婚約破棄された公爵令嬢ですが、浮気した王太子と愛人を叩き潰し、隣国皇子に溺愛されて逆転しましたが何か?
「よって、エレノア・ヴァルディアとの婚約は――ここに破棄する!」
高らかに響いたその宣言に、場の空気は一瞬で凍りついた。
煌びやかな舞踏会。王都中の貴族が集うこの場で、王太子レイナードは、わざわざ私を断罪してみせた。
――滑稽ね。
「理由を、お聞きしても?」
静かに問うた私に、彼は鼻で笑った。
「貴様の冷酷さは周知の事実だ。加えて、聖女候補であるミリアに嫌がらせを繰り返した!」
「……へぇ」
ちらりと視線を向けると、彼の腕にしなだれかかる女――ミリア・セレストが、わざとらしく震えてみせる。
「エレノア様が……怖くて……っ」
――ああ、なるほど。
演技としては三流ね。
「証拠は?」
「証拠など不要だ! 彼女の涙が全てだ!」
その瞬間、会場の空気が微かに揺れた。
失笑だ。
だが、愚かな王太子はそれに気づかない。
むしろ、勝ち誇ったように続ける。
「それに――俺はもう、真実の愛を見つけた。ミリアこそが俺の伴侶だ!」
「まぁ」
ようやく私は、心から笑った。
「では、その“真実の愛”とやらの証拠を、お見せしましょうか?」
「何……?」
私はゆっくりと指を鳴らす。
すると、会場の扉が開き、数人の兵と共に、一人の男が連れてこられた。
「な、なんだこいつは!?」
「ご紹介しますわ。あなたの侍従、カイルです」
顔面蒼白の男は、震える声で言った。
「お、王太子殿下は……その……ミリア様と、密会を繰り返し……その、関係は……既に……」
「やめろ!!」
レイナードが怒鳴る。
だが、もう遅い。
私はさらに一枚の書状を掲げた。
「こちらは、二人が交わした愛の手紙。ついでに、王家の資金を横領して彼女に貢いだ証拠もありますわ」
ざわり、と場が揺れた。
「う、嘘よ!!」
ミリアが叫ぶ。
「こんなの捏造に決まってるわ!」
「そうかしら?」
私は微笑む。
「では、王妃陛下に鑑定していただきましょうか」
その一言で、全てが終わった。
レイナードは崩れ落ち、ミリアは取り乱して叫び続ける。
――愚かね。
「婚約破棄は受け入れますわ」
私は淡々と告げる。
「ですが、こちらからも条件を提示いたします」
静まり返る中、言葉を落とす。
「王太子レイナードの廃嫡。そして、ミリア・セレストの国外追放」
「なっ……!」
「当然でしょう? 王家の金を横領し、不貞を働いたのですから」
その場にいた誰もが、異論を挟めなかった。
――こうして、復讐は終わった。
そう思った、その時だった。
「――見事だな」
低く、愉しげな声が響く。
振り向くと、そこには一人の男。
黒髪に紅い瞳。異国の衣装を纏ったその男は、悠然と立っていた。
「初めまして、公爵令嬢エレノア。私は隣国アルヴェインの皇子、アシュレイだ」
「……これはご丁寧に」
軽く一礼する。
だが、彼の視線は妙に熱を帯びていた。
「君の復讐劇、実に愉快だった」
「趣味が悪いですわね」
「そうか? 私は好きだがな」
彼はくつりと笑う。
その笑みは、どこか危険だった。
「なぁ、エレノア」
一歩、距離を詰められる。
「君、行く場所はあるのか?」
「……さぁ?」
実際、婚約は破棄された。
だが、私は困らない。
困るはずがない。
「なら――」
彼は、私の手を取った。
「私の国に来い」
「……は?」
「君を、私の妃にする」
――唐突すぎる。
「お断りします」
即答した。
だが、彼は気にした様子もなく。
「安心しろ。君が望むなら、白い結婚でも構わん」
「……」
「ただし」
ぐっと手を引かれる。
「私の隣にいろ。それだけでいい」
その瞳は、異様なほど真剣だった。
――面倒な男に目をつけられた。
「……考える時間をいただけます?」
「ああ、好きなだけ考えろ」
そう言いながらも、彼は私の手を離さない。
「だが、逃げるなよ」
「逃げませんわ」
「ならいい」
満足げに笑う彼に、私は小さくため息をついた。
――復讐は終わったはずなのに。
どうしてか、厄介なことになりそうだった。
***
数ヶ月後。
私は、隣国アルヴェインにいた。
結局、あの皇子の提案を受けたのだ。
――合理的だったから。
そして今。
「エレノア」
背後から抱きしめられる。
「離れてください」
「嫌だ」
即答だった。
「仕事があります」
「後でいい」
「よくありません」
淡々と返すが、彼はびくともしない。
「なぁ、エレノア」
「何ですか」
「今日も美しいな」
「……どうも」
――毎日これだ。
冷酷と恐れられた私の人生は、どこへ行ったのか。
「愛している」
「軽いですね」
「本気だが?」
「なお悪いです」
ぴたりと黙る気配はない。
むしろ、抱きしめる力が強くなる。
「……はぁ」
私は小さく息を吐いた。
「好きにしてください」
「いいのか?」
「ただし、仕事の邪魔はしないでください」
「努力する」
――絶対しないわね。
だが、それでも。
ほんの少しだけ。
「……まぁ、悪くはありません」
そう呟いたのは、きっと彼には聞こえていない。
けれど。
「今、何か言ったか?」
「何も」
「そうか」
満足げに笑う彼に、私は肩をすくめた。
――復讐は終わった。
そして始まったのは。
少し騒がしくて、少し甘すぎる。
そんな、新しい日常だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「エレノア!! 大変だ!!」
朝一番、執務室の扉が勢いよく開かれた。
――嫌な予感しかしない。
「……今度は何をやらかしましたの」
机から顔も上げずに問うと、アシュレイは満面の笑みで胸を張った。
「君のために城を増築した!」
「は?」
思わず顔を上げた。
「庭の奥にもう一つ、エレノア専用の宮殿を建てたぞ!」
「いりません」
即答。
「なぜだ!? 愛の結晶だぞ!?」
「物理的に結晶にしないでください」
しかも増築って。
予算どうした。
「安心しろ! 国庫ではなく私財だ!」
「それが一番問題です」
皇子の私財=ほぼ国家規模。
頭痛がしてきた。
***
「エレノア様……」
侍女のリリスが、半泣きで書類を抱えている。
「どうしましたの」
「殿下が“エレノア様を称える祝日”を制定しようとしております……!」
「却下です」
即答(二回目)。
「ですがもう草案が議会に……」
「燃やしなさい」
「はい!」
素直に燃やそうとするな。
いや待て、それはそれで問題だ。
「……いえ、正式に否決させます」
「かしこまりました……」
リリスが遠い目をした。
――ごめんなさいね、本当に。
***
「エレノア」
また来た。
今度は静かに入ってきたから余計に怖い。
「何ですか」
「今日は普通の話だ」
「それは珍しいですね」
「一緒に昼食をどうだ?」
「……普通ですね」
逆に警戒する。
「毒味は済ませたぞ」
「当たり前です」
「あと、料理人を十人増やした」
「なぜですか」
「君の好みを完全再現するためだ」
「一人で足ります」
「足りん」
即答された。
「君の“普通”は難易度が高すぎる」
「知りません」
むしろ何を作らせたのか怖い。
***
昼食会場。
――嫌な予感が的中した。
「……何ですの、これ」
テーブルいっぱいに並ぶ料理。
軽く三十種類はある。
「君の好きそうなものを集めた」
「誰が全部食べるんですか」
「君だ」
「無理です」
「じゃあ私が手伝う」
「そういう問題ではありません」
というか。
「なぜ全部ハート型なんですか」
「愛だ」
「料理人を呼びなさい」
説教案件である。
***
数日後。
「エレノア様!!」
またリリスが駆け込んできた。
「今度は何ですの」
「殿下が、エレノア様の銅像を城門前に……!」
「やめさせなさい」
即答(三回目)。
「しかも等身大ではなく三倍サイズで……!」
「なおさら却下です」
誰がそんな羞恥プレイを望むのか。
「既に完成間近とのことで……」
「今すぐ止めます」
私は立ち上がった。
――これは本気で阻止しないといけない。
***
城門前。
「どうだエレノア! 美しいだろう!」
誇らしげなアシュレイ。
その視線の先には――
無駄に神々しい私(石像・三倍サイズ)。
「壊しなさい」
「待て待て待て!!」
珍しく慌てた。
「なぜだ!? 国の象徴になるぞ!?」
「なりません」
「観光名所に――」
「なりません」
即答ラッシュである。
「くっ……ではせめて庭に……」
「却下です」
「部屋に……」
「却下です」
「私の寝室に……」
「それが一番ダメです」
***
結局、銅像は撤去された。
だが。
「エレノア……」
しょんぼりしている。
――面倒だ。
「……一つだけ、許可します」
「本当か!?」
一瞬で復活するな。
「小さな肖像画なら構いません」
「どのくらいだ?」
「手のひらサイズです」
「小さいな……」
「十分です」
「等身大は――」
「却下です」
食い気味で潰す。
***
その夜。
「エレノア」
また来た。
「今度は何ですか」
「肖像画ができた」
「早いですね」
嫌な予感しかしない。
差し出されたそれを見て――固まった。
「……なぜ動くんですの」
「魔導式だ」
小さな肖像画の中で、ミニサイズの私が優雅にお辞儀している。
「いりません」
「可愛いだろう?」
「やめてください、その評価」
「量産するか?」
「やめなさい」
「城中に飾るのは――」
「やめなさい」
***
「……はぁ」
深くため息をつく。
だが。
「エレノア」
「何ですか」
「今日も愛している」
「……軽いですね」
「本気だ」
――知っている。
それが一番厄介だ。
「……好きにしてください」
「いいのか!?」
「ただし」
じっと睨む。
「これ以上、変なものを増やさないこと」
「努力する」
「信用していません」
「ひどいな」
そう言いながらも、嬉しそうに笑う。
――本当に。
どうしてこうなったのか。
「……まぁ」
小さく呟く。
「退屈しないのは、認めます」
「今、何か言ったか?」
「何も」
「そうか」
満足げに頷くアシュレイに、私は肩をすくめた。
――復讐の果てに手に入れたのは。
冷酷でも静寂でもなく。
ただひたすら騒がしくて、どうしようもなく甘い。
そんな日常だった。




