にじゅうなな。
夕焼けに染まった山奥の古いお寺、賽銭箱を椅子にして銀は平然と座ってた。
「遅かったな、寿々」
「主役は遅れて登場するものだって誰か言ってたから」
どっかで聞いた台詞だけど誰が言ったか記憶にない。
薙刀の入った袋を握り直してあたしはただ前を見る。
「お前面白いこと言うな」
「どうやら私達は眼中にないようですね」
「そんなこと言ってる場合ですか先生……」
穏やかな先生に健ちゃんがちょっと戸惑い気味。
「サクはどこ?」
「一番奥の部屋にいる」
「間違いないわ。サクの匂いがする」
斜め後ろにいたサクのお母さんがぽつりと呟いた。
「匂い? そんなもんがわかるってこたぁ、お前も化け狐か?」
次の瞬間、銀の頬を掠めて手裏剣がお寺の壁に刺さる。流れ出る一筋の赤を銀は手に撫で付けて、にやりと笑みを浮かべた。
「いきなり物騒なもん投げるじゃねぇの。寿々ちゃん」
「気色悪いからその呼び方やめてくれる? わかってると思うけど化け狐と寿々ちゃん両方のことだから」
留守を任された静さんから渡された手裏剣。銀にぶつけてやりな、そう言ってあたしに預けてくれた。
「その口二度ときけなくしてやる」
現われた図体のデカい男数人に先生と健ちゃんが刀を向けた。
「外野は私達でやります。お母さんはサクの元に」
「寿々は銀やれ」
「良いの?」
「負けっ放しは嫌だろ」
あれ、バレバレじゃん。はっきり言って負けず嫌いなあたしは銀とやりたかったから嬉しかった。
「……ありがと」
大男を避けて銀と対峙する。三度目の戦いで、たぶん最後になる。
「俺様の本当の強さ見せてやるよ」
昼間と同じ大きな刀。夕日に染まる銀の顔は心底楽しんでるように見えた。
「さっき見たけど」
天井に刺した間抜けなところ。
「馬鹿、あれは三分の一だ」
「あっそ」
あれで三分の一はかなりまずいってことに気付いてんのかな。
とりあえず長話は必要だからあたしから向かっていった。
思いっ切り振り下ろしてきた刀を避けて薙刀を前に押して突く。
「前より動き早くなったな」
飛び退いた銀の呟きにあたしは頬をゆるめた。
「ここに来る前、先生に言われたの。あたしは戦うたびに強くなるって」
貴方に必要なものは自信と気持ちです、そう言われてあたしは吹っ切れた。
「今ならアンタにも負ける気しない」
皆にもらった奪還のチャンス、ふいになんて絶対したくない。
「ふーん……そうかい」
「ねぇ、この仕事楽しい?」
「あぁ。刺激的で毎日幸せだね」
「刺激求めるなら他でも良いはずだよ、何で人を傷付けたりするの」
「昔からだからな。わかんねぇんだ、こればっかりは俺様にも」
悲しそうに笑わないでよ。調子狂う。
銀の刀をすくい上げるように弾き飛ばして、首筋に薙刀を当てた。
「俺の首に刃向ける女がいるなんてな。お前の強さはその心意気か」
動じない銀にあたしは何も言えなかった。
「殺せ、腐っても俺だって侍だ」
「アンタなんか殺したってあたしの罪が増えるだけじゃん」
薙刀を布に包んで背を向けた。
「生恥さらしな。死んで全部水に流すなんて虫のいい話有り得ないから」
それが罪滅ぼしってもんでしょ? あたしの言葉に彼は何の返事もくれなかった。
静さんが連絡してくれた加地さん率いる警察の方々が到着して銀達をそれぞれ捕まえる。
「寿々!」
お母さんのところから一直線に走ってきたサクを抱っこした。
「怪我ない?」
「大丈夫だよ。寿々の方がいっぱい怪我してる……痛い?」
不安げな瞳はボロボロのあたしを映した。
「あはは……結構痛い。でもサクが無事で良かった」
そこに加地さんに両腕をつかまれた銀が通りかかる。
急に立ち止まって振り返ることなく彼は声を張り上げた。
「その狐、買うって言ったの三人目の烏だ」
殺人専門の烏。これには加地さんも驚いたみたいであたしと顔を見合わせてた。
何も知らないサクは不思議そうに首を傾げる。
「アンタは誰が烏か知ってるの?」
「それは依頼主から口止めされてる。こっちだって本気で仕事してたんだ。流儀は貫く」
誰だってポリシーはあるよね。
あたしはそれ以上追及しなかった。
「教えてくれてありがとう」
「お前みたいな女に早く会えてたら良かったのかもな」
歯の浮く台詞にあたしは間の抜けたアホ面をした。それを見て高笑いした銀は再び歩き出す。
「せいぜい長生きしろよ」
「余計なお世話よ!」
警察とのやり取りも済んで、お別れの時間がきてしまった。
「皆さんのお陰で助かりました。ありがとうございました、サクも言いなさい」
サクの肩に手を置いて深々一礼するお母さん。
「……ありがとうございました」
促された本人は口を尖らせてちょっと頭を下げただけ。
「もう行くんですか?」
「えぇ、これ以上ご迷惑かけられませんし……何よりこの子がそばにいないと私が寂しいみたいで」
後者がホントの理由だ、あたしはそう思った。
そんな風に言われるとあたしだって何も言えないよ。
「でもサク、先生に恩返ししてない」
「良いんですよ。貴方のいた短くも楽しかった生活が充分恩返しですから」
先生は優しく笑った。
「さぁ、行きましょう」
「寿々……」
「元気でね」
あたしにはそんなありきたりなことしか口に出せなかった。
歩き出す二人を三人で見送ってると、サクがこっちを振り返った。
「いつか、サクも寿々みたいに強くなる!」
大きな声は確実にあたしの耳に届いた。
「そのときはまた会いに行っても良い?」
「うん、待ってる!」
無事に笑顔でお別れ出来たあたし達は帰路につく。
きっと静さんが晩ご飯作って待ってる。
「妹みたいで可愛かったなぁ……」
「気持ち切り替えろ」
ため息を吐くあたしに冷めた健ちゃんの一言。
「甘味屋連れてってくれたら切り替えるかも」
「……俺はお前の方が手がかかる気がする」
あたしは否定出来なかったからとりあえず黙ってサクのいる山を眺めた。