選択お題『黒猫』〜オーサムコーラル国物語3〜
鬼のいぬ間に、ってワケじゃないんだけどネ。
*
世界でもっとも栄えるクルト王国より南に、暑い暑い死の砂漠を抜け、さらに、天にもとどろくけわしい山々をこえた先には、深い森がある。
その方角すらも狂わせる迷いの森のどこかに、竜や精霊、獣人、人間など様々な人達が仲良く暮らす、オーサムコーラルという国があります。
この物語は、そんなオーサムコーラルの迷いの森に暮らす双子の魔法使い、アーネリーフとローズリーフのお話です。
《オーサムコーラル国物語》
第三部・黒猫
今日も今日とて、北の魔法使いの弟子、マナローズは、魔法の修行にいそしんでいた。
北の魔法使い・ルーデンベルクは、特に薬草にかけては、右に出るものはいないとされるほどの凄腕であったが、そのぐうたらな性格ゆえか、弟子は、姪であるマナローズしかいなかった。
そのため、互いに競い合い、教えあい、さらに師匠の面倒を見る兄弟弟子がいないので、マナローズの毎日は忙しくも退屈であった。
「マナ、暇なら薬草園の手入れを手伝ってくれんか?」
「いやです。あいにくと、私、とっても忙しいの」
きっぱりと言い切ったマナローズに疑いの目を向けながら、ルーデンベルクは、腰とトントンとたたいた。
「まだ、おととい渡された無駄にゴツイ魔法書を読破してない………あら?」
わざとらしく、本のページをめくるも、視界の端に入ってきて、確実にこちらに向かってきている黒猫にマナローズは、目線を動かした。
「にゃぁん」
黒猫は、軽やかな足取りで、マナローズのいる部屋の窓に登り、尻尾を揺らしながら、ひと鳴きした。
「あら、なつっこい子ね。かわいい」
マナローズは、手を伸ばし、黒猫をなでた。
黒猫は、再びにゃぁと鳴き、マナローズの手に擦り寄ってきた。
「まぁ。お前、橙色の目をしているのね。きらきら光って、夕日みたい」
黒猫は、言葉が分かるのか、嬉しそうにマナローズの手をなめた。
「ふふっ。かわいい」
「マナ。頼むから、手伝ってくれ。これも修業のうち………ん?」
同じ姿勢を長時間続けて疲れたのか、体をパキパキならしながら、ルーデンベルクは言った。
「その猫は……」
ルーデンベルクが、黒猫を凝視して言うと、マナローズは、顔を上げ、すかさず反応した。
「師匠、知ってるんですか?」
ルーデンベルクは、あごに手をおき、うーむ、と、うなった。
「いや……まさか、その黒猫……」
「あ……っ」
ルーデンベルクが、考え込んでいると、黒猫は、マナローズの手からするりと逃れ、素早くルーデンベルク宅から走り去った。
「逃げちゃったじゃないですか!師匠のぬらりひょん!」
マナローズは、名残惜しそうに、黒猫が走っていった方を見ながら、言った。
「ぬ……っ!?マナ!師匠に向かって何て事を!」
「あら、ぴったりじゃありませんか。得体の知れない所なんて、そっくり!」
ルーデンベルクが、大人気なく、文句を叫ぶのを無視して、マナローズは、つん、と顔を背けた。
「こら!マナ!訂正しなさいっ」
空には、鳥が数羽飛んでいる。
マナローズは、肘をつき、ため息をつきつつ、空を見上げた。
「あー、退屈」
ルーデンベルクが、じゃあ、薬草の手入れを手伝え、と叫ぶ声を聞き流しながら。
「せいがでるな、ルーデンベルク」
と、その時、水竜ミアトルが、友人の地竜オロフィンを連れて、やって来た。
「出したくはないが、やらねば貴重な薬草が、枯れてしまうからね」
苦笑するルーデンベルク。
聞いているのか、聞いていないのか、あたりをキョロキョロと見回しながら、つぶやいた。
「……さっきまで、ここに、何か、いたのか?」
「ん?」
ルーデンベルクは、オロフィンの方に視線をやって、考えた。
「……さっきまで、黒猫がいたが」
「黒猫?」
ミアトルが、聞き返すと、ルーデンベルクは、あぁ、と答えた。
「マナが、相手をしていた。すぐに、立ち去ったが……。そう言えば、どこかで見たような……」
ルーデンベルクは、うーむ、と腕をくむ。
そこへ、さっきまで、家の中にいたマナローズが、三人に駆け寄って言った。
「あの猫が、どうかしたの?なっつこくて、珍しい橙色の目をしてたわ。かわいかったわよ」
誰かさんのせいで、いなくなったけどね、と、ジト目で師匠を見る、マナローズ。
「橙色?」
マナローズの視線を無視しつつ、ルーデンベルクは、言った。
「──まさか」
意味深な言葉をうけ、ミアトルの顔色が、さぁっ、と、かわる。
「やはり、知り合いか」
ルーデンベルクの言葉をうけて、ミアトルは、ぼんやりしているオロフィンの首根っこをつかんで、移動魔法陣をすかさずしいた。
「急ぐぞ!オロフィン!」
「………」
アーリィが危ない、と、捨てぜりふをはいて、竜二人は、あっと言う間にきえてしまった。
「何だったのかしら?」
「さてな。ところで、マナ──」
呆れた様子で竜がいた場所を眺めていたマナローズだが、ルーデンベルクの声を聞いて、くるりと向きをかえた。
「いやです」
スタスタと、家に戻って行く、マナローズ。
ルーデンベルクは、はぁっ、と、ため息をついた。
「薬草のとりあつかいも、優秀な魔法使いの条件だぞ………」
*
「アーリィ、クスラおばさんから、パンを貰ったんだけど……」
ローズリーフは、パンの詰まったカゴをさげて、洗濯物を干す、アーネリーフに話しかけた。
しかし、話しかけられた当の本人はそれに、きづいていない。
ローズリーフは、不審に思い、アーネリーフに近づいた。
「何、それ」
アーネリーフの足元にいる物体を見た途端、顔を歪めた。
「あら、ローリィ。おかえり。かわいいでしょ、この猫」
アーネリーフは、黒猫をなでながら、笑った。
一方、ローズリーフは、嫌そうな顔で、猫を覗き込んだ。
「僕は、猫は嫌いだ。犬派だよ。猫と違って忠実な生き物だ。………ん?」
ローズリーフは、アーネリーフの腕から、黒猫をとりあげ、じっと目を凝視した。
「ねぇ、この猫の目の色………」
アーネリーフは、弟の近くにより、言った。
「珍しいでしょ。橙色の目なの」
「“なの”って………。ねぇ、もしかして、この猫―――」
「アーネリーフ!!」
ローズリーフが、言いかけた時、背後で突然大声がした。
「まあ。ミアにフィン。どうしたの、そんなにあわてて」
のんびり言うアーネリーフに、移転魔法で現れたミアトルは、叫んだ。
「アーリィ!その猫から離れるんだ!」
「どうして?可愛い黒猫よ」
首をかしげるアーネリーフに、オロフィンは、言った。
「………違う」
「え?」
不思議そうな顔をする姉に、ローズリーフは、あきれた声をだした。
「ただの猫じゃない。―――竜だよ」
「ええ!?」
驚くアーネリーフ。
ローズリーフは、ため息をついて、言った。
「普通に考えて、橙の目なんて、奇怪な色を持つ猫なんて、いると思う?
どう、ひいき目に見ても、火竜だよ」
そうでしょ?、と、黒猫を見る、ローズリーフ。
すると、まだ幼い少年の声がした。
「あーあ。ばれちゃった。つなんないのー」
黒猫は、するりとローズリーフの腕から出ると、ぽう、と赤い光を発した。
「はじめまして、アーネリーフ。ボクは、アリューファ。アルって呼んで?」
にこり、と笑ってアーネリーフの手をとるのは、まだ、12・3歳の少年。
アーネリーフやローズリーフの目の色と同じ、深紅の髪と、くるりと輝く、橙色の瞳の。
「………ええ?」
「アーネリーフ」
まだよく分かっていない、アーネリーフの肩を、ぽん、とたたくオロフィン。
「こ、こら、オロフィン!!………にアリューファ!」
あわてて、アーネリーフに近づくミアトル。
そんな、いつものこうけいを目にしたローズリーフは、ほう、っとため息をついた。
「ばからし」
ローズリーフは、カゴから、好物のぶどうパンをとりだすと、がぶりと、口にほうばった。
ちなみに、双子の魔法使いの家にやってきては、ミアトルをアーネリーフのことで、からかう、少年火竜のアリューファの姿が、たびたび見られるようになるのは、また、後の話。
おしまい。
二部から、何ヶ月ぶりかしら。
どうぞ、次回作も見捨てず、まってください。