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侍HOLE!!  作者: 詩音
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にじゅういち。

 夜が更けた。烏が宣言した通り、今日は満月。江戸の町が飲み込まれちゃうくらい真っ黒な空に唯一明かりが浮かぶ不思議な光景だった。

「何かわくわくするね」

「遊びじゃないんだぞ」

「わかってまーす」

 あたしは健ちゃんとペアで薬の入ってる蔵の前を警備中。あんまり重要視されてないけど、念の為らしい。

 出発ギリギリまで寝てたお陰で絶好調なあたしは話を続けた。

「ねぇ、ダイヤはどこにあるの? 結局加地さんから教わってないけど」

「俺達新参者には知る必要がないんだと。加地さんがここの当主に言われてた」

「ますます感じ悪いわ、あのおじさん」

 あたしは健ちゃんみたいに大人な対応が出来ないから単刀直入に感情を吐き出す。

「どう思う?」

「だから感じ悪いって」

「そうじゃない、盗み専門の烏のことだ」

 一度もあたしに目を向けないで健ちゃんが言った。

「……正直、ちょっと良い人なのかもって思った」

 あたしも満月を見上げたまま答える。

「あのおじさんに一発言ってすっきりしたいのに、あたしには出来ない。でも烏ならそれをやってくれるでしょ」

「そうだな」

 声に元気がない。

「ごめんね」

「何で謝るんだよ」

「だって、烏は健ちゃんの敵でしょ?」

 それなのに良い人かもなんて言っちゃったからちょっと後ろめたくなった。

「誰か来る」

 複数の足音が辛うじてあたしにも聞こえた。暗闇から飛んで来た何かを健ちゃんが刀で全部叩き落とす。

「手裏剣初めて見た!」

 ホントにテレビとかで見るのと同じ!

 地面に刺さるそれは鈍く光ってる。

「そんなこと言ってる場合か」

 蔵の扉に寄り掛かってたあたし達を忍者服に身を包んだ男数人が囲んだ。

「昨日の用心棒?」

 ちらほら似た顔が見える。

「烏の仲間が紛れてたようだな」

「何だ。もっとひねった侵入方法期待してたんだけどな」

 変装とかありがちなパターンじゃん。

 あたしは文句を言いつつ薙刀を構える。

「待てい!」

 でかい声が真上からして、男が飛び降りてきた。砂埃が一面舞う中で見たのはあたしの知ってる顔。

「この前のトーゾクさん?」

「おぉ、あのときの包帯女ではないか!」

 毛むくじゃらな顔がクシャクシャになった。目を見れば笑ってるのがわかる。

 刀を後ろに背負って立つ姿は倒れてたときとまったく違った。

「ちょっ……やめてよ、そのダサい呼び方!」

 今どき包帯女なんてないよ!

「何を言う! お前が名乗らなかったのが悪いのだ!」

「だからってそんな呼び方」

「頭領!」

「寿々!」

 ヒートアップするあたし達を止めたのは健ちゃんとトーゾクさん側の忍者だった。

「いい加減にしてください。追われてる途中なんですから」

「すまん」

「お前も忘れてただろ」

「ごめん」

 何かあたしとトーゾクさんが似たキャラクターなのが気に入らないわ。

「上手く時間稼ぎしてくれましたよ」

「先生!」

 その後ろには加地さんや当主の榊原さんが続いてる。

「おや、早々と囲まれてしまったな」

 あんまり困ったように聞こえない。

「誰のせいだと思ってるんですか……」

「寿々」

「へ?」

 トーゾクさんに名前を呼ばれて、気付いたときには身体が反転して先生達と向かい合ってた。

「良い名だ」

 前と同じ。首元にあるトーゾクさんのがっちりした腕のせいであたしは必然的に上を向くことになる。

「寿々さん!」

 加地さんの声が聞こえたけど、顔は見えない。

「それ以上寄れば、この娘の命はないと思え」

「くそっ……」

 あたし殺される? でも恐くない。

「嘘吐き」

「何?」

「アンタは人殺しなんかしない。違う?」

 寝てる中で刀を向けられたときの雄吉さんと全然違うんだ。

 殺しを楽しむような雰囲気が一切ない。

「盗みに入る屋敷も曰く付きの場所を選んでるような人は誰も殺めたりしない」

 回された腕も、最初に会った日と何も変わってないよ。

 あたしがそう言えばトーゾクさんは豪快に笑った。耳が痛い。

「ますます気に入ったぞ寿々! ダイヤモンドとお前を連れて帰る。ワシとともに来い」

「やだ」

 高級でも石と一緒にしないでよ。

「ならば力づくでも連れて帰ろう」

「……先に言っとくけど、あたし弱くないよ?」

 下手な侍よりよっぽど強いって先生からの御墨付きなんだからね!

「気の強い女は嫌いではない」

 それを引き金にあたし達と烏の大捕物が始まった。

 先生達は烏の仲間を、あたしはトーゾクさんを相手に武器を交える。

「他の烏と連絡取ったりする?」

 あたしの振り回す薙刀を上手く避けて彼は鼻を鳴らした。

「昔は三羽烏で酒を酌み交わしたが今の烏は会ったこともないわい」

「そう」

「寿々、腕前は上々じゃ。烏にもなれるぞ」

「や、なる気ないし!」

 攻撃しないで避ける一方のトーゾクさん。馬鹿にしてんのかしら。

「何で烏になる道を選んだの?」

 わざわざ有名な悪役に染まる必要があった?

 忍者がアンタを頭領って言った瞬間、あたしはアンタが烏本人なんだってわかってちょっとショックだったんだけど。

「尊敬する盗賊の師がいた。その人が烏でな、死に際に継げと言ったのだ」

 そう言われると弱い。あたしも先生に先生の仕事を継いでなんて言われたら、考えると思うから。

「ワシは烏を誇りに思う。しかし」

 耳をつんざく破裂音がした。あたしの腕を掠めたそれはトーゾクさんのお腹に当たった。

 腕が熱くて痛い。

「ぐ……っ」

 呻いたトーゾクさんが体勢を崩して片膝をつく。ぼたぼたと容赦なく落ちる赤黒い液体を血だと気付くのに時間はかからなかった。

「は、早くダイヤモンドを取り返せ!」

 榊原さんが叫ぶ声がした。撃ったのはあの人らしい。あんなの江戸時代でも輸入出来るんだっけ。

 頭が霞がかってぼんやりしてくる。

「貴様よくも頭領を……!」

 怒りで刀を榊原さんへ向ける忍者は健ちゃんに阻まれた。

「何故邪魔をする!」

「今すべきことは仇討ちか」

「……すまない」

 健ちゃんの言葉で冷静になったらしい。部下は皆あたし達のところに集まってきた。

「触らぬ方が良い。血で着物が汚れる」

「汚いかどうかはあたしが決めることだよ!」

 とりあえず止血しようと静さんの真似事をしたけど、さっきまで流れてた量が明らかに多かった。

「もう良い」

「何が良いのよ……!」

 本人があきらめてどうするの?

 徐々に色をなくす肌にあたしは焦った。

「頭領」

「……皆は無事か」

「はい」

 あたしにも多少の怪我で命に別状はないように見えた。

「そうか」

 トーゾクさんは細長く息を吐き出す。

「烏は解散じゃ」

 周りで息を飲む人や悔しそうに短く声を上げる人がいた。

「烏はどこでも生きていく根強さがある。好きに生きろ。……行け」

「ありがとうございました」

 瞬きをした一瞬で、黒い塊が消えた。

 残されたのは羽根の折れた烏一羽。

「おい、仲間が逃げたぞ! 何故追わないんだ!」

「榊原さん。貴方には殺人犯として詰所まで行っていただきます」

 荒っぽい声で皆を非難する榊原さんが滑稽に思えた。

「文句は聞き入れません。……今までやってきた悪行、すべて話してもらいますよ」

 榊原さんは拳銃を落とした。

「トーゾクさん」

「ワシは喜一じゃと、何度も言ったろうが」

 か細い声に、あたしは涙を堪えることが出来なかった。

「喜一さん」

 初めてちゃんと名前呼んだよ。ねぇ、だから元気になってよ。

「泣くな、寿々」

「雨のせいだよ」

 ちょうどよく降り出した空からの涙。

 無理矢理誤魔化したけど、きっとばれてると思う。それでも、喜一さんは気の強い人が良いって言ってたから。

「そうか。孫と話せたようで楽し、かったぞ……」

 雨に濡れた顔は、何だかせいせいしたようだった。

 我慢なんて出来なくて、あたしはまた涙を流す。

「寿々さん」

 そこにはあたしと同じようにびしょ濡れの先生と健ちゃんがいた。

「あとは加地君に任せましょう」

 その後のことはあんまり覚えてない。




 その日から三日、あたしはずっと眠ってたらしい。

 色々あって疲れたんだろうってご飯を持ってきた静さんは言ってた。

「色々か」

 人の死を間近で見たのは初めてだった。腕の痛みもまだあるけど、胸の奥の方がもっと痛い。

「寿々様」

「烏の……」

 庭に目を向ければ喜一さんを叱ってた人が片膝をついてしゃがんでた。

「先日は、頭領を看取っていただきありがとうございました」

「……あたしは何もしてない」

 着物がシワになることなんて考えられないくらい、きつく握り締める。

「何も出来なかった」

 同じように撃たれてたから仕方ない、そんな慰めはいらないの。

 無力な自分を強いと思い込んでたのが恥ずかしくて情けなくてたまらない。

「私が盗賊になると決めたとき、頭領は言っていました。烏に入るなら常に死ぬ覚悟を持て」

 顔を上げれば名前も知らない侍がただ真直ぐあたしを見てた。

「あの方は烏を継ぐ際に家族と縁を切ったそうです」

「そんなの酷いよ」

 残された家族はどうするのよ。

「どうかもう悲しまないでください。頭領が言ったはずです。泣くな、と」

「わかってる」

 もう泣いたりしない。そんな時間があったら稽古して腕磨く。

 皆が傷付かないように心も身体も強くなる。

「寿々様が泣けば頭領も心残りとなるでしょう」

「わかってるってば!」

 にじんだ涙を袖で拭って、あたしは侍を指差す。

「次会ったときは、アンタも犯罪者なんだからね!」

「そうですね」

 仕方ないとでも言うように肩をすくめて彼は小さく笑う。

「お尋ね者は早々に逃げるとしましょう。見つかってしまう前に」

「寿々、ちょっと来ておくれ!」

「はーい!」

 静さんに返事して庭を見れば、跡形もなく消えてるあの人。

「……逃げ足の早い烏」

 まぁ、それも悪くないか。

 あたしは早足で静さんのところへ向かった。








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