にじゅうさん。
「今日で一週間ですか」
渋い顔をする先生にあたしは聞いてきた話を告げた。
「寺子屋は、あたしが健ちゃんを最後に見た日から一回も来てないそうです」
勿論この家にも帰ってきてない。
「可能性として考えられるとしたら」
「はっきり言ったらどうだい先生。何か事件に巻き込まれたんだって」
静さんがはっきりした口調で言った。心配してるからだってあたしでもわかる。
「あたしもう一度探してきます」
「私も加地君に連絡してから探します。何かあったら、すぐに逃げてください」
「わかりました」
門をくぐり抜けると幸宗が壁にもたれかかってた。
「アイツ探すんだろ。手伝ってやるよ」
「幸宗まで巻き込むわけにはいかない」
健ちゃん捕まえたような奴等だもん。たぶん相当強い。
「必要以上に傷付いてほしくないの。大切な人誰にも」
「それは俺も同じだ」
「……そうだね」
やばい、自分のことばっか考えてた。幸宗の方が冷静だ。
何だかんだであたしも相当焦ってる。
「行こう、日没までに見つけなきゃ」
あたし達は人込みの中に飛び込んだ。
「収穫なしか」
「ホントにどこ行っちゃったんだろ……」
一週間探して見つからないなんておかしすぎる。
もしもあのとき、寺子屋に行くのを止めてたら、こんなことにはならなかったかな。
「休憩するか?」
「まだ平気」
あたしの空気が重くなったから、幸宗が気遣ってくれた。でも今はそんな場合じゃない。
歩きながら何人かとすれ違う。ほんの一瞬、違和感があった。
「寿々?」
急に立ち止まったあたしに幸宗が眉をひそめる。
「今の匂いどっかで」
嗅いだことのある変な香り。記憶を辿って割り出したのは、甘味屋さんの煙管だった。
「行くよ幸宗」
「は?」
「あの人たぶん麻薬やってる。住んでるとこ見つけて加地さんに教えないと」
被害減らすために頑張ってるんだから。
「健太はいいのかよ」
「ついて行けば何かわかる気がするの」
「根拠は?」
「勘に決まってるじゃん」
女の勘ってやつよ。幸宗ってばそんなに慎重派だったっけ?
「頼りになんねぇな」
「うるさい」
文句を言いつつ後ろ姿を追いかける。おぼろげな歩き方で見てるこっちがヒヤヒヤした。
「こんな空き地が家なのか?」
町外れの何もない原っぱに、ぽつんとさっきの男の人一人。
「須山さん! 約束の金は用意したから、早く煙草を……!」
「そう慌てなさんな。煙草はここにある」
物陰から現われた灰色の着流しの男はにやにやと薄笑いしてる。
つり目で口には葉っぱくわえた三十路くらい。先生とは真逆だと思った。
「はっ、早くくれ!」
「金は全額あるか?」
「これだ、有り金全部まとめた」
つぎはぎだらけの巾着を須山って人に放り投げる。弧を描いたそれは上手くソイツの手に留まる。
「毎度あり」
銭の音を鳴らせて去っていく須山の後ろ姿。
「幸宗。あの人警察に連れてってあげて」
「寿々は?」
「追っかけてみる。駄目そうだったら帰るから心配しないで」
何かわかるかもしれない。
幸宗と中毒者さんを置いてあたしは小走り。鼻歌まじりで上機嫌の須山はあたしにまったく気付いてない。
暗い小道を抜けた先には潮の香りが漂う。
「港……?」
船が一艘もない廃れた港。その一番奥にある木造の建物に入る須山にあたしはまたついて行った。
「ただいま戻りました」
「ちゃんと稼いできたかい?」
女の声だ。甘ったるいような高飛車な感じ。
扉から見つからないように中を覗くと手に煙管を持った女が箱の上に座ってた。
真っ赤な着物がはだけてるのも気にせずに足を組む姿は妖艶そのもの。
「あぁ。この通り」
「上々じゃないか。この調子で荒稼ぎするんだよ」
膨らんだ巾着に満足げな女。
ここが麻薬のアジトなのかもしれない。
「勿論さ姐さん」
巾着を渡す瞬間、女の左腕から見えた黒い文字に、あたしは目を見開いた。
「烏……」
刺青なんだと思う。腕に大きく烏の一文字があった。
動揺を抑えてまた盗み見を再開。
「そういえばこの前入り込んだねずみはどうなった?」
「二三日でおとなしくなったよ」
二人の視線の元に、健ちゃんはいた。
「折角の色男だから手荒に扱いたくなかったんだけど、あたいの手下半数潰すからちょっと仕置をね」
「酷ぇな、血が出てる」
ここじゃ遠くで見えないけど、健ちゃんが怪我してるのはわかった。服も泥だらけで、縄で縛られてる。
「しょうのないことさ。それより……」
女と目があう。
「もう一人、ねずみが入り込んでるようだ」
やばい、ばれた。
全速力で逃げ出すと、背中から仙田が仲間を呼ぶ声がした。
「止まれ!」
「邪魔!」
手近にあった木の棒で片っ端から向かってくる人達をなぎ倒す。
「寿々!」
なんとか逃げ切れて原っぱに戻ったら、足の力が抜けてへたりこんでた。
幸宗や先生があたしを見つけて近寄ってくる。
「どうしたんです」
「いた、健ちゃんも……烏も」
息切れして上手くしゃべれない。
「一旦家に戻りましょう体制を立て直します」
先生に支えられて家に帰ると、すぐにあたしは見聞きしたことを全部話した。
「やはり烏に囚われていたんですね」
「どうしますか」
加地さんも知らせを受けて来てくれた。
「寿々さんの言う須山は恐らく女烏の手下であり薬の売人。他にも売人がいるのは確かです」
「すぐに仲間を向かわせます」
「えぇ、きっと警察が来ると予想して逃げる準備をしているでしょうね」
逃げられたら健ちゃんはどうなるの?
傷だらけだった健ちゃんが浮かんで、あたしはただ先生を見つめた。
「加地君」
「はい」
「今夜、警察の皆さんはお暇ですか?」