいんだけど。
「彼女がそうか?」
女の子の横には立派な髭を蓄えたおじさんが雄吉さんに聞く。
「はい、本人も承諾してます」
「雄吉さん、承諾って?」
まったくもって何も身に覚えがないんですが。
「どういうことだ?」
鋭い視線を向けるおじさん。
「あ、ちょーっとすみません。寿々さん、頼むから黙っててくださいな」
おじさんに愛想を振り撒いてから雄吉さんはあたしに小声で注意した。
「承諾した覚えがないんですから仕方ないじゃないですか」
「まったく貴方って人は……、ここまで来れば本当のことを言っても良いかもしれやせんねぇ」
「本当のこと?」
「こちらのお方はこの城の主、つまり殿です」
「この人が……」
ふんぞりかえって見下すような瞳であたしを見るおじさん改め殿。確かに他の人より品格があるかもしれない。でもあたしは殿様が好きになれなかった。
「そして桜様は殿の血の繋がった娘」
「お姫様ってこと?」
「そのとおりです」
桜姫は申し訳なさそうに頭を下げる。年や体格には差を感じないのに、落ち着きのある部分はあたしの遥か上をいってる。
「貴方に頼みたいのは姫の護衛です」
「……それで良いの?」
もっと嫌な仕事だと思ってたから拍子抜けした。
「三日です、三日の間桜姫を守れば仕事終了。いかがでしょう」
「やります!」
ここまでが小声のお話。あたしの返事に雄吉さんは満足そうに微笑んで殿様に頷いた。
「桜、寿々さんを案内してやりなさい」
「……はい」
憂いをおびた表情の桜姫はゆっくり立ち上がってあたしに近寄った。
「行きましょう、城を案内します」
「あ、どーも」
あたしは雄吉さん達に軽く頭を下げて桜姫についていった。
「ここが客間で、向こうが使用人達の部屋です」
「へぇ……」
指差し説明をもらう。でもあたしには他に気になることがあった。
「ねぇ桜姫、動きづらくないの?」
あたしよりずっと裾の長い着物を引きずって歩いてる桜姫。率直な質問に桜姫は微笑みながら答えてくれた。
「平気ですよ。幼い頃からずっとこれでしたから」
「ふーん……」
「ここが私の部屋です」
「広いねぇ」
あたしの部屋の何倍あるんだよ……。
「たとえ部屋が広くても、私は外の世界の広さを知りません」
「外の世界?」
「私は生まれて一度も、外に出たことがありません」
悲しげな笑みにあたしまで辛くなる。
室内しか知らないなんてあたしには有り得ないことだったから。
「父は危険を避けるためだといつも言っていますが、私にはそう思えないんです」
「どうして?」
「この城は、たくさんの民の税金で成り立っています」
窓のふちに手をかけて外を見つめる桜姫。
「税金高すぎると家老達が言っても、父は耳を貸しません。じきに反乱が起こって私は死ぬでしょう」
伏し目がちにそう告げる。
「何で桜姫が死ぬの、桜姫が税金を決めたわけじゃないでしょ」
「父は城主ですから。私だって恨まれているはずです」
「そんなの間違ってるよ」
悪いのは殿様の方なのに。でもお父さんを悪者呼ばわりされるのも桜姫からしたら嫌なんだろう。
あたしは泣きそうになった。
「寿々さん、私と友達になっていただけませんか?」
「え?」
唐突な質問にあたしは思わず聞き返した。
「城の中に私と親しい人はあまりいないので……あ、勿論寿々さんがよろしければですが」
控え目な提案にあたしは桜姫の手を握った。
「そんなの良いに決まってるじゃん」
むしろ大歓迎。
「では、桜と呼んでください」
「姫はつけないの?」
「いりません。桜と呼んでください」
「じゃあ、桜ちゃん」
流石にお姫様相手に呼び捨ては出来ないから。
「ありがとうございます、寿々さん」
桜ちゃんの顔は、今まで見た中で一番輝いてみえた。
読んでくださりありがとうございます。詩音です。
更新しても後書き無しですみません……色々次の話とか考えてまして。
さて、今回紹介するのは桜ちゃんです。彼女は同年代の友達がいない箱入り娘ですね。おっとりしてても、意志は強いと思います。
次回もお楽しみにー!