じゅうよん。
「んー、快晴!」
あたし葛西寿々は普通の女子高生でした。でもカミサマのせいで変な穴に落ちて、たどり着いたのは江戸時代。楽しく毎日を過ごしてましたが、最近周りで不穏な動きが増えています。
「……説明はこんなもんで」
さて、最近怪我続きだったあたしもようやく完治。
「健ちゃん、稽古しよー!」
「あんま暴れるなよ、病み上がりなんだから」
ポンポンとあたしの頭を叩く健ちゃん。
「はーい」
とは言っても、三週間も動いてないのし、流石に腕が落ちるよ。
「今日の目標は、前の感覚を思い出す!」
「へぇー、頑張れ」
どうでもよさそうな健ちゃんにあたしは横目で見やる。
「手伝ってね?」
「はいはい」
何か子供扱いされてる気がする……。
「来ないの?」
「そっちから来ていいよ」
ずいぶん余裕あるじゃん。ちょっと悔しい。
「んじゃ、遠慮なくっ!」
薙刀を振り回して健ちゃんの刀を弾こうとぶつける。
「おっ前、病み上がりなんだから少し抑えろよ!」
踏みとどまった健ちゃんはわかりやすく動揺した。声もいつもより大きい。
「大丈夫、まだ半分しか本気じゃないから!」
足を払おうとあたしは薙刀を下に振った。
「嘘吐け、もう七割近く本気だろうが!」
健ちゃんは見事にそれをかわし、あたしに木刀を振り下ろす。
「……っ!」
避けることも弾き返すことも出来なくて、あたしは目を瞑った。
衝撃が来なくて、目を薄く開ければギリギリのところで健ちゃんはそれを止め、不敵な笑みを浮かべて。
「少し衰えたか?」
なんて尻餅をついたあたしに健ちゃんが手をさしのべる。
「……次は勝つもん」
それを払う負けず嫌いなあたし。結局三時間ぶっ通しで稽古していた。
勿論静さんにこってり絞られたのはまた別の話。
「健太、ちょっとよろしいですか?」
「はい?」
夕飯時、先生は健ちゃんがご飯を終えたのを見届けてから先生の自室へ連れ出した。
「先生、どうしたんだろ……」
「さぁねぇ」
うーん、気になる。
「好奇心旺盛な自分が悲しいわ」
あたしは今、先生の部屋の近くに来てる。足音や息は出来るだけ小さくして気配を殺す。段々立ち聞きが本格的に上手くなってるかも……。
意味ありげな先生の呼び出しは、絶対何かある。あたしはまた障子に耳を近付けた。
「本当なんですか?」
「絶対の確証はありませんが、恐らく」
ずいぶん真面目な話らしい。声の雰囲気が重苦しくてわかる。
「見てきました」
「どうして……!」
感情的になる健ちゃんにびくっと身体が跳ねた。
「何で、俺に言ってくれなかったんですか?」
「言ったら仇討ちに行くでしょう?」
仇討ちっていうのは、死んだ当人の代わりに倒すということ。
「……当たり前です、父上を殺された恨みは、まだ消えてはいません」
唸るような声。いつもと違う、最初に会ったときの健ちゃんにあたしは困惑した。
要するに、先生が健ちゃんのお父さんを殺した人を見つけて、勝手に見にいった先生に怒ってるんだ。
「仇討ちは、私に任せていただけませんか?」
「え……」
何で先生が動こうとするの?
「あれは、なかなか強そうですよ。貴方が行っても、命を落とす可能性が高いのです」
「……かまいません。俺にその男の居所を教えてください」
健ちゃんの言葉に、あたしは着物の袖をギュッとつかんだ。
死ぬ覚悟で行こうとしてるんだ。
「無駄死にをするつもりですか?」
「無駄にはしません」
「……寿々さんは怒りますよ」
「どうして今寿々の名前が出るんですか」
うろたえたように聞こえるのは、きっとあたしの気のせいだ。
「仲良くなったように見えました。貴方も、楽しそうにしていましたね?」
いつも稽古するときと変わらない先生。
「何も言わずに逝かれるのは、酷く寂しいと思いますが?」
健ちゃんはずっと黙っていた。
「一つ、お願いがあります」
「……お願い?」
勿体ぶる先生の言葉に自然とあたしも耳をそばだてた。
「私の目が届く範囲で暴れてくださいませんか?」
そう言った先生は、きっといつものように余裕な笑みを浮かべている気がした。
「何でついてくんの?」
「だって」
健ちゃんが心配だから、先生との話を盗み聞きしてて……なんて言えない。しかも今日、仇討ちに行くって聞いたんだから余計離れられないよ。
「久々の稽古は行かないの?」
「……健ちゃんがいなきゃ面白くないもん」
嘘じゃないけど、本当はちょっと行きたいんだよね。でもやっぱり心配だから今日は休んだ。
「何かあった?」
「な、何が?」
声裏返っちゃったよ! 確実に嘘吐いたのバレたよ、どうしよう。
「ずいぶん可愛いこと言うなぁ、と」
不覚にもあたしは頬を朱に染めた。
「顔赤い」
「うっさい!」
健ちゃんはたまに天然。平気で可愛いとか言うからあたしの心臓は大忙しだ。
「ねぇ、健ちゃん今日どこ行くの?」
そこで黙っちゃうんだ。わかりやすいなぁ……もう。
「健ちゃん」
「ん?」
「一緒に、行く」
「なっ……!」
あたしの言葉に健ちゃんは目を見開いた。
「あたしも一緒に行きたい」
「馬鹿だな、別に遊びに行ったりしないよ。ただ先生が道案内してくれるだけだ」
少し考えてからふっと笑顔を見せてあたしの額を指で弾く。
「……ならあたしがいても問題ないでしょ?」
額を抑えたまま健ちゃんを睨む。
「我儘言うなって」
健ちゃんはたぶん知らない。あたしが話を盗み聞きしてたこと。
「そろそろ行きますか?」
ゆったりした動作で先生は現れた。いつも通り、何を考えてるかわからない笑みを掲げて。
「はい」
少しだけ表情を堅くして、健ちゃんが先生に近寄る。
「寿々さん」
「は、はい」
先生なら一緒に連れていってくれるってちょっと期待してた。
「留守をお願いします」
「……はい」
まぁ脆くも崩れ去ったけど。
「行ってきます」
「じゃあな」
口を尖らせ、恨みを込めた目で二人の後ろを見つめる。
結局あたしは待つことしか出来ないのか……。
ため息を吐いたすぐ後のことだった。
「ん?」
先生の去り際にひらりと落とした一枚の紙。そこには細かく書かれた地図があった。
「これ」
地図から顔を上げて前を見れば、歩きながらも後ろを向いて小さく微笑む先生がいた。
「ふーん?」
なるほどね。落し物は届けなくちゃ。
あたしは一人ほくそえんだ。
いつも読んでくださりありがとうございます。
今回は新たなキャラクターを登場させました。伊尾健太です。今のところ彼はきつい印象ですが、終わりに向けて丸くしたいと思います。
では次もお楽しみに。