第3話:選ばれた側の世界
第3話です。
選ばれることは、始まりに過ぎない。
その先に待つのは、これまでの自分を捨てる覚悟。
価値観すら塗り替えられる、新しい世界。
主人公が一歩踏み出す瞬間を描きます。
「こっちだ」
社長に案内され、俺はさらに奥へと進んでいった。
さっきまでのジュエリーフロアとは明らかに違う空気。
静かで、張り詰めていて、
まるで“選ばれた人間だけが入れる場所”のようだった。
通されたのは、一室の控室。
広い。
無駄がない。
それでいて、すべてが一流だと分かる空間。
「まずは外見だ」
社長がそう言うと、扉が開いた。
中に入ってきたのは、三人の男女。
一人はスーツ姿の男。
一人はメイク担当らしき女性。
そしてもう一人――鋭い目をしたスタイリスト。
「この人が今回の?」
「ああ」
短いやり取り。
その視線が一斉に俺に向く。
まるで商品を見るかのような目。
「……立って」
言われるがままに立つ。
「靴、脱いで」
「え?」
「いいから」
指示は淡々としていた。
俺は言われるままに従う。
裸足になると、少しだけ現実感がなくなる。
ホームレスの男と同じ状態だと気づいて、
妙な感覚が走る。
「ふーん……」
スタイリストの男が、顎に手を当てて俺を見ている。
「素材は悪くない」
素材。
その言葉に、少しだけ引っかかる。
「でも、そのままじゃ使えない」
バッサリと言われた。
「ここから全部変える」
全部。
その一言が重い。
「髪、服、姿勢、表情――全部だ」
メイクの女性が近づいてくる。
「顔、触るね」
抵抗する暇もなく、軽く顎を持ち上げられる。
「……確かに、骨格はいい」
何かを確認するような目。
「ちゃんと作れば化ける」
その言葉に、周りの空気が少し変わる。
「期間は?」
スーツの男が社長に聞く。
「一週間でいい」
「短いですね」
「十分だ」
即答だった。
一週間。
たったそれだけで、何かが変わるのか。
「お前は、もう戻れない」
不意に、社長が言った。
「……は?」
「ここに来た時点で、普通の人生には戻れない」
冗談には聞こえなかった。
「怖いか?」
そう聞かれて、一瞬だけ言葉に詰まる。
怖い。
正直に言えば、そうだ。
だが――
「……いや」
首を振る。
ここで引く理由はない。
むしろ、ここまで来て戻る方が怖い。
社長は小さく笑った。
「いいな」
その一言で、何かが決まった気がした。
「じゃあ始めろ」
その合図で、空気が一変する。
「まずはシャワー。全身チェックする」
「服は全部処分でいいな」
「姿勢から直す。立ち方が素人すぎる」
一気に指示が飛ぶ。
俺は流されるまま、部屋の奥へと連れていかれる。
振り返る暇もない。
ただひとつ、頭の中に残っているのは――
黒糖飴。
あの小さな選択が、
こんな場所に繋がっている。
「……マジかよ」
思わず笑いがこぼれる。
だがその笑いは、
もう“国道で寝ていた頃の自分”のものじゃなかった。
何かが変わっていく。
確実に。
音もなく、だが確実に。
――別の人間へと。
読んでいただきありがとうございます。
第3話では、主人公が“選ばれた側の世界”に踏み込む様子を描きました。
ここからは、外見だけでなく内面も変わっていきます。
そして同時に、この世界の違和感も少しずつ浮き彫りになっていきます。
次回は、変化の過程と新たな人物の登場を予定しています。
引き続きお楽しみください。




