じゅうはち。
「何するんです!」
「おとなしくしろ!」
声を上げた悠里さんを男が更なる大声で黙らせた。
「お兄さん達、あたしらに何か用?」
こっちはこれっぽっちも用事なんてないんだけどねぇ。
顔や腕に刀傷があるところを見ると、彼らは元侍の現在フリーターって感じ。
「お前はともかくこっちのお嬢さんは見たところ金持ちだ」
「娘の命を助ける代わりに金をもらう。お互い利害が一致するだろ」
「わ、わたくしの家は江戸より遥か西にあります。貴方達の望むようなことにはなりませんわ!」
気丈に振る舞う姿も今は痛々しく見えた。
しかも普通に説明みたいなことしちゃってるし。
「ほぉ、そうかい」
「そんじゃあ身売りでもしてもらうか」
毎回捕まると売られるパターン、何とかなんないのかな。
流石に地味と平凡を好むあたしでも飽きるよ。
「しばらくここでおとなしく待ってるんだな」
「っ、開けなさい!」
薄明かりのさす蔵に押し込まれてご丁寧に鍵をかけられた。
妹さんは頑丈な扉を叩いて叫んでる。
「扉はここ一つか……」
「どうしてこの状況でそんなに落ち着いているんですか?」
無駄だってわかった悠里さんは感情の矛先をあたしに変えた。
「んー、慣れてるから」
「捕らえられることに慣れるなんて……一体どんな生活なさってるんです?」
「あたしとしてはもっと地味にいきたいんだけどさ、周りが許してくれないんだよ」
困ったもんだね、ホントさ。
喋りながら蔵の中をウロウロしてみる。でも隠し扉みたいな画期的な代物は出てこなかった。
「そのときはやはり兄様が助けに?」
「健ちゃんだけじゃないよ。先生や近所の悪ガキも一緒に来てくれる」
皆優しいから、凄く強いから。
「でもあたしは、自分で出来そうなことは自分でやる主義なの」
誰かに助けてもらうのを待つなんて乙女チックな発想、あたしにはないから。
「蔵に閉じ込めてくれたのは有り難かったね」
武器とまではいかないけど、使えそうなものはある。
「寿々さん……」
妹さんの瞳が揺らいだ。
強気な態度してても、やっぱり恐いよね。
「貴方はあたしがちゃんと守るよ」
健ちゃんの大切な妹さんだし、大体さ可愛い子にはあたし弱いんだよね。
「だから協力してね」
「協力?」
首を傾げる悠里さんにあたしは口端をつり上げて笑った。
「誰か! 誰かいないの!?」
「うるせぇなぁ、何だよ」
「もう一人の子が舌を噛んで自殺を……!」
「何!?」
慌ただしい外の音。扉を開けてくれた男の頭にクワの持ち手をぶつけた。
「あちゃー、ヒビ入ってる」
まぁいっか。この人の刀借りよう。
「悪いけど、ちょっと気絶しててね」
物陰に隠れてた悠里さんが恐る恐る近付いてきた。
あたしも悠里さんも最初から自殺なんて考えてない。
内側から開かない扉は外から開けるしか方法はないから、一番簡単なヤツにした。だって金ヅルが死んだら困るでしょ?
「行こう」
「人質が逃げるぞ!」
運悪く見つかったけど、町にはあと少しで着ける距離だった。
「寿々さん、どうしましょう」
混乱する悠里さんにあたしは言った。
「ここを真直ぐ行けば町に戻れる」
「え……?」
「一人でも大丈夫だよね。誰か強そうな人呼んできてくれない?」
つかんでた手を離して刀を鞘から抜く。
久々に触ったかも。扱えるかな……。
「寿々さんは」
「とりあえず足止めしとく」
「そんな……、危険です!」
ヒロインっぽい台詞だなぁ、なんてのんびりしたこと言ってる場合じゃなかった。
「何だ、仲間割れか?」
追いつかれて集まり出す人さらいの奴等。十人くらいなら多少はなんとかなるかな。
「アンタ足手まといなのよ、早くどっか行って」
「寿々さ……っ」
きつい言葉と睨みをぶつけて、無理矢理悠里さんを走らせた。
「あんな可愛い子泣かすたぁ鬼だな」
はいはい、どーせあたしは悪役ですよ。
「じゃあそんな鬼にボコボコにされる?」
「やめろって女に扱える代物じゃねぇんだから!」
「貧乏人を甘く見ないでよね!」
ゲラゲラ下品に笑う男に鞘をぶつける。
見事にヒットしていきり立つ元侍を片っ端から倒していく。
「ったく、うざったいなぁ!」
「隙ありぃっ!」
一瞬気を抜いたところで死角から男が飛び掛かってきて、衝撃を予想して目をつむる。
「毎回毎回お前って騒ぎに巻き込まれるんだな」
さっきだって聞いたはずなのに、ほしくて仕方なかった声。
「心配で目が離せない」
男を吹っ飛ばして健ちゃんは笑った。
「……騒ぎが寄ってくるから仕方ないの」
「確かにな」
いつものペースになった。やっぱりあたし、一人じゃ駄目なのかもしれない。
「警察に言うか?」
「いいよ、未遂だし。また加地さん経由で先生にバレたらまずいもん」
適当に放っておけば地面に伸びてるフリーターさん達も自分の家に帰るでしょ。
「そういえば健ちゃん何でここわかったの?」
「幸宗が教えてくれた」
「悠里が悪かったな」
「いいよ別に」
毎度のごとくあたしから首突っ込んだし。そこから急にお互い黙っちゃって、ちょっと気まずい。
幸宗に言われたことを思い出して、息を吐き出した。
「健ちゃん」
「ん?」
視線がかち合う。
「……帰らないで」
言ってしまった。止めないなんて強がったけど、健ちゃんがいないのは淋しいから。
泣きそうになってうつむくと、健ちゃんの腕が伸びてきた。
「寿々さん! お怪我ありませんか?」
悠里さんの大きな声に驚いてパッと腕が引っ込むのが見えた。
幸宗と一緒に悠里さんは歩いてきた。逃げてた悠里さんと途中で会って、幸宗に預けて健ちゃんがこっちに来てくれたらしい。
「大丈夫だよ」
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げられることに慣れてないあたしは慌てた。
「顔上げてよ。あたしが勝手にやったんだしさっき酷いこと言ったから」
「いいえ。あれはわたくしのために言ってくださったんでしょう?」
さっきの弱々しい儚い感じゼロなのは何故?
「わたくし、寿々さんのような強い人になります!」
「あ、そう……」
それはそれで複雑なんですけど。なんて本人の前では言えなかった。
「夕飯の上に泊めていただいて、本当にお世話になりました」
「いえ、何も出来ませんで申し訳ないです」
先生は一礼して悠里さんに向かい合った。
「兄をまた宜しくお願い致します」
「はい。お預かりします」
あたしの願いを聞き入れたのかはわかんないけど、健ちゃんはここに残ることになった。お母さんへの近況報告は悠里さんが請負ったらしい。
詳しい理由は聞けないけど、あたしには充分嬉しい知らせだった。
「寿々さん。兄のこと、宜しくお願いしますね」
「や、むしろこっちがお世話になると思うよ」
常にそんな感じだから実際。
「兄様。許婚の方には別の男性を紹介しますね」
唐突な悠里さんの申し出に健ちゃんだけじゃなくあたしもきょとんとする。
悠里さんは満面の笑顔を浮かべたまま、あたしの耳元で囁いた。
「わたくし寿々さんなら認めますわ」
「え……」
「それではまた!」
詳しく聞く前に悠里さんは帰ってった。
「何て言われたんだ?」
「べ、別に!」
そんな関係、ないって絶対!
健ちゃんに怪しまれながら、あたしはそう思った。