じゅうに。
「……困った」
布団の中であたしは一人呟く。体が鉛みたいに重くて仕方ない。
「寿々、いつまで寝てる気だい?」
部屋の外で静さんがあたしを呼んでる。
「静さーん……」
情けない声で静さんを呼ぶ。少し間があってから障子が開いた。
「どうした?」
「肩痛い……」
ズキズキとうずくように痛むあたしの肩。そのせいで体が動かないようだ。
「昨日走ったんかい?」
眉を寄せて静さんは言った。
「少しばかり」
変な三人組に追い回されたから、仕方なかったんだよ……。
静さんはどこか遠くを見ていたあたしの額を手で叩いた。
「痛い……」
「暴れるなって言ったのに聞かん罰が当たったんよ。今日は寝とり」
「はーい」
動く気にもなれず、あたしはおとなしく布団にもぐった。
眠ってたあたしの邪魔をしたのは、首筋に当たる冷たい何か。
「あら、起きました?」
瞼を上げて最初に入ってきた光景はあたしの上に跨って、雄吉さんが笑う姿だった。
あたしの首筋には彼のものであろう刀の刃が当たっていて、少しでも動けば赤い液体が噴き出す。
「……な、にかご用ですか」
冷や汗があたしの頬に流れる。雄吉さんはただ笑みを浮かべて、あたしを見ていた。
「美しい」
「は……?」
「人間の戸惑い、恐怖する顔があっしは一番好きでさぁ」
冷たい笑みがあたしを射る。あたしはこれ以上出ないくらい汗が噴き出すのがわかった。
「今日は、ずいぶん態度が違いますね」
前はあたしにすら弱々しい感じだったのに、一体何があったわけ。
「色々と……良いことがありやしてね」
ニタリと笑う顔に背筋が凍った。
「あたしを殺すの?」
「最初はその気でいたんですが……気が変わりやした」
雄吉さんがあたしから退く。それにつられるようにあたしは上半身を起こした。
「利用出来る限り、利用させてもらいやすぜ?」
「……勝手にしてください」
どうせ今までだってこの人に利用されてたんだし、前と変わらないよ。
「では、早く良くなってくだせぇ」
上辺だけのいたわり、ありがとうございます。
ニヤリと笑みを浮かべた後、ひらりと彼は走り去った。首筋にはまだ刀のひんやりした感触が残ってる。
「とうとう死ぬかと思った」
まだ生きた心地しない。
あたしの呟きは空に消える。肩の痛みなんてもうなかった。だるくもない。
「ある意味医者?」
有り得ないか。なんて一人突っ込みをいれつつ、あたしは縁側に出た。さっきの危機的状況に反して暖かな陽射し。
そろそろ、本格的にヤバイかもしれない。誰かにこのことを伝えるべきだけど……。
「誰に言うの」
ふさわしそうな人が思い浮かばない。
「寿々さん?」
「あ、先生……」
「肩の傷が開いたと聞きましたが……大丈夫ですか?」
「はい。もうすっかり」
心配かけてばっかりだな、あたし。
安心してもらいたくて、あたしは笑顔を見せる。それにも関わらず、先生は真顔であたしに近付いた。
「……先生?」
「寿々さん」
普段ずっと微笑んでる先生が、いつもと違う。
無意識のうちにあたしはジリジリと後退していた。
「どうか、しました……?」
戸惑うあたしを先生は悲しそうに見て、そっとあたしの首筋に触れた。
「ここ、誰にやられたんですか?」
「え……」
首筋から離れた先生の手には少量の……赤い血。
「うそ」
動揺して声が震える。手で触れば水のような感触が伝わる。
「や、だ……やだやだ!」
死の一文字があたしの頭に焼き付いた。それを振り払うようにあたしは取り乱した。
「寿々さん、落ち着いて……」
「いやぁっ!」
先生が伸ばした手を振り払うあたし。頭が真っ白になって何も考えられない。
「先生? どうし……っ寿々!?」
騒ぎを聞き付けて健ちゃんがやってきた。でもそれにも気付けないくらい、あたしは動揺してしまっていた。
「寿々!」
両手を振り乱すあたしを抱き込み、健ちゃんは必死にあたしを呼んでくれた。
「あたし、死ぬの……?」
泣きながら健ちゃんを見上げる。あたしの頭は霞がかってなんだかはっきりしない。
健ちゃんも困惑気味だった。
「死にませんよ」
その言葉があたしにどれだけ救われたんだろう。
「死なせたりしません。だから、落ち着いてください」
自然と体が暴れるのを止める。健ちゃんもあたしを抱く腕を緩めた。
「寿々……大丈夫か?」
不安そうな健ちゃんを最後に、あたしは意識を手放した。
まただ、また同じ。
「毎回あたし意識なくすなぁ……」
「今回はいつもと違う」
聞き慣れた声。顔を横に向けると稽古仲間がいた。
「俺がここにいる」
刀を脇に置き、柱に寄りかかる健ちゃんと視線が交わる。それだけで胸がざわざわした。
「大丈夫か?」
「うん……」
あたしの中で気持ちはだいぶ落ち着いてた。
「俺が肩を斬ったときはあんなに動揺してなかっただろ?」
「……前は健ちゃんに怒りが向いてたから、気にならなかった」
でも今回は違う。斬った本人の雄吉さんがいなくて、怒りや驚きを誰にぶつければいいかわからなくなった。
それに首は斬られたらホントに危険な場所だって、先生が言ってたから。恐くて恐くてたまらなかった。
「誰にやられた?」
核心をついた質問にあたしは唇を結んだ。
「何で黙ってんだよ。斬られたんだぞ?」
言ったらまた雄吉さんが怒って刀を持って来るかもしれない。
負けない気でいたあたしが、なんだか愚かに思えてきた。
「雄吉さん」
肩が跳ね上がる。気が付けば、先生が障子を開けてあたしと健ちゃんを見ていた。
「そうですね?」
「あ……」
否定出来るほどあたしは嘘をつくのが上手くない。二人から顔を背けて黙るのが、精一杯だった。
「本当なのか?」
「ごめんなさい……」
あたしは泣きながら謝っていた。
「馬鹿。何でお前が謝るんだよ……」
健ちゃんはあたしを慰めようと頭を撫でてくれる。溢れる涙は止まらなくて、布団に染みを作った。
「あたし、寝てて全然気付かなくて」
声が震える。
「もし気付いてたら、こんなことにならなかったかもしれない……せっかく、先生に剣術教わったのに」
申し訳なかった。今までの稽古を無駄にした気がした。
「寿々さん、傷が治ったらまた稽古しましょう」
「先生……?」
いつも通り先生は笑っていて、怒られると思ってたあたしには意外としか言えなかった。
「無防備な人を襲う人間は、自分の弱さを認めています。大丈夫、貴方は彼よりも強い」
涙を拭われ、あたしは目を大きくして先生を見つめた。
先生はただ一つ頷く。健ちゃんを見れば、同じように首を縦に振った。
「……ありがとうございます」
あたしはずいぶんな幸せ者かもしれない。こんなに優しい人達に囲まれているんだから。嬉しくて嬉しくて、あたしはまた泣いてしまった。
今回は短めの話が続いたので二話更新しました。
読んでくださった皆様、ありがとうございます。
更新出来るときにきちんといたしますのでよろしくお願いします。