じゅうさん。
「幽霊?」
「そう、あのお屋敷に夜な夜な泣き声がするんだって!」
稽古の休憩中に、あたし以外の紅一点の花ちゃんが言い出した幽霊発言。
「空耳じゃないのか?」
「違うもん幸宗の馬鹿っ!」
幸宗より二つ年下の花ちゃんだけど気が強いのはたぶんあたし以上。
「じゃあ見に行こうか、今夜にでも」
「え……本気? 健ちゃん」
わざわざ得体の知れないものに会いに行くわけ?
「何だ寿々、恐いの?」
「そっ、そんなわけないじゃん!」
嘘。実際そういう系統は大の苦手。
でも健ちゃんや幸宗に馬鹿にされたくないから意地張っちゃった。
「じゃあ決まり。今夜神社に集合」
「ありがとう健ちゃん!」
花ちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねて健ちゃんに抱き付いてた。
肝試し決定ですか……。
「ふーん、幽霊ねぇ」
「静さん信じますか?」
夕飯で使ったお皿を洗いながら肝試しの話を静さんにしてみた。
しっかり者の静さんなら幽霊なんていないって言ってくれるんじゃないかなって思ったんだけど……。
「そりゃあ幽霊はいるさ。うちの死んだ旦那もたまに枕元に出てくるしねぇ」
「へ、へぇ……」
どうしよう幽霊普通に存在してる!
「それより、夜出掛けるんなら気をつけな」
「え?」
「最近若い女をさらう輩がいるらしい。健太が一緒なら大丈夫だろうがねぇ」
「どんな人間でも幽霊よりマシだよ……」
「何か言ったかい?」
「いえ別に」
刻一刻と近付く約束の時間に、自然とため息が出る。
「寿々」
「ひゃぁっ!」
「な、何だよ急に叫んで……」
「け、健ちゃん」
びっくりしたー。こういうときに後ろから呼ばないでよ……。
「時間だからそろそろ行くぞ。行ってきます」
「あぁ、気ぃつけてな」
肝試しに興味ない静さんは自分の家に帰っていった。
あたし達も出掛ける準備をする。
「……木刀なんか持っていくのか?」
「何かあったら困るでしょ」
幽霊に木刀は当たらないかもしれないけど、ないよりは絶対にマシだもん。
「普段薙刀振り回すお前が幽霊を恐がるなんてな」
「うるさいよ健ちゃん!」
ここぞとばかりに面白がっちゃって、今度の稽古でボコボコにしてやるっ!
「あ、寿々! 健太!」
「幸宗。花ちゃんは?」
噂の提供者が不在。納得してない顔の幸宗はしかめっ面のまま言う。
「恐いから行ってきてだと」
「えっ」
何それ、有りなの!? そんな選択肢があるならあたしだって……。
「あたしも帰る!」
「今更それはないだろ?」
「大丈夫だって三人いるんだし!」
悪魔が二人いる! 悪魔があたしの肩つかんでる!
「ちょっ、引っ張ってる! あたしの意見無視で引っ張ってるよ!」
暴れるあたしを抑えて中に入ろうと門のそばまで来ると苛立った男の声がした。
「うるせぇなぁ……」
顔を見合わせて三人で物陰に隠れる。
「気のせいか?」
格好から侍ではないのがわかる。バレずにまた屋敷へ引っ込んだ男を確認してから口を開いた。
「人が住んでたのか」
「そんなはずねぇよ、誰も住まねぇから壊して広場にする話が出てるんだぜ?」
ここら辺を一番知ってる幸宗が言うんだから間違いない。
「行ってみよっか」
「急にやる気になったな」
「だって人がいるってわかったから」
幽霊じゃなかったってことでしょ? それで充分よ。
気付かれないように歩きながらあたしは強気な態度を見せた。
「現金なやつ」
「幸宗に言われたくない」
「何!?」
「静かに」
先頭を歩いてた健ちゃんが手で制した。
耳を澄ますと話し声が聞こえてくる。
「今日で何人目だ?」
「四人になります」
「ふん……もう一人くらいほしいな。まとめて売り飛ばした方が高く売れる」
「なぁ、どういうことなんだ?」
小声で幸宗が健ちゃんに聞く。
あたしに思い当たる節はたった一つ。
「静さんが言ってた……」
「寿々?」
「最近若い女の子がさらわれる事件があるって」
幽霊話のついでに聞いた世間話がここで役立つとは思わなかったけど。
「じゃあここはそいつらの根城ってわけか」
まとめ売りってことは女の子達はここにいるんだ。
「どうする?」
「そりゃあ、決まってるでしょ」
「ちょっとアンタ達!」
「どうしたんだいお嬢さん、こんな寂れた場所にたった一人で」
丸腰の男が三人。正面から突入したあたしを食い入るように見つめていた。
「友達を返してもらいにきたの、皆はどこ?」
顔はどうあれ、あたしだって売りの対象になれる。
目の前の奴等からすればあたしは格好の餌だ。
「来な、案内してやる」
ぎしぎし鳴る廊下を歩く。
前に一人、後ろに二人であたしを囲んでるつもりらしい。
「この中だ」
「何? 通してよ」
部屋に入ろうとしたら男が制した。
三人ともにやにや笑ってて気持ち悪い。
「お前で品物最後の一人だ!」
飛び掛かってくる一人にあたしは笑みを隠せなかった。
「……馬鹿ねぇ」
「ふべっ!」
「丸腰で来ると思ったわけ?」
あたしは左頬を力一杯木刀で殴り飛ばした。
「木刀!?」
「寿々一人じゃねぇぞっ!」
幸宗と健ちゃんも残りを取り押さえる。
「仲間がいたのか……!」
「アンタらの敗因は二つ」
「この子達の泣く声を聞いた人間の存在に気付かなかったことと、あたし達が肝試しでここに来たこと」
この後警察が来て、無事に事件は解決した。
「じゃあ幽霊じゃなかったの?」
「うん、捕まった子達の泣き声だった」
「そうなんだ、良かった」
恐がってた花ちゃんはほっと胸を撫で下ろした。
「でも寿々達凄いね! 人さらい捕まえちゃうなんて」
キラキラ目を輝かせて尊敬のまなざしが向けられる。
「うーん……あんまり良くなかったんだよねぇ」
「何で?」
「騒ぎを知って先生が来たら無人でも勝手に敷地に入ったこと怒られちゃって。次の日は三人そろって一日中正座」
小さい花ちゃんもこれには苦笑してた。
そんな中慌てた様子で幸宗が走ってくる。
「寿々、近所のおばさんが墓地の近くで首のない人を見たって!」
「もう無理!」
読んでくださりありがとうございます。
さて、登場人物の紹介ですね。今回はカミサマです。
うーん、彼はですねぇ……見た目は中年のおじさんが派手な格好をしてるけど実際もぐだぐだな人です。
傷つきやすいけど立ち直りも早い面倒なヤツですが、やるときはやります。
今回はこんなもんで。次回もお楽しみにー。