国を追放された宮廷魔術師長、復讐なんてする気はなかったが、かつての部下たちが国王たちをボコボコにしていた
「エルド。おまえを国外追放に処す」
「はっ?」
謁見の間に呼び出されたかと思えば、国王はいきなりそう言った。俺が混乱していると、国王の側に控えている妃が口角を吊り上げ、卑しい笑みを浮かべる。
「聞こえなかったのエルドぉ? もうこの国にあなたの居場所はないって言ったのよぉ?」
「そうだエルド。貴様のような平民が、我らが王城に踏み入るなど、国王たる父上への冒涜だ!」
同じく国王の側に控えていた第一王子。彼は俺を指差し、憎々しく睨んだ。
「国王陛下。どうか、俺が追放される理由をお聞かせ願えませんか?」
俺は平民の出でありながらも、物心つく頃にはすでに魔術に明け暮れる日々を送っていた。十五年近くの時間を全て魔術に捧げてきた。
その努力と才能を認められ、俺は二年前、史上最年少の十八歳で王国宮廷魔術師長に任命されている。自意識過剰かもしれないが、客観的に見たって俺は手放したくない人材のはずなのだ。
「理由なんてないわよぉ。アタシたちはおまえが気に入らない。それだけよ」
「その通りだ。エルド、貴様は第一王子たるこの僕よりも目立った……最年少記録を次々次々打ち立てやがって……目障りなんだよ!」
「それに、国王たる我が言ったことは全て真実となる。おまえがいくら弁明しようと『国家資産から多くの金を横領し、多くの女を脅し襲った』という我が出した罪状が覆ることはない」
ゴミを見る目で俺を見下す国王と妃と王子に、俺は内心ため息を吐いた。
はぁ……まあいいか。金も貯まったし、そろそろ忙しい宮廷魔術師辞めてのんびりスローライフしたかったからな。
「分かりました。国外追放、甘んじてお受けいたします」
「ハハハハ! それでいいのよ」
「この僕の機嫌を損ねたゴミカスにはお似合いだな!」
俺は悪意ある嘲りと嘲笑を受けながら、謁見の間を去った。
***
部屋に戻ると、置いていた荷物は全て処分されていた。俺は仕方なく無一文、手ぶらの状態で王城の正門に向かう。
「エルド」
その途中。かけられた声に振り返ると、そこには魔術師の名家──ダスティーク侯爵家の若き現当主が立っていた。
「なんの用ですか? ダスティーク卿」
「いやぁまさか、あの若き魔術の天才──エルドくんが国外追放とはねぇ……いやはや驚いたよ」
おどけた調子のダスティークは驚いている訳ではなく、むしろ嬉しそうに言葉を続けた。
「まさか! 我がダスティーク家が代々就いてきた宮廷魔術師長という栄誉ある地位を平民ごときの穢らわしい血で汚しぃ、我々ダスティーク家に泥を塗ってくれたエルドくんが国外追放とはねぇ!」
長いな……早くスローライフにありつきたいんだが……。
俺が迷惑そうな顔を見せると、ダスティークは俺の肩に手を置き、耳元で囁いた。
「国王陛下と王妃様をたぶらかした甲斐があったよ」
「そうですか。では、俺はもう行きますね」
「なっ!? もっと悔しがれよ平民!」
……っ!
ダスティークの手に力がこもり、俺の肩はミシミシと悲鳴を上げる。それでも俺は、真っ直ぐにダスティークを見返した。
「チッ……もういいわおまえ。さっさと消えろ」
ダスティークはそう言うと、俺を置いてどこかへ去っていった。
はぁ……これでようやくスローライフを送れる。あいつらのことは気掛かりだけど、まあ上手くやるだろ。
***
「えっ!? エルドが国外追放!? ユズ、それホントなの?」
「ええ……。どうやらエルド様の才能に嫉妬したバカどもがエルド様にあらぬ罪を着せたようです」
王城にある魔術訓練場。休憩中、わたし──ミーメは金髪の髪を結びながら、親友のユズと話していた。
「なにそれ……!」
エルドが国外追放なんて……許せない!
ユズの話に、わたしは奥歯を噛み締めた。
「ねえユズ。ユズの魔術でエルドの居場所はいつでもわかるよね? だったら、誰がエルドを追放したのか教えて!」
「落ち着いてミーメ」
「なに言ってるのよユズ! 落ち着いていられるわけな──ヒッ……!?」
黒の長髪が似合うユズ。お姉さんのように優しくて冷静で、普段は物静かな彼女が見せた氷のように冷たい目に、わたしは思わず声を漏らした。
「いいミーメ。エルド様を追放したのはあなたの家族──つまり国王陛下と王妃様、それと第一王子なの。それにダスティーク侯爵も関わっているみたいよ」
そう、わたしは王国の第一王女。わたしがありとあらゆる英才教育に辟易していた頃に、
『ミーメ様。俺が魔術の面白さを見せてやるよ』
そう言ってエルドは飛行魔術を使い、空の上から、夕焼けに染まる王都を見せてくれた。その時初めて、わたしは魔術を自分から学びたいと思えるようになった。
それから努力して、せっかくエルドと一緒の宮廷魔術師になれたのに……わたしからエルドを奪うなんて、たとえお父様たちでも許さない!
「ユズ……国王に逆らう覚悟はある?」
「ええ。もちろん。わたしを救ってくださったエルド様を追放する国など、滅びてしまえばいい」
「いやいやユズ。さすがに関係ない国民を巻き込むのはやめてね……」
人を呪い殺せそうな暗い声を出すユズにツッコミつつ、わたしは王城を見上げた。
***
ドゴオォォォンッ!
突如、王城に大きな爆発音が響き渡る。
「なによ今の音!」
「父上これは……?」
「なんだ? なにが起きたのだ!」
謁見の間にいた国王が声を飛ばす。すると、様子を見てきた兵士が報告した。
「報告します! たった今、王城南西側一帯が爆破され、跡形もなく消し飛ばされました! 被害はおよそ王城の四分の一。規模からしておそらく、放たれたのは最上級魔術と思われます!」
「はぁ!? 貴様はなにを言っておる! そのような魔術を扱えるものなど──」
ドカァァァン!
「お父様っ!」
謁見の間の壁が爆発で吹き飛び、そこからミーメが姿を現す。彼女の姿を見て、国王は思わず立ち上がった。
「ミーメ……先ほどの爆発もおまえの仕業かっ! この出来損ないが!」
激昂する国王の言葉に、第一王子も言葉を被せる。
「僕よりもあのクソ平民に付いて行った愚図が! あのゴミ野郎が追放されたことがそんなに嫌だったか? ま、ゴミ同士仲良かっ──」
その瞬間、王子の首が跳んだ──ミーメの放った風の斬撃によって。その後ミーメは表情を変えず、無機質な声で詠唱した。
「インフェルノ」
その瞬間、燃え盛る炎が王妃の体を包み込んだ。
「ギィャアアアッ……!」
「お母様。お肌の手入れが好きでしたよね? それに身につけている宝石や服も大事って言ってましたよね? お母様の大切な肌も宝石も服も、わたしが全部ぐちゃぐちゃにしてあげますよ」
ミーメはニタニタと笑ったと思えば、今度は狂ったような金切り声をあげた。
「わたしからエルドを奪うなんて許せないっ! わたしから大事な人を奪ったお母様は、わたしが、命と一緒に大切なもの全部奪ってあげるっ! 大切なものを奪われる苦しみを味わって死んで!」
ミーメは炎に込める魔力を強め、王妃を灰も残さず焼き尽くした。
「二人が……死んだ……?」
王妃が消えたことを確認すると、ミーメはクイっと首を傾けて、呆然としている国王に笑いかける。
「ひっ……」
「ねぇお父様? お父様みたいな害悪ジジイはさっさと王位から駆除しないとって、思いませんかっ?」
ミーメは杖から炎を迸らせて、一歩一歩焦らすようにして国王に近づく。それから、燃える杖の先端で、国王の体をネチネチとなぞった。
「ぐぉあああぁぁああっ……」
国王にとっては永遠とも思える二分間。ようやくミーメが国王から杖を離すと、国王はか細い声を上げた。
「許してくれミーメ……我はなんでもする。エルドも呼び戻そう。だから頼む。命までは取らないでくれ……」
「はっ? 許すわけないでしょ!」
「ホゴッ……!」
ミーメは思い切り国王の口の中に杖を突っ込んだ。ダイヤモンドのような水色の瞳に憎悪を乗せて、ミーメは国王を睨む。
「わたし、この国はエルドに捧げるって決めてるの。だから、エルドに酷いことしたお父様はもう消えて」
「待っ──」
「インフェルノ!」
ミーメの相性に応えて炎が走る。国王を跡形もなく消し去った炎は止まらず、王城の壁を天井を床を砕き、破壊の限りを尽くした。
「待っててねエルド。今、迎えに行くから」
焼け野原と化した王城の中。天使のように明るい微笑みを浮かべ、ミーメはそう呟いた。
***
「ダスティーク卿」
「なんだ貴様は? 平民の分際で私に話しかけるな。今や私は、宮廷魔術師長だぞ」
王城の魔術訓練場。多くの宮廷魔術師が己の魔術を磨く中、ユズがダスティークに声をかけると、ダスティークは不愉快そうに顔を歪めた。
対してユズは、杖の先端をダスティークに向ける。
「なんのつもりだ?」
底冷えする声を発するダスティークに、ユズは淡々と応える。
「エルド様を国外追放するよう、国王陛下を仕向けたのはあなたですね」
「それがどうした? 私はただ、栄えあるダスティーク侯爵家から宮廷魔術師長の座を奪った害虫を駆除したまでだ。それをとやかく言われる筋合いなど──」
ダスティークの口を止めたのは、ユズが放った光の槍。それはダスティークの頬を掠め、薄皮一枚切り裂いた。
ダスティークは目を見開き、ゆっくりと首を回し、後方の壁に着弾した光の槍を確認する。
「貴様っ……誰の顔を傷つけたかわかっているのか!」
「エルド様を傷つけたドブカス野郎ですが?」
「……っ! 火よ、逆巻き荒れ狂い、我が敵を蹂躙──」
「ソードオブルミナス」
「ぐぉあぁぁっ!」
ため息混じりの短縮詠唱。たったそれだけで現れた四本の光の間は、ダスティークの両手両足を貫き、彼の体を壁に固定した。
「詠唱をしている時点で、あなたの魔術の腕は私にも劣る。その程度の魔術の腕で、家柄に甘えて大した努力もしてこなかったあなたが、至高たるエルド様を妬み、ましてや国外追放するだなんて……万死に値します!」
ユズは杖の先端をダスティークの喉元に突きつけ、ゴミを見るような目でダスティークを見下す。するとダスティークの表情からは余裕が消え、苦痛と怒りに塗りつぶされた瞳でユズを睨み返した。
「平民ごときがっ……おまえたち! 私を助けろ! この平民を殺せっ!」
ダスティークは訓練場にいる宮廷魔術師たちに怒鳴り声を飛ばす。だが、彼らから返ってきたのは軽蔑の眼差しだけだった。
「ダスティーク様──いや、ダスティーク。おまえがエルド様を宮廷魔術師長から追いやったのか?」
「あのお方は俺たち一人一人に向き合ってくれた。一人一人の魔術を見て、的確なアドバイスをくださった。……俺たちを数でしか見ていないおまえとは違ってな!」
「ダスティーク。おまえの様なものは、宮廷魔術師長に相応しくない。みんなもそう思うだろう?」
「ああそうだ!」
「エルド様を返せ!」
「ダスティークが宮廷魔術師長を続けるって言うのなら、俺は宮廷魔術師を辞めさせてもらう!」
次々と浴びせられる罵声と侮蔑の声に、ダスティークは見る見る顔を引き攣らせていく。怒りのまま、貫かれた四肢を無理やり動かそうとして血を溢した。
「貴様らあぁぁぁああぁっ!」
ダスティークは目を血走らせ、魔力を高める。そうして、ダスティークはユズの両肩を力任せに掴んだ。
「隷属」
ユズがそう呟くと、ダスティークは急に動きを止め、彼の目には鎖のマークが浮かんだ。それを見るもとユズは薄く歯を見せて、魔女のように邪悪な笑みを浮かべた。
「これであなたは私の従順な犬になった。……今日からあなたはポチ。よろしく」
「ふざける──」
「おすわり」
「ワンッ!」
ユズが「おすわり」と言った途端、ダスティークは自分の意思とは関係なくおすわりの体勢をとった。
「なんだこれは……」
「言ったでしょう? あなたは今日から私の犬。それだけ」
「はっ? ふざけるなふざけるなふざけるな……この私が、これではまるで家畜ではないか……」
ダスティークの目からは怒りが消え、代わりに底知れない絶望に染まっていた。
***
俺は王国を追放された後、帝国の片田舎で暮らしていた。
「ありがとねぇエルドちゃん。今日も助かったわぁ」
俺が魔術で畑の柵を直すと、気のいいお婆さんがお礼を言ってくれた。
「いえ、俺もおばさんが作った野菜をもらっていますから」
「うんうん。あたしたちが作った野菜を、エルドちゃんみたいな優しい子に食べてもらえて光栄よ」
そうやって代わり映えのない、けれどのんびりと幸せに暮らせる毎日に、俺は満足していた。
やっぱり追放されて良かったのかもな……宮廷魔術師長の仕事は、やりがいはあったが忙しすぎた。こういうのんびりした暮らしの方が、俺には合ってるのかもな。
澄み切った青空を見上げ、俺は口元を緩める。自然に囲まれた小さな村の中で感傷に浸っているとふと、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。
「エルドぉー!」
「ミーメ……それにユズ……」
声がした方を振り返るとそこには、金髪のおてんば王女様と黒髪の毒舌美少女──かつての部下たちがいた。
「二人とも、こんなとこまでどうしたんだ?」
「お久しぶりですエルド様。今日は──」
「エルド! 宮廷魔術師長に戻って!」
「はっ? 何言ってるんだ? 俺は国外追放されたんだぞ。戻れるわけないだろ」
俺が疑問を口にすると、ミーメに会話を遮られて訝しげな目をしたユズが口を開いた。
「私とミーメでエルド様を国外追放に陥れた連中は全て排除いたしました」
「はっ?」
「こちらがその証拠です……ほらポチ! 早くエルド様に土下座しなさい」
「ワンッ!」
「ダスティーク!? ……これ、隷属の魔術、か?」
ユズの言葉によって現れたのはダスティーク。彼は光を映さない、死んだ魚のような目をして地面に額を擦り付けた。
「これで、私たちの話を信じていただけたでしょうか?」
「信じるが……俺はこのままここでスローライフを──」
「説明終わったっ? じゃあエルド、早く戻ろっ!」
「あっ……おいミーメ俺は──」
俺の腕を引っ張っるミーメ。すると、ユズは無表情な顔で俺を見た。
「エルド様。宮廷魔術師長に戻られます、よね?」
やっぱユズの笑顔怖っ……!
首を傾げて微笑むユズはしかし、目は笑っていなかった。
「しょうがないな……分かったよ。俺は宮廷魔術師長に戻る」
「やったぁ!」
「エルド様ならそうおっしゃると思っていました」
こうして、一度国外追放された俺は笑顔を浮かべる部下たち二人によって、宮廷魔術師長の座に返り咲いた。
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