にじゅうろく。
「寿々、あれ何?」
「薙刀って言って……あたしの大切なもの」
今日はあたしとサクでお留守番をしてる。先生と静さんは町内会みたいなヤツに出席するからで、健ちゃんはいつも通り寺子屋のバイト。
「大切なもの?」
「そう。皆を守るためにある、大事なもの」
色んなものに興味津津のサクは部屋にあるもの全部に質問してきた。あたしはそれに一つずつ答えてく。
「皆……にサクは入ってる?」
モジモジして聞く姿にあたしは癒されながら頷いた。
「勿論」
「サク嬉しい!」
飛び付いてきたサクを抱き締める。
近いうちに、元いた場所に帰すことを先生から言われた。だからこんな風に笑うこともいずれなくなる。
「寿々元気ない?」
「え? そんなことないよ」
無理矢理口を横に引っ張ったらサクがあたしのほっぺたに触れた。
「悲しそうに笑う」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
その瞬間、窓が割れて何かが飛び込んできた。硝子の破片からサクを庇って、入ってきたものを見つける。
「ようやく見つけたぞ化け狐!」
「アンタこの前の! ……何だっけ、名前」
「銀だ、銀!」
女烏に捕まった健ちゃんを取り戻すためにあたしが戦った単純すぎる男。
サクを背中に押して立ち上がると、銀は鼻で笑った。
「役者がそろってらぁ。この前のケリつけようぜ、女」
「寿々よ。人の家壊してただで済むと思ってんの? きっちり請求してやるから覚悟しなさいよ!」
うちはそこまでお金に余裕があるわけじゃないんだからね!
「サクは逃げて」
「でも寿々は?」
「あたしはこの馬鹿にきっちり世の中の常識たたき込むから」
「人を非常識みたいに言うんじゃねぇよ!」
ちょうど説明してた薙刀が役に立つわ。部屋で振り回せるか軽く試して突きくらい出来ることがわかった。
「サクって名前があるのに化け狐呼ばわりするあたりが非常識そのものでしょ!」
足元を払おうとしたら銀が飛び上がった。その瞬間、持ってた大ぶりの刀が天井に刺さって抜けなくなる。
「げっ……!」
「第一、天井のある場所でデカい刀振り回してんのがいけないのよ」
あたしの薙刀が銀を捕らえかけたのに、次の光景で動けなくなってしまった。
「寿々!」
「それ以上銀に寄ったら狐の命はないぞ」
「仲間、いたんだ」
サクを軽々と抱き上げて肩に担ぐ顔も知らない男。ガタイもよくて見た目から強そうなソイツはムッとしたまま外に出ていく。
あたしは自分の額に汗を感じた。
「気付かなかったか?」
へらへらと銀は笑う。悔しいけど目の前のことに夢中になってた。
「お前のそばには珍重なもんがあるな」
「あの子は別に珍しくも何もないよ。返して」
「それは出来ねぇ相談だ。返したりしたらこっちが依頼主に殺されちまう」
首を鳴らし、ほんの一瞬であたしの身体を蹴り飛ばした。
タンスにぶつかったあたしは動かない身体に苛つきながら、辛うじて使える目を銀に向ける。
「助けたいなら明日の昼までに見つけてみろ。期限を過ぎたら、依頼主に渡す」
そこであたしは力尽きた。
「目が覚めたかい?」
「静さん……。サク、サクは」
荒れた部屋にはあたしと静さんしかいなかった。
腕や足に出来た擦り傷を静さんが一つ一つ消毒してくれる。
「帰ったときにゃ、終わってたよ。家は無茶苦茶、サクはいない、アンタは傷だらけで倒れてた」
「銀が、連れてったの」
着物をつかんであたしがそう言うと、静さんは小さく頷いた。
「先生も健太も、そのことを知らずに探してる」
「あたし二人に伝えてくる」
おぼつかない足で立ち上がるとふらふらした。
「まだ怪我の手当ては終わってないよ!」
怒鳴る声が聞こえたけど、今は怪我よりサク優先だよ。
下駄を履くのもまどろっこしくて、急いで玄関を開けたら淡い水色の着物姿の女の人が立ってた。
「遅かったようね」
呟いた言葉にあたしは動きを止める。
家に入ってきてまだ手当てされてないあたしの傷口に細くて真っ白な指がやわやわと触れた。
「サクを守ろうとしてくれてありがとう」
「もしかして、サクのお母さん?」
女の人はにこりと笑った。
「粗茶ですが」
「ありがとう寿々さん」
一礼して向かいに座る。
「何で貴方の名前を知ってるか不思議?」
思ったことを言い当てられてあたしは素直に頷いた。
「力のある狐はね、夢の中で会話が出来るのよ。私もサクと毎晩話したわ」
会話を思い出してるのか、幸せそうに微笑む。
「貴方達のことを楽しそうに話すものだから、もうしばらく置いてもらおうなんて思っていたら……狙われてる狐の噂を聞いたの。それで山を降りてきたんだけど、遅かったわね」
「ごめんなさい、あたしがちゃんと守れてたら」
連れていかれるときの映像がまだ頭にこびりついてる。
「貴方は悪くない。狐は本来自己防衛の出来る獣、私の育て方に問題があったの」
水掛け論になりかかったところで、静さんのストップが入った。
「今議論するのは誰が悪いかじゃなくて、これからどうやってあの子を連れ戻すかじゃないかい?」
確かに静さんの言う通りだ。
「明日の昼までに見つけないとサクは売られる、さらったヤツはそう言ってました」
サクのお母さんを見据えてあたしは尋ねる。
「あたしはどうすれば良いですか」
「あの子がどこにいるか、私にはわかる。でも怪我人を連れては行けない」
淡々と答えたお母さんにあたしは膝立ちになって口を開いた。
でもあたしより先に、降ってきた言葉はあたしをフォローするもので。
「これは今までの傷が治ってないんです」
「じゃじゃ馬で困ってるんです」
「先生、健ちゃん」
不敵に笑う二人が頼もしく見えた。
「今回の怪我じゃないんだ。連れてってくれないかい、うちのじゃじゃ馬娘を」
静さんも、チャンスをくれようとしてる。あたしはもう一度頭を下げて頼み込んだ。
「……わかりました。ともに行きましょう」
「無論、我々も手伝わさせていただきます」
「……貴方達は私の想像以上ですね」
初めて見た本当の笑顔は、サクにそっくりだった。