にじゅうに。
「美味しい!」
「良かったな」
ちょっと沈んでたあたしを気遣って健ちゃんが行けなかった甘味屋に誘ってくれました。
白玉のモチモチ感が最高に美味しい!
「健ちゃん食べないの?」
「得意じゃない」
つまり苦手、ってことだよね。白玉ぜんざいを頼んだあたしに対して、健ちゃんの手には抹茶入りの湯飲み。
「もったいないなぁ。こんなに美味しいのに」
呟いてあたしはまた一口。
粒餡とのバランスもナイスだわ。
「そうだろ? うちの甘味屋は天下一品だろう?」
店の奥から突っ走ってきたおかみさんに驚きつつも頷いた。
それを見てため息を吐くおかみさんは、唯一いる客のあたし達に愚痴を零す。
「うちの旦那ときたら、真っ昼間から煙管なんぞにハマって」
「煙管って煙草みたいなやつ?」
臭くてあたしは好きじゃない。人一倍嗅覚が良いせいか変な匂いには敏感なの。
「そうさ、刻んだ煙草を入れて吸うんだ」
「煙管にハマったって、収集してるんですか?」
健ちゃんは不思議そうに尋ねる。
「そうじゃない。四六時中すぱすぱくゆらせてんだよ。部屋が煙たくて仕方ないったら!」
鼻息荒く答えるおかみさんは結構迫力がある。
「そんなに煙管って美味しいの?」
「俺に聞くなよ」
まぁお互い未成年者だもんね、あたし達。あんまり興味もないし。
そんな話に花を咲かせてると、奥から何か割れる音がした。
「まーた何かやったわ」
額に手をあて呆れる素振りを見せた後、おかみさんはドタドタと走っていった。
「アンタちょっといい加減にしな!」
夫婦喧嘩勃発の様子。さてどうしようかと健ちゃんと目で語れば見知ったお客さんが現われた。
「ずいぶん賑やかだな」
「加地さん」
警察仲間っぽい人達を引き連れてる。
「やぁ、君達は現場によく遭遇するね。一種の才能かな」
すいません、それは褒めてるんでしょうか。物凄く複雑な気分。
「あら加地さん! いつもごひいきしていただいて……今日は何にします?」
一騒動終えたのか、加地さん達に気付いたのか、おかみさんがまた見事な走りっぷりでこっちにやってきた。
「店主いる?」
「煙と遊んでます。加地さんからも言ってやってくださいよ」
加地さんの顔が険しくなった。
「上がらせてもらうよ」
「え、ちょっ、加地さん?」
一応靴は脱いでぞろぞろと上がり込む警察の方々。おかみさんも戸惑いながらその後を追った。あたし達もついでに。
「顔、変だぞ」
「だって変わった匂いするんだもん」
第一顔が変って女に言う台詞? 健ちゃんってたまに失礼。
奥に進めば進むほど強くなる何かの匂いにあたしは目を細めた。
「昼間からぐうたらしてるなんて珍しいじゃないか」
「あぁ、加地の旦那かい」
とろんとした目の店主さん。畳の上に大の字で横たわり、力なく口を開けてる。
「刻み煙草はどこから買ったんだい?」
「清水さんが、新種だって」
「確かに本人もそう言っていた」
しんとした空間に店主さんの呼吸音が浮上って聞こえた。
「もうじき煙草がなくなるんだ。同じやつじゃねぇと吸った気がしねぇ……。清水さんは今どこにいるんだい」
床を這いずり加地さんの足に絡み付く。
こんな光景をあたしは見たことがある。高校の授業中にスクリーンで映ってた。
「うちの詰所で色々話を聞かせてもらってる。その様子じゃアンタも詰所に来た方が良い」
「加地さん、うちの亭主が何したって言うんです! 仕事しないで煙管にうつつ抜かすくらい」
金切声が部屋中に響いた。
「違うんだおかみさん。これは刻み煙草とは似ても異なる特殊な薬でね。アヘンのような効力がある」
おかみさんは両手で口を抑えて息を飲んだ。
あれは麻薬中毒者の映像。軽い気持ちで始めた薬にのめり込む末路を見せて麻薬の撲滅を図った作り物だった。
「そんなもんに手を出すなんてアンタって人は!」
「知らねぇ、俺は何も知らねぇんだ……!」
耳をふさいで左右に頭を振り乱す。
目の前にあるのは本物の世界だ。
「しばらく店主は預かる。似たような輩が詰所にごろごろしてるから心配しないで。元に戻ったら、自力で帰らせるよ」
「……宜しくお願いします」
丸くなった背中を更に丸めて、おかみさんは頭を下げた。
「二人もおいで」
すすり泣く声を背にあたしと健ちゃんは加地さんについていった。
「この件は第二の烏が関わってる可能性が高い」
「烏が?」
「密売専門。麻薬を外国から仕入れて浮浪人にさばかせる。薬から抜け出せない人は無限に続く流れに飲まれるしかない」
本人が潰れるまで終わらないループ。最悪の流れじゃん。
「こっちも引き続き捜査するけど、先生も烏の動向を気にしてるようだから」
「伝えておきます」
千鳥足の店主さんを囲うように彼らは去っていった。
「調べる必要あるね」
黙ったまま健ちゃんは頷いた。
「でもどうやって情報収集すれば良いのかな」
「地道に聞き込みしかないだろうな」
まぁ、結局はそうなるよね。
「俺これから仕事なんだ」
寺子屋で先生をやり始めた健ちゃん。元々勉強が好きだったから今の仕事が楽しいみたい。
「わかった、先に帰ってるね」
その日から、健ちゃんは家に帰ってこなかった。