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図書室シリーズ

図書室一味のもみじ狩り

本作と合わせて、拙作『図書室一味の日常風景』、『図書室一味の仁義なきしりとり』の二作をお読みいただくと、よりお楽しみいただけるやもしれません。

 ある日の放課後。

 いつもの様に俺、天野義樹(あまのよしき)ほか四名が適当にくっちゃべってたりお菓子を食べたりしていたら、いつもの様に唐突に、

「みんなでお花見に行こう!」

 図書室の主である凪音(なぎね)が立ち上がり、いつもの様に何か変なことを言い出した。

「もう秋だろう」

 彼女の隣に座っていた俺は即座にツッコミ。

「でもでも、なんかこう、外出イベントとか起きたほうが楽しいと思うんだけど」

「外出イベント……ってゲームじゃあるまいし」

「でも、凪音の言うとおりじゃない?」

 そこで珍しく口を挟んできたのは佳央里(かおり)

 大抵はこういう時の凪音の凪音的発言は苦笑いでスルーするのが佳央里のスタンスなのだが……

「佳央里……ついにお前の頭も凪音ウィルスに汚染されて――」

「凪音ウィルスって何よ!? ってか可哀想なものを見る目でこっちを見るな! ……私はただ、このメンバーでどこかに遊びに行くのもいいかなって素直に思っただけよ」

「でしょでしょ、だからお花見とかどうかなって」

「今の時期じゃ花なんか咲いてないだろ」

「コスモスでお花見という手もありますよ。どこかコスモスのきれいな公園へ行くというのも……」

 ここでアイディアを出してきたのは座って紅茶を飲んでいた悠美先輩。

「なるほど、さすがは悠美(ゆうみ)先輩」

 ぽやっとしていながらここぞという所でナイスアイディア。さすがは先輩だ……と関心していたら、

「でも、十一月はさすがにコスモスは厳しくないですか?」

 横から佳央里のツッコミが入った。

「そうなのか?」

「ええ。コスモスは基本的に九月が見ごろだし……そろそろ時期的に苦しいと思うんですが」

「あう……でも、なぎちゃんはお花見って言ってますし……コスモス見たいですし」

 あ、先輩が珍しく自己主張してる。

「んー……でも……」

 そこで全員考えこみムードに。

 何かいいアイディアはないものかと皆が唸っていると、

「……紅葉狩りとか、どう?」

 ぴ、とどこからか取り出したもみじ饅頭を掲げながら、今まで無言だった瑞奈(みずな)が一言。

「おお」

 俺と佳央里が同時にポンと手を打った。

「紅葉狩りってのはいいアイディアかもな」

「確かに、今は結構見頃だし……ってそもそも何でそんな普通のアイディアが浮かんでこなかったのかしら」

「……凪音ウィルス?」

「佳央里、やっぱお前もうとっくに汚染されて――」

「んなわけないわよ!」

 まぁ、佳央里も時期的にどう考えてもおかしい『お花見』というワードに引っ張られてたのは事実なのだが、それは言わないでおこう。

「んじゃあ、このメンツで紅葉狩りに行きたい人ー!」

 凪音が 元気よく手を挙げ、そう呼びかけると、それぞれのペースでバラバラと四人の手が上がり……って、四人?

「先輩?」

 見れば、悠美先輩は珍しく不満そうな顔をして「コスモス……」とぼやいていた。

 あ、まだこだわってたのか、コスモス……

「先輩、コスモスも綺麗ですけど紅葉も綺麗ですよ?」

「……じゃあ義樹くん、今度一緒にコスモス見に連れて行ってくれます?」

「ブッ!?」

 先輩のあまりに天然で危険な言動に鼻血を噴きかけた。

「ダメ……ですか?」

 潤んだ目のまま上目遣いでこっちを覗き込む悠美先輩。

 わかってるんだ。この人は俺に対してそういう感情を抱いてるわけじゃないし、悪気もない。

 ただ単に、言葉選びと仕草がとんでもなく間が悪いだけなんだ。

「ええ、まあ……じゃあ、紅葉狩りが終わったら、みんなでコスモス園にでも一緒に行きましょうか」

 ありったけの理性を動員し、あえて自分に言い聞かせるかのように

「やったっ 約束ですよ、義樹くん!」

 この笑顔は健全な青少年には辛すぎます神様……

 佳央里は全部解ってるみたいにニヤニヤしながらこっち見てるし……

 そんな中で瑞奈は平然ともみじ饅頭をほおばっていた。

「では、図書室メンバーで紅葉狩りにレッツゴー!!」

 とまぁ、こんな経緯で俺たち『いつもの五人』は、日曜日に少し遠出して紅葉狩りへと出かけることとなったのであった。


    *


 学校の最寄駅から、電車を乗り継いで三〇分。

 俺たちは県内でも有数の紅葉の名所を抱える那津野公園にやってきた。

 駅から徒歩十五分。公園の一角にあるもみじ並木に到着するやいなや、

「秋だ! もみじだ! 紅葉だぁーっ!」

 凪音が無意味に叫んでいた。

「アホだな……」

「アホね……」

 その姿に俺と佳央里は同時にため息。先輩は、なぎちゃんらしいですよね、と可愛らしく笑う。

「……でも、本当に綺麗な並木。こんなに鮮やかな紅葉吹雪を見たのは何年ぶりでしょうか」

 そう言って先輩は並木の中をゆっくり歩き出し、すっともみじの中へ手を伸ばす。

 自分が舞い散るもみじの中にいることを、確かめるように。

 先輩の姿を追うように並木を見渡せば、風が吹く旅にもみじの葉が宙に浮き、踊るように鮮やかな紅が舞う光景に思わず目を奪われる。

 降りそそぐ紅は、地に落ちてもなお色を失わず。風が吹けば再び宙に舞い踊る。

 それは、確かに先輩の言うとおりに『紅葉吹雪』と形容するに相応しい光景。

 その中で、もみじと共に風に吹かれ、黒髪をなびかせて佇む先輩の姿は、とても――とても、美しくて。

「先輩――」

 そして俺は理解する。俺の心をどうしようもなく揺さぶりかける、この感情こそが――

「……そんな事より、ごはん食べたい」

 ――非常に無粋というか憎らしいというか怨めしいというか、ぶっちゃけ殴っていいっすかね、この食欲魔人。

「人が珍しく感傷に浸ってる時にお前というやつは……」

「……花より団子。これは古来より伝わる世の真理」

 よだれ垂らしながらバック抱えて何言ってやがりますかねこの無表情娘は。

「あはは……まあまあ、義樹くん。紅葉はごはんを食べながらでも見れますし」

「まあそうですけど……」

 なんかこう、どうしようもないこの感情の行き場をどこに求めればいいのだろうか。

「あれ、よしきんなんか不機嫌?」

「何でもない……」

 はぁ、とため息を一つついて、

 ……仕方ない。

「じゃあごはん食べられる場所に行きましょうか」

 そう諦めて、あらかじめ調べてあった場所へ行くことにした。


    *


「よし、ここでいいだろ」

 そう言って俺は、見晴らしのいい芝生の上に持ってきたビニールシートを広げる。

 家族連れの先客は一定数居たものの、十分な場所は残っており、良好な場所を確保することができた。

「うん、いいんじゃない? ここからだと並木だけじゃなくて山の方の紅葉もバッチリ見られるし」

「はい。いい場所だと思いますよ。義樹くん」

 皆で靴を脱いでシートに上がり、全員が揃った事を瑞奈が確認すると、

「……では、取りいだしたるは、安心と信頼の瑞奈ちゃんブランド」

 そう言って瑞奈は、おもむろに手に持っていた大きめのバックから――重箱を取り出した。

 近年はもっぱらおせち用に使われる、あの重箱である。

 プラスチック製の三段重ねの重箱。何か特別なお弁当イベントがあると、こうやって瑞奈はこの重箱で超豪華なお弁当を持ってくるのである。

「おお、体育祭ぶりのみずちのマジ弁当……ねね、中見ていい?」

「……ん。度肝を抜かすがいい」

 急かす凪音に、妙に大仰な言い方をして、瑞奈が蓋を開けた、そこには――

「わぁー!」

 一段目に詰められていたのは、ポテトサラダや玉子焼き、ロールキャベツに唐揚げなど、お弁当でお馴染みの洋風のおかず。

 そして続けて開かれた二段目には焼き魚や煮物、おひたしを始めとした和風ラインナップが。

 そして最後の三段目には、ぎっしりと栗ご飯が詰まっていた。

「……バッチリ五人分」

「すげぇ……」

 ぱっと見ただけでもおかずの種類も結構なもので、その上冷凍モノはほとんど見当たらない。

 かかった手間は尋常でないはずだ。

 よくもまぁここまでできるもんだ……

「すごいねすごいね! わーこのウィンナー、ライオン!?」

 横では凪音が目をキラキラさせてテンション高めに中身を覗き込み、

「相変わらずというか……瑞奈ちゃん、凄いこだわりですねー」

 悠美先輩は感心しきりといった様子で中身を一つ一つじっくり見分していた。

 それを見ながら、佳央里は瑞奈に向かい、呆れた声で、

「相変わらずあんたも無茶するわね……どんだけ時間かけてんのよ」

「……昨日の午後からずっと準備してた」

「なんつー執念……」

「……ふふん」

 無表情のまま、瑞奈の纏うオーラがなんとなく『恐れいったか愚民ども』とでも言いたげなものに変わる。

 うん、まあここまでやられたら。ぐうの音も出ないよな。

 というかすっごく美味しそうです。

 ……さっき心の中で文句言ってごめんなさい。

 食べ物を前に俺はあっさり懐柔されていた。単純である。

 そうして一通りみんな満足するまで見終わると、

「……では、みなさんお手を合わせて」

 瑞奈はそう言いながら手際良く皆に割箸と紙皿を渡し、手を合わせる。

 全員の手が合わさるのを見て、

「いただきます」

 と全員で声を合わせ、食べ始めた。


    *


 お弁当はその見た目に違わず、とても素晴らしい出来だった。

 洋風の一段目は子供が喜びそうなオーソドックスな味付けであるが、基本を外さない堅実な作り。案の定というか凪音ホイホイと化した。

 和風弁当は、まさに由緒正しき幕の内弁当といった風で、お店で売られていても違和感のない味わい。薄めだがメリハリの効いた味付けで、地味に悠美先輩が張り付いて離れなくなった。

 俺と佳央里は特に好き嫌いもないのでバランスよく食べてそれぞれを適度に満喫。

俺の場合、強いて言わせてもらうなら、

「栗ご飯うめぇ……」

 小学校の頃ばあちゃん家で食べた栗ご飯を思い出してちょっとノスタルジー。

 直球で、秋だなぁ、と感じられる味で、紅葉を見ながら食べるにはなかなかいいチョイスである。

 そんな感じに皆がそれぞれお弁当に夢中な中で、ふと佳央里が凪音に話しかける。

「そういや、凪音。今日は何かするの?」

「ん? 何かって?」

「せっかくの紅葉狩りだし、どうせまたなにか変なことやらかそうって企んでるんでしょ」

「しっけーな。私にだって、たまにはのんびり自然を楽しみたい日だってあるんだよ」

「へぇ意外。『紅葉狩り』って虫取り網でもみじの葉を集め回るぐらいのことはやりそうだと思ったのに」

「ぶっ!? ゲホッゲホッ!」

 それを聞いた瞬間、不覚にも俺は思わずむせてしまった。

「え、何!? どうしたの? 義樹」

「わ、よしきん大丈夫?」

「あらあら。義樹くん、ティッシュ要ります?」

「ええ、すみません……。何と言うか今の言葉で若干アレな過去をひとつ思い出してしまって」

「アレな過去……ってなんかあったっけ?」

「覚えてないか? 凪音。小四の時、もみじ『を』狩ったこと」

 それを聞いて凪音は、一度は首をかしげるが、すぐに思い当たったのか、

「あ、あー! ……うん、そんな事もあったねぇ……」

 懐かしそうに、少し苦笑いする。

「何? 昔、本当にそんな事やってたの?」

「うん、まぁ若さゆえの過ちってやつだよ」

 佳央里の問いに、それとなくぼかして凪音が答える。

「?」

「本当に若さ故だよな……あんな派手なこと、今じゃ絶対できないな。する気もないが」

 俺も当時を回想し、しみじみ思う。若さゆえの過ちという言葉が似合う過去は結構たんまりあるが(主に凪音のせいで)、これもその内の一つだったりする。

当時は俺もバカだった……

「何よ二人だけ思わせぶりな……私にも聞かせなさいよ。気になるじゃない」

「私も聞きたいです。義樹くん、昔に何があったんです?」

「……以下同文」

 佳央里だけでなく、悠美先輩や瑞奈も興味津々な様子。

「そうですね……じゃあせっかくだから話してしまいましょうか」

 そういうと、当時のことを思い返し……整理しながら言葉を選んでいく。

「小学校四年生の時ですね。俺と凪音は近所の公園にもみじ狩りに行ったんです」

「へぇ……仲よかったのね」

「まあ幼馴染だしな。……で、公園に着くなり凪音はこう言いました『――もみじ狩りをしよう!』と」

 その時のことは今でもハッキリ思い出せる。

 たびたび飛び出す、凪音の突拍子もない思いつき発言の一つ。

 今からすればデタラメでメチャクチャだったけど、子供の頃の俺にとっては、そのデタラメさが本当に面白くて。

 そして、憧れだった。

 一緒にいれば、毎日が楽しくて――

「でも、小学校の頃だったから、二人ともまだ紅葉狩りの意味をちゃんと解ってなかったんですよね」

 『汚職事件』を『お食事券』と勘違いするとか、『台風一過』を『台風一家』と思い込むとか……まあ、そんな類の勘違い。

 この場合は、馬鹿正直に『紅葉狩り』の『狩り』を文字通りに解釈した結果――

「その結果、さっき佳央里が言ったとおり、虫取り網や高枝切りバサミをこっそり持ちだしたりして……近所の公園のもみじの葉を全部刈り取りました」

「「「ええええええ……」」」

 凪音はあーそんなことあったなぁ、と言いたげな遠い目。

 他の三人は、んな無茶苦茶な……と言わんばかりの表情。

 うん、まぁ我ながら小学校の頃は本当に無茶苦茶だった。

凪音の行き当たり玉砕に全くリミッターが掛かってない状態だったし。

 それに遅れずに付いて行けてしまっていた俺も俺だが。

「どれくらいだったかな? ……確か、一日かけて一本丸裸にしたんだっけ?」

 話を聞いて思い出してきたのか、凪音も話し始める。

「小さい児童公園で、丁度マンションの死角になっててあんまり人が来ない地味な公園だったから、全部取るまで大人にバレなかったんだよな」

「そうそう。それで、ゴミ袋五袋ぐらいもみじの葉を溜め込んで……」

「凪音が飽きてやめたんだよな」

「うん。もみじを木から叩き落すのは楽しかったけど、その後に葉を集めるのが面倒になって止めたんだよね」

「結局、その後町内でちょっとした事件になって、最終的にこってり絞られたな」

「あはははっ。そだねー懐かしいなぁ」

「何と言うか、あんたらの子供時代って変な方向に壮絶ね……」

「なぎちゃんらしいというか……」

「……さすがなぎぃ」

「よせやい。照れるよー」

「誰も褒めてねぇよ」

 ……思い返せば、あの頃に比べれば今の凪音はだいぶん大人しくなったな。

 俺が一緒になって暴走しなくなったし、俺が止めれば一応止まるようになったし。

 ……こう見えても、進歩しているんだな。こいつも。

 なんとなくそう思うと、いつもとその横顔が違って見えるような――

「でも、そんな話してたらもっぺんやりたくなってきたなー『もみじ狩り』」

 ――気もしたがそんな事はなかった。

 やっぱり凪音は、今でも凪音のままなのだ。

 残念なような、ほっとしたような。

 そんな妙な気分になりながら、俺は再び栗ご飯に箸を伸ばした。


    *


 瑞奈謹製の豪華弁当を食べ終え、片付けた後は再び並木道の散策に戻る。

 綺麗に整備された並木道に、等間隔に植えられた木々が綺麗に色づいている。

「わぁー」

「桜並木もいいですけど、イチョウ並木もいいですよね」

「あっちはもみじか」

 イチョウ並木、もみじ並木……綺麗に植えられた並木から絶えず色づいた葉が宙に舞う光景は、やはり風流なものだと思う。

 皆もそれぞれのペースでのんびり歩きながら、この光景を満喫しているようだった。

「ね、もみじの葉って、桜酒みたいに食べられないかな?」

「んーそうですね、何かあったような気もするんですが……」

「……もみじの天ぷら」

「ああ、それです。もみじの天ぷら。確かどこかの紅葉の名所では、名物として売られていたと思いますよ」

「へぇー天ぷらかぁ……ねぇ、みずちー。これ持って帰って揚げれない?」

「……ん、ちょっと待って」

 そう言って瑞奈は懐から携帯を取り出し、しばし操作をした後、

「……大丈夫。レシピあったし、落ちてきたばっかりの綺麗なのなら、多分いける」

「よっし、集めて食べよう!」

 光景を……満喫……

 ……うん。俺、もうツッコまない。

 何かバタバタともみじ並木の下で若干二名がもみじ集めを始めたけど俺はもうツッコまないぞ。

「義樹、これからなにか予定あるの?」

「ん、予定って?」

「一応下調べはしてきたんでしょ? スケジュールか何か持ってるかと思ってさ」

「ん、ああ。一応――」

 そう言いながら、時間をチェック。

「そろそろ秋のハイキングコースを通って、展望台に行こうかと思ってはいたが……」

 そう言って食欲の権化たちを見やる。

 バタバタと、それはもう楽しそうに駆け回っている。犬かアイツら。

 先輩は楽しそうに横でニコニコ眺めてるし……

「……どうしたもんかね」

「せっかく来たんだし、私は行ってみたいな、展望台」

「……オーケー解った」

 その一言に背を押されるように、俺は三人に届くように声を上げる。

「みんな、ちょっとあっちに行かないか?」

 そう言って、近くにあったハイキングコースへの案内板を指さす。

 その呼びかけに、凪音はきょとんとしながら、

「あっち? 何かあるの?」

「ちょっと歩くけど、こっちのハイキングコースから展望台に行けるんだ。そこからの眺めも結構いいらしくってな」

「おおー 事前にチェックしてたんだ。凄いねよっしー!」

 言いだしっぺの頭の中は予想通りスッカラカンだった。

 ……解ってたからもう今更ツッコまないが。

 こいつは下調べなしで行き当たりばったりの果てに遭難するも自力で生還して『楽しかった』とか言うタイプだからな。

「いいですね、展望台。行きましょう」

 まず先輩がこの提案に乗ってくれた。

「じゃ、行こっか。もみじはまだ帰りに集められるし」

「……ん」

 もみじ集めに奔走していた二人も同意。

 ……というか両手もみじでいっぱいじゃねーかまだ集める気か。

 と、心のなかでツッコミつつ、

「よし、じゃあ行こう」

「おー!」

 俺たちは展望台に向かって歩き始めた。


    *


 ハイキングコースに入っても、紅葉は途切れない。

 むしろ、画一的に整備された並木よりも様々な木々が多種多様な色づき方をしているので、より鮮やかな彩りを楽しめる場所もある。

 多少坂道ではあるが、山道というほどのものではなく、一応舗装もされているので歩きやすい。

 ふと、目の前を歩いていた凪音が、宙を舞っていたもみじの一葉を掴みとると、その葉柄(ようへい)を摘まんで、

「ねね、そう言えば知ってる? もみじの下には死体が埋まってて……」

「その死体の血を吸って葉は真っ赤に染まる……って春のお花見の時にも聞いたわよそれ!」

「なんかあの話を聞いてから、色付きの植物の下には皆死体が埋まってんじゃないかと思うようになってさー」

「桜だけでもとんでもないのに、もみじの下まで死体が埋まってたらどんだけバイオレンスなのよ」

 冷静にツッコむ佳央里だが、その言葉を聞いて悠美先輩は、

「名所というだけで、五百から千本単位ですよね。それがもみじと桜合わせて……」

 真面目に計算し始めた先輩の言葉を聞いて、ちょっと想像してみる。

 桜の名所だけで千箇所は下らない。

 もみじも似たようなものとざっくり計算してみると、

「一億から二億本か」

「……日本全国、死体祭り?」

「っていうか普通に日本の人口オーバーしてるじゃない。さすがにそれだけの桜や紅葉を支えるほどの殺人事件がどんちゃか起きてたらおかしいわよ」

 またも佳央里の冷静なツッコミ。うん、まあそうなるわな。

「オカルトなんて、真面目に考え始めたら所詮こんなもの――」

 そこで遮る声が入る。

「いえ、でも人類史が始まって以来、着々と埋めてきたと考えると……」

 悠美先輩が、大真面目に何か検討を始めていた。

「はい?」

「ですから、ひとつの個体が紅く染まるのに必要な人間はモミジの木の生涯に一人だけと仮定すれば、戦乱などで死んできた人たちの人数を足していけば、もしかしたら条件を満たしているかも……」

「怖いですよ! なに真面目にシミュレート始めてんですか先輩!」

「いえ、ひょっとして血を吸って紅葉するようになった個体が、何らかの方法で獲得形質を遺伝させる術を手に入れ、DNAの内に人間の血の紅が組み込まれたのだとすると――」

 先輩はすでに俺たちの方を見ておらず、ぶつぶつと猛烈な勢いで思考を回転させ始めたようだった。

「ストップ! 先輩、ストーップ!!」

 ……この後しばらく、悠美先輩のオカルト考察講座(独り言)が続いたのであった。

 あ、ちなみに紅葉は葉の内部で起こる化学反応によるもので、血の赤とは何ら関係ございません。念のため。



 そんな会話もしながら歩いて数分。

 俺たちは山の中腹にある展望台にたどり着いた。

「わぁ……」

 展望台からは向かいの山が一望できる

 そこでも色とりどりに葉が色付いていた。

 もみじやかえでの紅だけでなく、イチョウを始めとした黄葉や落葉しない常緑樹の緑も程よく散らされた景色は、まさに秋という季節に彩られたキャンバスだ。

「きれーだねぇ」

「……なかなかの見栄え」

 さすがの食欲コンビも今は大人しく風景に見とれている。

 俺も展望台の柵に寄りかかり、ぐるっと見渡していると、

「高いですねぇ」

 ふと、隣に居た先輩がそう言った。

「ですねぇ」

 とりあえず相槌を打っておく。

 ……確かに、結構な高さだ。

 見える風景も高所特有のものだし、迫り出した地形に建てられた展望台で、柵から見下ろすと直接的に高さを実感することができる。

 先輩は遠くを見渡さず、柵から下を見下ろして、

「これだけ高いと……何だか飛び降りたくなりません?」

 いきなり何だかとんでもないことを口走られた。

「なりませんよ!? というかそういう危険な思考は止めて下さい……」

「そうですか? でも、吸い込まれそうな気がするんですよね。こう、ふわーっと」

「落ちたら死にますって!」

 その言葉に、んーと先輩は一瞬考えるように動作を止め、

「……どうして、人間は死ぬんでしょうね?」

「いきなりそんな根源的な問いをされても……」

 ……なんというか先輩は相変わらずだなぁ。

 そんな妙な会話をしていたら、

「ね、ね。ここってやまびこが返って来そうじゃない?」

 凪音が向かいにある山を指さして結構興奮気味にそう言い始めた。

「せっかくだからさ、皆で叫んでみようよ」

 凪音にしてはまだ割とまともな提案。この程度なら乗るのもやぶさかではない。

「ん、せっかくだしやってくか」

 丁度周囲に観光客も居ないし、迷惑にもならんだろう。

「そうね、ストレス解消になりそうだし」

 佳央里も同意。先輩と瑞奈も頷いて返す。

「じゃあ言いだしっぺの私から――」

 凪音はそう言ってすぅ、と息を吸い込み、山に向かって、


「うみのバッキャロー!!」


 ャロー……ロー……

「「いやここ山だからっ!?」」

 俺と佳央里のツッコミが見事にハモった。

「え、叫ぶんならやっぱ『バッキャロー!!』じゃない? バッキャローといえば海でしょ」

 全く意味不明の凪音論理だった。

 一体お前のどこでそんな奇っ怪な等号式が成立したんだ。

「無難にヤッホーでいいんじゃないの」

 返す佳央里は至極真っ当な反論。

「えー、つまんない……」

「何でそこで抵抗するのよあんたは……ま、いいや。次私ね」

 そう言って佳央里は息を吸い込むと、


「やっほー!」


 ほー、と無難なやまびこが返って来る。

「無難だな」

「無難だねぇ」

「……無難」

「いいでしょ別に。普通が一番よ。次は誰が行く?」

「んじゃ俺が」

 そう言って前に出て、柵の前に立ち、向かいに見える山を見る。

 ……さて、何を叫ぼうか。

 やっほーじゃやっぱつまらんよな、と凪音に汚染された脳みそが変な方向に回り始める。

 ……だからといって面白いことは特にできないしな……

 それから五秒ほど考えてから叫ぶ内容を決め、

思い切り息を吸い、


「隣の客はよく柿食う客だぁーーッ!!」


 だぁーっ……ぁーっ……

 他の皆と同じく同じく語尾がやまびことなり、周囲に響く。

「よし言えた。満足だ」

「満足って何が!? ってか何で早口言葉なのよ!?」

 佳央里は気持ちいいほど素直なリアクションでこちらにツッコんでくるので、こちらも素直に答える。

「普通じゃ面白くないから、逆にやまびこに一番向いてなさそうな早口言葉で攻めてみた」

 大声で叫ぶように早口言葉を言うのは結構苦しかったが上手くいって満足だ。

「あ、そう……」

呆れたような佳央里の表情に、俺も大概だよなぁとは思う。

 凪音は凪音でぐっじょぶ!と言わんばかりに爽やかな笑顔で親指突き立ててるし。面白かったのか今ので。

「じゃあ、私がもういっぺん叫んでいい?」

「……ん。じゃあなぎぃ、どうぞ」

「ありがとみずちー。では――」

 そう言って凪音は柵の前に立つと、大仰な仕草で思いっきり息を吸うと、


「義樹のバッキャローーーーッ!!」


 ャロー……ロー……

 凪音の全力の叫びの余韻が、切なげにやまびことなって響いて――って、

「おいコラ待てや」

「いやぁ、せっかくだし、ねぇ?」

「せっかくだから何だ。怒らないから言ってみろ――その後正式な俺手続きを踏んで私刑にしてやるから」

「わーよしきんがキレ――うにゅにゅににゅーーッ!?」

 とりあえず思いっきりほっぺたをつねってやった。

 ……相変わらず良く伸びるなー。

と凪音の頬をつまんだまま適当に左右に伸ばしていたら、


「……義樹の女たらし―!」


 しー……

「ってそっちも待てっ!」

 勝手に何だかとんでもない叫びが放たれていた。

「……何か異論が?」

 何いってんの、と言わんばかりの無表情でこちらを見る瑞奈。

「大アリだよ! 何だ女たらしって!?」

「……義樹にぴったりな形容詞」

「どこがだ、どこが!」

 というか濡れ衣にもほどがある。よりにもよって何故女たらしなのか。

「……自分の胸に聞けば?」

「そのような記憶はさっぱりございませんが」

「…………。…………ふっ」

 なんか残念そうに目を逸らされた!?

 どういうことだよおい!?

「あの~ お取り込みのところ申し訳ないですが、最後に、いいですか?」

「はい? ……あ、先輩。どうぞどうぞ」

「え~では、失礼しまして」

 そう言いながら先輩は小さく息を吸い込み、


「元気ですか―?」


 そう、可愛らしく放たれた叫びに、


『元気ですよー』


「「まさかの返事!?」」

「やりましたよ! やまびこ成功です」

「「いやいやいやいや!?」」

 今の絶対誰か返事したろ! ってか誰だよ返事したの!

「今のは予想外だったねー」

「……斜め上」

「あれ、何か失敗しました? 私」

 内容はすごく先輩らしかったのにまさかのどんでん返し。

 一体誰が返事を返したのか……

 結局その場では解決に至らず、時間もあるのでその場は撤収ということになった。

 ……なんだか物凄くもやもやするんですが。



 そうして、はしゃいで騒いで、皆で笑い合って。楽しい時間は瞬く間に過ぎて――

 晩秋のせっかちな夕暮れに背を押されるように、俺たちは公園を後にした。

 そして、帰りの電車の中。

「みんな疲れて寝ちゃったみたいね」

「子供か……」

 電車に乗って十分も経たずに、凪音と先輩、そして瑞奈が寝こけていた。

 ちなみに、今の席順は端から佳央里、凪音、俺、悠美先輩、瑞奈、となっているのだが。

「んむ……よしきぃ」

「……すー……すー」

 どういうわけか、凪音と悠美先輩にもたれ掛かられていた。

 いわゆる、二人からサンドイッチ状態である。

 電車ではたまにある光景だけれど、よりによってこの二人かよ、という。

「…………かずのこが……かずのこが……ああ――ッ」

 先輩の隣では瑞奈がぶつぶつと全く意味不明の寝言をつぶやきながら寝てるし。

 なんだこの集団。

「しっかし、モテモテですなぁ義樹くん」

「本当にモテモテだったら言うことないんだがな……」

 二人ともその気は全くゼロだし。

 凪音は論外として、悠美先輩にその気があったら……とかは思わないでもないが。

 ……ないんだろうなぁ、多分。

 なにせ悠美先輩だしな。

 とか何とか一人で考えていると、

「ありがとね、義樹。今日、楽しかった」

 唐突に佳央里がそう言った。

 普段からすれば、ずいぶんとしおらしげな口調で。

「ああ。お礼は凪音に言ってやってくれよ。思いついたのはこいつなんだし」

「もちろん凪音にはあとで言うけど……今回の計画、具体的なスケジュールは、全部義樹くんでしょ」

「む」

「だから、ありがと。……私はこう見えても縁の下の力持ちさんまで見逃さないタチなので」

「……どういたしまして、かね」

「素直でよろしい」

 何だか普段と違うやり取り。

 活発な彼女にしてはしおらしいようでいて……真面目な彼女にしては、ずいぶんといたずらっぽいような。

 何だか妙な感覚を覚える。

「……ね、なんでそこまで出来るの?」

「ん?」

「いつも不思議に思ってたんだけどさ」

 そこまで言ってから佳央里は少しだけ躊躇い、しかし続きの言葉を紡いだ。

「放っとけば自然消滅するような凪音の思いつきに、どうしてそこまで付き合うの?」

 どうして、か。

「……どうして、だろうな」

 もちろん度を越してアホなことは容赦なく止めるが、そういう事ではないだろう。

 それ以外の……こういうわりかし真っ当な思いつきに対して、何故協力するのか、という問い。

 この歳になってまで、あの凪音とバカやってる理由。

 あのバカを見限って、離れない理由。

 ――幼なじみだから。腐れ縁だから。気の置けない仲だから。

 探せば言い訳は色々見つかるが、多分それは本質ではない。

 その根っこにあるもの。それでもアイツと腐れ縁で居続けた理由は――

「楽しいだろ、こういうのって」

 ――つまりは、そういうことなのだろう。

「もうガキじゃなくなったから、もう派手なことはできなくなったけど」

 それでも……子供の頃、凪音を必死で追いかけていた自分は、

「凪音は今でも……多少丸くなった今でも、やっぱバカでさ」

 やっぱり、どこか捨て切れないんだ。

 楽しかった過去。そして、そういうものを追い続ける自分を。

 ……凪音を追いかけ続けていた、自分を。

「だから俺は多分、このバカと同じで、未だにガキンチョなんだろうな」

 そう言って、自分にしがみつく凪音の姿を見る。

 今もまだ、夢を見ている少女を。

「ふぅん……」

 それを聞いて佳央里は不思議そうな表情を浮かべ……そしてそれがまたいたずらっぽい表情に変わり、

「じゃあ、そういう事にしておいてあげようか」

「なんだそれ」

「なんだろうねー」

 そう言って佳央里は、楽しそうに笑う。

「じゃ、あたしも寝よっかなー」

「ってちょっと待て。人になんか無駄に独白させておいてそっちは何もなしか」

「自分でしゃべりだしたんじゃん」

「それはお前がなんか変な雰囲気で聞いてきたから――」

「うんうん。そんな素直な義樹くんは好きだな」

「……ちょっと待て。じゃあさっきのしおらしげな態度は何だったんだ!?」

「さぁてなんだったんでしょーねー?」

 そう言ってまたいたずらっぽく笑う佳央里。

くそ、何だってんだまったく……

「んぁ……よしきぃ……」

「ほら、お姫様が呼んでるわよ」

「お姫様ってな……だから俺と凪音は――」

「……ぱいるどらいばぁを……くらうがー……いぃ……んぐ」

「「……………………」」

「ぷっ――」

「ははっ――」

 凪音のそんな間抜けな寝言に、思わず二人揃って吹き出した。

「――ったく、こいつは」

「あははっ……あははははっ!」

「ってお前もウケすぎだろ!?」

 ――そんな、些細なやり取りを交えながら、

 俺たち図書室一味の十一月初めの日曜日は、こうして暮れていくのだった。


END

こんにちは、初めましての方も多いと思います。ゆのみんです。

本作は、元々一本の中編としてあった作品を、大きく三つに分割し、それぞれ『日常風景』『仁義なきしりとり』『もみじ狩り』と独立した短編にしたものです。

さすがに元の文章全てを一本の短編として掲載してしまうとダレるだろうな、とおもったのでこのような形式を取った次第で。

もし本作を最初に読まれた方は、是非他の作品も見てやってください。普段の図書室でバカをやっている五人の姿が見られます。


それでは、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

また、何かのご縁がありましたらお会いしましょう。

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