じゅういち。
「これが気晴らしねぇ」
カラコロと下駄の小気味好い音が響く。あたしは藍色の浴衣を着て歩いていた。静さんの話によると、今日は町のお祭りらしい。
だからなのかわかんないけど稽古も休みになってたっけ。
「でも一人じゃつまんないや」
幸宗でも誘えば良かったかな。一瞬健ちゃんが頭によぎって慌てて首を振る。
「じゃあ俺らと回らねぇか?」
「嫌」
とは言ったものの、あたしはガラの悪そうな男三人に囲まれてしまった。
「冷てぇこと言うなよー」
「触らないでもらえます?」
自分の腕が可哀想だわ。
「そう言わずに、一緒に遊ぼうぜ? 寿々ちゃん」
「あたしの名前……」
何でこの人達が知ってんの?
眉間にシワを寄せるあたしを見ながら、男三人はニヤニヤと笑みを浮かべてる。それが雄吉さんと似たような笑い方と気付くのに、そんなに時間はかからなかった。
「アンタら、雄吉さんの知り合い?」
「へぇー、勘の鋭い女だな」
「そう。俺らは雄吉に頼まれたんだよ」
「何を?」
予想はつくけど一応聞いてみる。それが礼儀かなと思って。
「お前を殺せってな」
わかりやすい答えがちょっと残念。もう少しひねってほしかったなぁ。
でも雄吉さんの怒らせるなって、そういう意味だったわけね。
「さ、ここじゃ場所が悪い。おとなしく付いてきな」
伸びてきた手があたしに届く前に、ニッと笑って思いっきりその男の足を踏みつけてやった。
「いってぇ!」
「アンタらに捕まるくらいなら死ぬ気で逃げるっての」
舌を見せてあたしは駆け出した。
「待てっ!」
「お前ら絶対逃がすなよ!」
足を踏まれた男はうずくまって走れないご様子。大声で指示を出しながら、お祭に来てる人から邪魔扱いされてた。
「二人なら何とかなるかな」
人通りの少ないところまで逃げたあたしは右足を軸にして半回転。
男二人に向きあい、持ってた小太刀を手にしたその瞬間。
「こっち」
「へっ……?」
誰かに手を捕まれた。
予想外だったあたしは簡単に体が動いて路地裏に連れ込まれた。
「ちょっ、誰……」
「静かに」
声は男のものだった。でも路地裏が暗がりのせいもあって、顔がよく見えない。
とりあえずさっきの奴等から逃げられるようにおとなしくしておく。
「いたか?」
「こっちにはいねぇ!」
「くそっ、行くぞ!」
あたしが見つからないことに苛立っているのか、男二人は足早に去っていった。
「ずいぶん妙な輩達と知り合いなんだね」
「……あ」
見知った顔が太陽でようやく見えた。
「こんにちは」
何もなかったかのように先生の元教え子である加地さんは手をひらひらと振ってた。
「追われてたみたいだね」
「……あれですよ、鬼ごっこです」
なんとなくバレたら面倒な気がして誤魔化してみたけど。
「それなら小太刀は必要ないでしょう?」
ごもっともです。あたしは小さくため息を吐いて追われたことを肯定した。
「本来ならああいう連中は捕まえるべきなんだろうけど……」
「けど?」
「黒幕を引き出したいんだ」
困ったような表情で笑う彼は話を続ける。
「最近黒幕の手足になって動く連中がかなり増えてる。はっきり言えば、雄吉も似たようなもんだ」
「……雄吉さんの仕事を手伝ってる先生もいずれ捕まるんですか」
個人的ですがそれは絶対止めたいんですけど。
「心配ない。先生は雇われ侍を片付けた後ちゃんと警察に差し出してる。それなりに功績があるから大丈夫だよ」
「そうですか」
良かった。ほっとしてたら加地さんがあたしの顔を見ててちょっと慌てる。
「追われたことに心当たりは?」
はっきり言えばある。雄吉さんに頼まれたって言ってたし。
「あるの?」
「……わかりません」
そう答えるのが精一杯だった。
雄吉さんのことを言うのは正直構わない。でも一応は先生の友人らしいし、まだ何かを言うべきではない気がした。
「わかった。また何かあったら遠慮なく言って」
「ありがとうございました」
「いえいえ、これが仕事ですから」
そう言って加地さんは去っていった。
ちょっとマズイことになってきたかな。
そう思ってため息を吐いた瞬間。
「寿々」
背後からあたしを呼ぶ声がして体がビクッと跳ねる。
聞き覚えのある昨日怒鳴ってしまった相手の声。
「……っ」
会わす顔がない。一方的に怒鳴ったあたしには、後ろにいる健ちゃんを直視することが出来なかった。
「逃げないで聞いて」
しっかり手首を捕まれて、逃げることは不可能。触れられた手首が妙に熱い。
「何よ……」
謝りたい気持ちがあるのに、あたしは苛ついたような声が出てしまった。
「昨夜はごめん」
健ちゃんのしおらしい声に、はっと逃げる気が消えた。
「まだあの人のこと完全に信頼はしてなくて、いずれ殺されるんじゃないかと思ってた」
悲しくなった。健ちゃんが不安だったことも、まだ先生をあの人って呼んだことも。
「でも寿々がそれだけあの人を信じてるなら、俺も信じる……先生を」
予想外の言葉にあたしは顔だけ健ちゃんを振り返る。
「何で急にこっち向くんだよ……!」
そう言って慌てる健ちゃんは、耳たぶまで真っ赤だった。
「今先生って言ったよね」
「……別に」
「ありがと、凄い嬉しい」
ぶっきらぼうに返されても、あたしの頬が緩むのは止まらなかった。
「おや、仲直りしたようだね」
帰ったあたしと健ちゃんを出迎えてくれた静さんは一瞬目を丸くしてニヤリと笑った。
「うん、解決解決!」
あたしは笑顔で静さんにピースした。
「そんなに浮かれてんなら夕飯手伝いな」
「……はーい」
嬉しかった気持ちが一気に元の生活に戻った瞬間だった。
タイミングが良すぎるっていうか、静さんには敵わないっていうか……。
「寿々」
「何?」
「色々、ありがとな」
頭をかきながら、照れ臭そうに健ちゃんは言った。
ちょっとときめいた自分にびっくりした。
「夕飯の手伝い変わってくれる?」
「嫌だ」
即答ですか。考える時間無しって酷くないか?
「健ちゃんのケチ!」
「なっ!」
「何でも良いから早く手伝いな!」
「はいっ!」
「すみません」
静さんには一生勝てない気がした。
結局あたしは健ちゃんも強引に巻き込んで夕飯の手伝いを開始。
「へぇー、健ちゃん意外と器用だね」
「……お前が無器用過ぎなだけじゃないか?」
黙って大根のかつら剥きをしていた健ちゃんは包丁を置き、手にあたしが切ったキュウリが上手い具合いに繋がってぶら下げていた。
「キュウリくらい切れるようになれよ」
「……うるさい」
こんな幸せは束の間だけど、その時間だけあたしは雄吉さんの言葉を忘れてたんだ。