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「そういえば、咲夜様は小此木家のお話はされたのですかな?」
「まだしてないよ。これからしようと思ってたんだ」
「そうですか。それでは僭越ながら、この垣内がその説明役を拝命いたしましょう。しばしお待ちを」
そう言って垣内さんは一旦座敷を出て行った。
二人っきりになった座敷は静寂に包まれ、なんとなく居心地が悪い。
垣内さん、早く戻ってきてくれないかなぁ?
それから間もなくして垣内さんは戻ってきた。
「お待たせしました」
垣内さんは手に巻物と一冊の本を持っている。
その巻物を机の上に広げると、それは小此木家らしき家系の家系図だった。
「お察しの通り、これは小此木家の家系図になります。そして、今ご存命の世代がこちら」
家系図の一番下の方、下から四世代分がそれに当たるらしい。咲夜さんの名前も下から二番目の世代の所に名前があった。
それからもう一つの本の方は家族写真のアルバムだった。年に一回、家族で集合写真を撮るらしく、その写真が一番最初に貼ってあった。
「小此木家は華道の月影流の家元の家系で、代々の当主がその家元の座を継ぐことになっているのです。そして、こちらにいらっしゃる咲夜様はその月影流の次期家元、小此木家の次期当主となられるお方でございます」
「そ、そんな上の方だとは露知らず……申し訳ございませんでした!」
次期当主にわざわざ空港まで迎えに来させるなんて……西森先生、どうして止めてくれなかったんですか!
恨みますよ、ほんとに!
……あの先生のことだから、面白そうだったからと切り返されるに決まってそうだけど。
「顔を上げてください。華道家元なんて、別に偉くもなんともありません。それよりも、難しい医師試験に合格された佐倉さんの方がずっと偉いですよ」
「いや、それは……雇い主だし……」
「では、こうしませんか?」
「え?」
ニコリと笑う咲夜さんの顔が、若干黒さを帯びたような……気がする。
「そんなに雇い主とかそういう関係が気になるようでしたら、私も佐倉さんのことを圭さんとお呼びします」
「はぁ」
「ですから、私と貴女はまずは友人同士ということで」
「……え?」
咲夜さんの提案は私の想像の遥か彼方を行っていた。
それを理解するのに、一瞬、いや十秒くらいはかかってしまった。
咲夜さんが私のことを名前で呼ぶのはいい。私だって名前で呼ぶことになっているし。
でも、それがどうしたら友人同士に繋がるのかさっぱり分からない。
「嫌ですか? 私のことは嫌い?」
「うっ! そ、んな聞き方は……ズルい」
首を僅かに傾け、潤んだ瞳で見つめてくる咲夜さん。
自分の美貌が相手に対してどう作用するのか分かっているのか分かっていないのか、問答無用で使ってきた。
嫌というよりも無理!
そうスパッと言い切ってしまえたらいいのに、今の表情を見せられるとなかなか言えなくなってしまう。
背は私より高いけど小動物のような咲夜さんに、私は保護欲を駆り立てられるようだ。
空港で図らずもすでに一度、助けを求められるような状況にあったことも影響しているかもしれない。
「友人がほとんどいない私を、圭さんは友人と見てくれないのですね」
「分かりました! 分かりましたから! ただし! ご家族の前ではちゃんと雇用者、被雇用者の関係ですからね?」
「……まぁ、とりあえずはいいでしょう」
満足そうに笑う咲夜さんとは対照的に、私はドッと疲れが押し寄せてきた。
決してこれは長旅の疲れだけなんかじゃない。
むしろ、着いてからの方が疲れたような気がする。
「おっほん。よろしいですかな?」
「あ、はい! すみません……」
話の腰を折っちゃって、本当に申し訳ないです。
垣内さんは気を取り直したように咳払いをもう一度して、アルバムから一枚の写真を抜き取った。
「こちらが現当主であり、家元の小此木咲人様。そして、咲人様のお子様である長男彰俊様、長女恵様、次男克也様。そして彰俊様のご子息である咲弥様。克也様のご子息である遥様、樹様。また、遥様のご子息である紅葉様。以上が直系の方々になります」
「……分かりました。とりあえず、この方々の顔と名前は覚えました。後はご当主様達の伴侶の方々のお名前を教えていただければ」
「さすがですな。一気に覚えるのは難しいかと思うておりましたが、いやはやさすがはお医者様です」
「いえ、人の顔と名前を覚えるのは昔から得意で」
「へぇー? すごいですね。私なんか、一部の人以外は名前と顔なんてすぐ忘れちゃうのに」
「私もずっと覚えているわけじゃないんですよ? 長い付き合いのある人だったり、大切な人とかはまた別ですけど」
「へぇ。大切な人、ね」
どうしたんだろう?
やけに咲弥さんが言葉に含みを持たせてくる。
それの答えは結局分からず、私は言いようのない覚えを胸の内に残すことになった。




