じゅうろく。
高音が何度も部屋に響く。刀と刀のぶつかりあいに、あたしは気迫を感じた。
「やっぱり俺が」
ぽつりと呟いた健ちゃんを見上げる。
「まだ言ってんの?」
「これは俺の問題なのに、先生もお前も巻き込んでる」
健ちゃんはこういう人だ。いつも周りから一歩退いて色々気にしてる。
「何が俺の問題よ。ここに来た時点で先生もあたしも自分から首突っ込んだの」
一人で抱えようとするのはあんまり良いことじゃないから。
「健ちゃんの荷物、あたしと先生が半分背負ってあげるよ」
ぽん、と背中を軽く叩いて笑ってやった。
「……ありがとう」
うつ向いて顔は見えなかったけど、健ちゃんは確かにそう言ったんだ。
「なかなか強ぇじゃねぇか」
「お褒めいただき嬉しいかぎりです」
先生と重兵衛は互角に戦ってた。荒っぽい重兵衛の太刀筋に比べて先生は無駄がない。
いつだか先生が言ってたことがある。太刀筋は人生を表すようなものだって。
「お前、何者だ?」
鋭い視線が先生に飛ぶ。
「ただのしがない一般人です」
睨まれてんのに先生ってば素敵な笑顔でもう……。
「それより、黒幕がいるのではないですか?」
「何の話だ?」
重兵衛ははぐらかすように笑う。
「貴方が彼の父親を殺した件です。彼の父親は役所に勤めていたそうですが、貴方が彼と接した話は聞きませんでした」
健ちゃんを見れば驚いた顔をしていた。たぶんホントのことなんだと思う。
「調べたのか?」
「少しだけ」
やんわりと笑みを見せる先生。重兵衛が舌打ちをして再び斬りかかる。
「貴様……」
「真実を話してくれませんか?」
「話すことなどないわ!」
轟くような大声にあたしは思わず耳を塞いだ。
「そうですか」
先生の目付きが変わった。
「ならここまでにしましょう」
刀さばきが速くなる。押されてるのは……勿論重兵衛だ。一瞬の隙をついて先生が重兵衛の刀を弾き飛ばす。刀は弧を描いて床に刺さった。
「く……っ」
先生の刀が真っ直ぐ重兵衛に向いた。笑顔のままだから更に恐さ倍増。
「話しますか?」
「……頼まれたんだ」
悔しそうな表情で重兵衛が口を開いた。
「誰にです?」
「手紙が届いた」
「名無しで?」
「……烏」
「カラス?」
あたしは聞き返した。だってカラスって……あの鳥でしょ?
「そう書いてあった。金と一緒に殺してほしい男の名前が」
金欲しさの犯行ってわけね。
「心当たりはないのか?」
健ちゃんも聞く。怒りの矛先がカラスに向かっているのがわかる。
「知らん。ただ言えるのは、それなりの権力を持ってるってことだ」
そう答えた彼は加地さん達に連れていかれた。そしてあたしと健ちゃんの前を通るとき、重兵衛は健ちゃんに頭を下げたんだ。
「悪かった」
そう一言添えて。
「健ちゃん」
「何だよ」
警察に一通り事情を説明するために、先生は加地さんに付いていった。
あたしは健ちゃんと一緒に家に帰るところだ。
「怒ってる?」
「別に」
でも健ちゃんの機嫌がかなり悪い。歩くのが少し速いからあたしは健ちゃんの後ろ姿に話しかける。
「怒ってんじゃん」
「怒ってない」
「……嘘吐き」
口を尖らせて呟くあたしの前で健ちゃんは足を止めた。
「何で来た」
「何で、って歩いてだけど」
「そうじゃなくて! ……どうして付いてきたんだって聞いたんだ」
「助けになりたかったから」
「お前女だぞ? 少しは自覚持て」
「何よ、死ににいこうとする馬鹿が心配だったんだからしょうがないじゃん!」
怒られる意味がわからないよ。心配しちゃダメなの? 何だか無性に泣きたくなって、あたしは下を向いた。
「健ちゃん知らないでしょ」
駄目だ、地面が涙で歪む……。
「昨日先生と二人で話してたときあたし聞いてたんだから」
あたしの言葉に健ちゃんは少しだけ反応を見せた。
「お願いだから、死ぬ覚悟なんかしないで」
頬に涙が流れる。こっちに来てから泣くことが増えた気がする。
「その約束は、出来ない」
「何で……?」
「俺は武士だから」
急に、胸が苦しくなった。
「戦いで死ねるのは、武士の本望だから」
悲しそうに笑わないでよ。
急に距離が遠く感じて、心が痛い。
「武士なんか、侍なんか……大っ嫌いだよ!」
「寿々!」
あたしは健ちゃんにぶつかるのも気にせず、その場から逃げ出した。
「寿々?」
「幸宗……」
家に帰れば健ちゃんがいるかもしれない。そう思っていつも稽古してる神社に来たら、幸宗に会った。
相変わらず自主練は怠らないようで、やっぱり偉いとこんなときでも感心する。
「どうした? 泣いてんのか?」
背伸びしてあたしの顔を覗き込んだ幸宗。普段は生意気な悪ガキの癖に、こういうときは優しいんだよね。
「ちょっと、色々あってさ」
あたしが石段に座ると幸宗もあたしの横に並ぶ。
「あたしね、アンタとは生きてた世界が違うのよ」
武器を持つことも許されない戦いのない平和な時代。ほしいものは少しの努力で手に入るから、何かに必死になることもなかった。
だからなのかな、あたしには侍の気持ちが理解出来ない。
「世界が違うって……。寿々はどっから来たんだよ」
「……空から」
落ちてきたとは言いにくいけど。
「ふーん」
「え、それだけ? もっと何かないの?」
「別にない。寿々は寿々だから」
幸宗の言葉に驚いた。
「侍の考えが理解出来ない人間なんて江戸にもいっぱいいる。それを見捨てるか、見守るかは、本人が決めることだろ」
「幸宗って……大人だね」
あたしは感嘆のため息を漏らす。考え方があたしよりも全然大人だ。
「俺もいつかは武士になりたいから」
「そっか」
夢があるから、その辛さもちゃんと理解してるんだね。
口で言うのはなんか恥ずかしかったから、あたしは心の中で小さく応援しようと思った。
「……寿々」
「何?」
幸宗を見れば石の階段の一番下を指差して一言。
「待ってる」
「健、ちゃん……」
視線を移せば、鳥居に寄りかかってあたし達を見てる健ちゃんがいた。あたしと目が合って、鳥居から身体を離す。
「俺また練習するから。早く話して楽になっちゃえよ」
なんだかお兄ちゃんが出来たみたいだ。小さく笑ってあたしは大きく頷いた。
「ありがとう」
「おう」
幸宗はすぐに顔を反らしたけど、たぶん気持ちは伝わったと思う。
「健ちゃん!」
石段を駆け降りて健ちゃんの前に立つ。
「寿々、さっきは……」
「ごめん。あたし健ちゃんの気持ちわかってなかった」
自分の気持ち押し付けて、自分だけが可哀相に思ってた。
でも健ちゃんだって悩んでるんだもんね。
「俺も悪かった」
お互い謝ったら何だか笑えて、顔を見合わせて噴き出してしまった。
「帰るか」
「うん」
縦に並んで帰る。健ちゃんの広い背中を見て、あたしは小さな決意を胸にしまった。
最後まで、健ちゃんを見守るから。
読んでくださって、嬉しい限りです。
今日は朝から一つ更新、寝る前に更新しました。
ちなみに今、青春ものが書きたくてうずうずしてます。
適当すぎる後書きですが、次回もお楽しみにー。