じゅうきゅう。
いにしえから存在する蔵には金銀財宝が眠って……。
「そんなわけないか」
「こら寿々! 真面目にやんな!」
「はーい」
今日は先生の家にある蔵の整理をすることになったの。
遠慮する先生に静さんが汚いって一喝して、あたしや健ちゃんも一緒に手伝ってる最中。
「結構色々あるんですね」
刀や弓矢はいいとして、刺繍付きの絨毯とか高そうな壺まで無造作に置かれてて歩くスペースが少ない。
あたしが奥から色々持ってきて健ちゃんにパス。最終的に静さんへ行く流れになってる。
「そりゃあ先生は謎も噂も多い人だからね」
「謎?」
「噂?」
「先生がここに来たのは三年前。急にふらりとやってきてここに住みたいと言ったんだ」
思い出しながら静さんは遠くを見ていた。動かさなきゃいけないはずの手はぴたりと止まってる。
「それって謎ですか? 今の先生でもやりそうだけど……」
「続きがあるのさ。着物も上等な布だったんだがねぇ、ほとんど血で赤く染められてたんだ」
「……それって先生の?」
「いや、先生は無傷だったから他人の血だろう」
血塗れってことは、その分人を斬ったってことだ。
「詳しく聞かなかったんですか」
健ちゃんも気になるらしい。
「聞いたさ、前に一度。でも先生は笑うだけで答えなかった」
そこは今も同じ。秘密主義者なのかもしれないけど、先生は必要以上に多くを語ろうとしない。
「この辺りに暮らす人間は皆訳ありの奴等ばかりだ。互いに深く聞くようなことはしない」
蔵の整理に飽きたのか休憩をするのか、静さんは立ち上がって屋敷に戻ろうと歩を進める。
「アンタ達も無駄に詮索しちゃいけないよ」
静さんの警告に、どことなく重みを感じた。
「すみません」
「はい?」
見たところお城とかにいるような身分高そうなお侍さん。
「ここは藤沢の家で合ってますか?」
「そうですけど」
あれ、前にもこんなことあったような気が……。
「何のご用でしょう」
あたしを庇うようにして立ちふさがる健ちゃん。
そうだ、初めて健ちゃんに会ったときに似てるんだ。あのときはいきなり斬られて大変だったっけ。
「少しで構いません、彼と話がしたいのです。どこにいらっしゃいますか?」
「先生なら今散歩に」
あんまりにも切羽詰まってるから、条件反射であたしはサラッと答えてた。
「先生……彼は寺子屋で働いているんですか?」
「違いますよ」
「藤沢殿!」
「久し振りですね、榎並君」
榎並と呼ばれたお侍さんは先生に深く一礼した。二人は知り合いらしい。
「貴方に似た人がここにいると聞いてまさかと思いながら来てみたら」
「本当にいましたね」
カラコロと笑う先生を見るのはちょっと貴重。安物のお茶を出して、二人の話を影から聞く体勢になった。
「のどかなところですね」
「えぇ、私も気に入ってます」
なんだ、ただの世間話か。
部屋を離れようと身体の向きを変えた瞬間に聞こえた言葉で、あたしはまた足を止める。
「貴方ほどの人が何故このようなところにおられるのですか」
「それはどういう意味です?」
「失礼とは思いますが、ここらに住む方と藤沢殿では身分に違いがあります」
やっぱり何か理由があってきたんだ。
「榎並君、私はもう身分なんてものは捨てたんですよ」
「あのときからですか」
迷いのある声に先生は答えが出ない。
息もひそめて二人の出方を待つ。
「どうかもう一度、我らとともに……!」
「申し訳ありません。……お引き取りください」
それは先生の拒絶だった。
「待ってください」
「貴方は先程の……」
帰ろうとする榎並さんを呼び止めて、あたしは頭を下げる。
来たときより微かに小さくなった背中に向かって話しかける。
「寿々です。ここでお世話になってます」
「そうでしたか、ご丁寧にどうも」
「少しだけ、あたしに時間もらえませんか」
「え?」
「彼の過去を、ですか……」
人目につかない神社の境内に移動して榎並さんを見つめる。
「ただの居候が気にすることじゃないかもしれないかもしれません。でも危ない仕事に関わる先生を見たくはないから」
お金が沢山もらえたって、何をしてるかはっきりわかんないような仕事のばっかじゃあたしの気持ちが落ち着かない。
「榎並さん。先生はここに来るまで何をしてたんですか」
もし出来るのなら、もう一度やり直してほしいと思った。
「我々は武士です。敵を斬ることが仕事でした。中では相手の生死も問いません」
「でも今先生は人を殺したりなんか」
「嫌だったのでしょう。今までの生活で、あの方は沢山の人を殺めた」
自嘲気味に笑う姿が悲しげに見えるのは、たぶん間違いなんかじゃない。
「一番堪えたのは、同業者を潰すために屋敷の人間全員殺したことでしょうね」
「全員……」
血なまぐさい話についていくために、あたしは復唱しながら頭にたたき込んでいく。
「女子供も、命なき者にと言われていました。その件が起きた翌日に、藤沢殿は姿を消したのです」
それが、初めて静さんの前に現われたときだったんだ。
高い給料ももらって、上等な着物を血で染めて。そんな生活から先生は逃げ出した。
「僕の仕事場で皆を統括する立場にあった藤沢殿は、誰よりも先に刀を抜いていました」
遠回しにそれは、誰よりも多くの人を殺したということ。
「……良かった」
「え?」
「人を傷付けても、守りたいものがあるのは今も変わってないから」
先生は榎並さん達部下を守りたくて、人を傷付けた。
許されることじゃないけど、先生もそれは充分わかってるはずだから。
「寿々さん……」
「お願いします。あたし達から先生を取り上げないでください」
どんな過去があったって、先生に変わりはないから。
「先生はあそこに必要な人なんです」
「心配しなくても、私はいなくなったりしませんよ」
振り返るとこっちを見てる先生がいた。両腕を組んで、歩いてくる姿にあたしは瞬きをする。
「どうしてここに貴方が……?」
榎並さんもあたしと同じように戸惑ってる。
「夕刻になっても寿々さんが戻らないので、散歩ついでに探していたんです。静さんが怒っていましたよ。手伝いをサボってどこに行ったんだと」
「あ……、忘れてた」
言いつけ破って先生の昔話聞いてたとか確実に怒られるじゃん。どうしようかなぁ……。
「榎並君」
「はい」
「私にはもう地位は必要ないんです」
さわりと風があたし達の頬を撫ぜた気がした。
「今が幸せなんですよ」
「……わかりました」
先生とあたしから一歩退いて勢いよく頭を下げた。
「突然押しかけて申し訳ありませんでした。どうか、貴方は変わらずそのままでいてください」
「君も元気で」
夕日に染まってオレンジ色になる榎並さんの背中を見送って、あたしは先生に向き直った。
「先生、あの」
「ありがとうございます」
「……え?」
「昔の話を聞いても、寿々さんは私を先生と呼んでくれるんですね」
なんとなくわかった、先生からたまに感じる違和感。
無理して笑うと眉根がいびつに歪むんだ。
「あたし、過去も今も大事なことだとは思ってます。今の自分があるのは過去の自分がいたからだから」
反応の薄い先生に謝罪する。
「話を勝手に聞いたりして、すみませんでした」
「いえ。貴方に聞いていただけて良かった。救われた気がしました」
左肩に手を置かれて顔を上げる。先生の微笑に違和感はなかった。
「今でも昔のことが夢に出てうなされます。すがってくる血塗れの敵を殺す冷酷な自分が、恐いのですよ」
「先生は穴から落ちたあたしを助けてくれた、命の恩人です」
人は生かすことも殺すことも出来る。先生には生かす人になってほしい。
「そんな先生に一つ、お願いがあるんですけど」
「何でしょう?」
「静さん達に一緒に怒られてくれませんか?」
「たまには良いかもしれませんね」
このとき見た先生の笑顔は、今までで一番生き生きしてる気がした。