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冬ほどではないけれど、春先の今も日が落ちるのはまだまだ早い。
さっきこのお屋敷に着いたかと思えば、もう外は夜になっている。
「圭さん」
食事と入浴を済ませ、部屋で飛行機の中で読んでいた医学書の続きを開いていたところだった。
縁側の障子の向こうから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「咲夜さん?」
障子を開けてみると、やっぱり咲夜さんだった。
もうすぐ春だとはいえ、夜はまだ肌寒い。だというのに白の小袖に薄い羽織一枚しか着ていない。
昼間喘息の発作が出たばかりの人が着て動き回る服装とは思えないんですけど!
私が専属医として雇われたからには、ちゃんと生活習慣を改めてもらわないと!
「寒いでしょう? 何でそんな薄着なんですか! とりあえず中に入ってください」
「すみません」
咲夜さんはコホッと咳を一つした。
ほら、言わんこっちゃない。
呼吸器系の病気を持っている人に寒さと乾燥は毒だっていうのに。
「ちょっと待っててくださいね」
加湿器はこの部屋にはさすがに置いてないので、いったん外に出て、洗面所で濡れたタオルを二、三枚用意して部屋に戻る。その濡れたタオルをハンガーで鴨居に吊るした。何もしないよりかはこれで乾燥も防げるだろう。
「それで、どうしたんですか?」
「眠れなくて。ちょっとだけお話しませんか?」
「いいですよ。じゃあ、なにか飲み物もらってきますね」
「あ、私も一緒に」
「咲夜さんはそんな薄着なんですから、ここにいてください。すぐ戻りますから」
「……分かりました」
再び外に出て、台所へ向かう。
確か、こっちだったはず。
ここを左に曲がって……あ、あった。
台所にはまだ電気がついており、中からカチャカチャと固い何かを鳴らす音がしている。
中を覗くと、ちょうど垣内さんがお茶を淹れているところだった。
「おや、佐倉先生。先生もお飲みになられますか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。あと、咲夜さんの分もお願いしてもいいですか? 実は今、私の部屋に眠れないからといらっしゃってて」
「咲夜様が? ……ほっほっほ。分かりました。少しお待ちくだされ」
そう言うと、垣内さんはなにやら棚や冷蔵庫の中をごそごそと何かを探し始めた。
そう間をおかず出してきたのは、はちみつと砂糖、そしてレモンだ。
「はちみつレモンですか?」
「えぇ。小此木家では飲み物は日本茶と決まっているのですが、咲夜様は昔からこれがお好きで」
「喉にもいいですしね。体調のことを考えれば理にかなっていると思いますよ」
「先生もこちらにされますか?」
「そうですね。お願いします」
垣内さんは慣れた手つきで手早く二人分のはちみつレモンを作ってくれた。
きっとこの屋敷に咲夜さんが来る度に、こうして咲夜さんにこのはちみつレモンをこっそり作ってあげているんだろう。
「さぁ、できあがりました。きっとまだかまだかとお待ちでしょうから、早く戻ってあげてくださいませ」
「フフッ。分かりました。これ、ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
垣内さんに挨拶をすませ、台所を後にした。




