じゅうご。
「何だお前ら」
額から頬にかけて一直線の傷跡。左まぶたはその傷跡を受け、開くことはないようだった。
先生みたいな金髪が眩しくて、目付きは大分悪いみたい。まぁ遠目で見てるんで所々わからないけど。
あたしは先生達の尾行と地図を使ってここまで来た。やっぱり悪者のアジトは町はずれなんだと妙なところで納得する。
「初めまして、藤沢と申します。貴方が重兵衛さんでしょうか」
「ああ」
自らの名前を認めた男、重兵衛は大きく開けた着物の胸元を手でがりがりと擦った。
「聞きたいことがあって参りました」
相変わらず先生は穏やかだ。その少し後ろで健ちゃんはうつ向いてじっとしてる。
「……聞きたいことだぁ? 言ってみろ」
「伊尾慶喜という男、ご存じですか?」
お父さんの名前を聞いて健ちゃんはびくっと小さく肩を跳ねさせた。
「伊尾慶喜? 覚えてねぇなぁ」
傷跡をかきむしり、興味なさげに答える。
「……おい、ガキ」
重兵衛が健ちゃんに視線を映す。うつ向いたままの彼に重兵衛が目を細めた。
「顔上げろ」
何も言わずに健ちゃんはゆっくり顔を上げた。こっちからは重兵衛の顔しか見えないけど、健ちゃんが怒りを我慢してるのがあたしでもわかる。
「前にどっかで会ったか?」
「いいえ」
「お前に似た男を覚えてる。昔、殺りあった男……」
それだけ聞けば、充分だった。
「ぶった斬ってやる……!」
健ちゃんが刀を抜いた。
「やはり貴方でしたか」
でもそれよりも早く重兵衛に斬りかかったのは先生の方だった。余裕のある声だけど、先生の刀は重兵衛には届いてない。
「居合いの速さは誰にも負けねぇよ」
脇に置いてあった刀はいつの間にか先生の刀を止めていた。
何も言わずに健ちゃんはそれを見つめた。あたしも同じように、瞬きを忘れてそれに見入る。
「おい、俺に何の恨みがあるんだ?」
「彼は父親を貴方に殺されたそうです」
「……はっ、やっぱ見たツラだと思ったぜ。でもなぁガキ」
意地の悪い瞳が健ちゃんを見据える。
「お前の親父はなかなか強かったぜ。あんなに興奮したのは久々だった」
目をギラつかせ、重兵衛は興奮気味に言う。健ちゃんは言葉を詰まらせた。
「あまり人の神経を逆撫でするのは感心しませんね」
再度刀を振り下ろし、先生は言った。
「その敬語やめろ。鳥肌たちそうだ」
あぐらからやや強引に膝を立たせ、重兵衛も臨戦体勢に入る。気が付けば、周りにいる重兵衛の手下も刀を構え、先生と健ちゃんを囲む。
助けに行くべきか、ここで邪魔にならないように息をひそめるべきか。
怪我から復帰したのが最近だから、足手まといにはなりたくなかった……のに。
「女がいるぞ!」
「げっ!」
見つかった、割とすぐに。
「寿々、お前……」
「おやおや」
溢れそうなくらい大きく目を開く健ちゃんと、悪戯がバレて笑うような声を出す先生。
「大人一人にガキ二人……しかも一人は女がいるとはなぁ。お前ら、俺達を馬鹿にしてんのか?」
うーわ、いつの間にかあたしも円の中心にいるよ。
「何で来たんだよ」
三人で背中を合わせて集まる。背中越しに健ちゃんの声が聞こえた。
「落し物を届けにきたの。ここまでの道が書かれた地図をね」
「地図って……まさか、先生?」
「助太刀は必要かと思いましてね」
そう言って先生は刀をかまえ直した。
「あたしが助太刀ですか……。微々たるものでよければ」
「女に何が出来る」
重兵衛が偉そうな口調で笑う。
「おじさん知ってる? 未来では女の方が強い世界が広がってんのよ」
あたしは鼻で笑い返した。ほんの一部かもしれないけど、確かにあたしの時代は男女平等だから。
「いい度胸だ」
重兵衛の顔には青筋がたって見えた。
「あ……やっぱ怒らせちゃった」
「あまり煽るべきではありませんよ」
先生が苦笑いして答える。でも明らかに楽しんでた。
「テメェら、俺が許す。こいつら殺れ」
その言葉で手下達はあたし達に斬りかかった。
「先生、どうします?」
囁くような健ちゃんの声。ふざけてたあたしに比べてだいぶ切羽詰まってるみたい。
「そうですねぇ……斬って斬って斬るしかありませんね」
「まぁ、それしかないですよね」
三対三十のかなり無謀な喧嘩ですけど。
「では、健闘を祈ります」
「はい!」
あたし達三人はバラバラに散った。
「お二人とも無事ですか?」
「勿論です! まだ地獄に行く気はないんで!」
「地獄に行く気か、お前……」
あたし達の周りには倒れた侍の海が広がってる。
「冗談。健ちゃんは地獄行きたい?」
「絶対に嫌だ」
真面目な健ちゃんだから真剣な顔で返された。
「さて、あとは貴方だけですね」
「くそっ……!」
勢いよく刀を抜く重兵衛。刃こぼれした刀が鈍く光る。
「俺がやる」
瞳をギラつかせ、健ちゃんがあたしの前に出る。
「待ってください」
あたしより先に、先生が健ちゃんを止めた。
「止めないでください先生!」
「君にこの男を殺して得がありますか?」
「得とか損とか! ……どうでも良いんです」
怒りを鎮めようと血が止まるくらいの力で拳を作る健ちゃん。
必死に堪えてるのが嫌でも伝わってきて辛かった。
「ただ、俺は仇を討ちたい。それだけです」
「仇は見てるだけでも討てたのがわかります。お願いします、譲ってください」
先生は健ちゃんに頭を下げた。
「貴方の刀で人を殺したくありませんから」
先生はどこまで優しいんだろう。
流石に健ちゃんも刀を鞘に戻して後ろに下がった。
「話し合いは終わったか?」
「ええ、たった今」
笑顔で先生は刀を構えた。あたしと健ちゃんは、後ろで行く末を見守る。
「後悔するなよ?」
「ご心配なく」
二人の睨みあいが続く。あたしの入れるような空気じゃない。
もし先生があたしだったら、確実に無理だと思った。
「私は自分の決めたことに後悔なんかしません」
でも先生なら、先生だから何とかしてくれる気がしてたんだ。