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「君が大学を辞めずに済むなら」と先輩に抱かれ続けた彼女。俺、自力で特待生になったけど? ~無意味な献身と横領先輩の末路~  作者: ledled


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第三話 証拠収集と包囲網

八月に入り、キャンパスは夏休み特有の静寂と、うだるような熱気に包まれていた。

セミの鳴き声が耳鳴りのように響く中、俺、瀬川蒼太は冷房の効いた大学の事務棟にいた。

手にはクリアファイルが一冊。中には、俺の今後を――そして、ある愚かな茶番劇を終わらせるための重要な書類が入っている。


「失礼します。学生課の杉本さんはいらっしゃいますか?」


カウンター越しに声をかけると、初老の職員が顔を上げた。彼は俺の顔を見るなり、柔和な笑みを浮かべた。


「おや、瀬川君じゃないか。どうしたんだい? 夏休みだというのに」

「ええ、次年度の特待生手続きの件で、少し確認したいことがありまして」


杉本さんは、俺が特待生に選ばれたことを我が事のように喜んでくれた恩人だ。俺の家庭の事情も、ある程度は把握してくれている。

俺は周囲に人がいないことを確認してから、声を潜めた。


「実は……少し変な噂を耳にしまして。念のために確認させていただきたいんです」

「変な噂?」

「はい。学生会の幹部クラスになると、大学の理事に口利きをして、特定の学生の学費を免除させたり、逆に退学を阻止したりする『裏枠』がある……という話なんですが」


俺の言葉を聞いた瞬間、杉本さんは呆気にとられたような顔をし、次の瞬間、吹き出した。


「ははは! なんだいそれは。漫画かドラマの話かい?」

「……やはり、あり得ませんか」

「あり得ないよ。断言する。本学の学費免除規定は、理事会で厳格に定められている。成績優秀者か、あるいは国際的な功績を残した学生のみだ。学生会の役員ごときが口を挟める余地なんて、一ミリもないよ。それに『裏枠』なんて作ったら、それこそ大学の認可に関わる不祥事だ」


杉本さんは涙を拭いながら、書類をパタパタと振った。


「誰がそんな馬鹿なことを言っているんだい? もしそんな詐欺師みたいな学生がいるなら、教えてほしいくらいだよ」

「……いえ、ただの噂なら安心しました。ありがとうございます」


俺は礼を言って事務棟を出た。

予想通りだ。

鰐淵恭介が美咲に吹き込んだ「裏工作」や「コネ」など、最初から存在しなかった。

あいつはただ、世間知らずで思い込みの激しい美咲を騙し、自分の性欲を満たすためだけに「彼氏を退学から救う」という甘い毒餌をぶら下げたのだ。

そして美咲は、その毒を「特効薬」だと信じ込んで、喜んで飲み干した。


「……馬鹿な奴らだ」


炎天下のアスファルトを歩きながら、俺は冷ややかな感情を噛み締めていた。

かつては愛おしいと思っていた美咲の純粋さが、今はただの愚鈍さにしか見えない。

だが、これで一つ目の証拠が固まった。

次は、鰐淵という男の化けの皮を剥ぐ番だ。


俺の足は、図書館のPCルームへと向かっていた。

特待生に選ばれたことで、俺は来月開催される「学生総会」の資料作成補助を教授から頼まれていた。その権限を使えば、学生会の共有サーバーにある一部のデータにアクセスすることができる。

もちろん、本来の目的は資料作成だが、俺の狙いは別にある。


「鰐淵恭介……お前の隙だらけの尻尾、掴んでやるよ」


PCルームの隅の席に座り、IDとパスワードを打ち込む。

画面に無機質なフォルダが並ぶ。

俺は工学部情報学科の学生だ。データの解析や、隠されたファイルの痕跡を辿ることは得意分野だった。

まずは、学生会の会計データを開く。

鰐淵は副会長という立場を利用し、予算の管理を一任されていると聞いていた。


「……なんだ、これ」


ものの数分もしないうちに、違和感が見つかった。

『備品購入費』『イベント運営費』『渉外費』。

それらの項目に計上されている金額と、実際に添付されている領収書のデータに、奇妙なズレがある。

特に『渉外費』の項目は杜撰だった。架空の業者名義の領収書が何枚も混ざっている。業者名をネットで検索しても、ヒットしない会社ばかりだ。


「毎月、五万から十万……。チリも積もれば、か」


鰐淵の実家は金持ちだという触れ込みだったが、どうやらそれも怪しい。

こいつは学生会費を自分の財布代わりにしている。

美咲にちらつかせていた「金持ちの余裕」も、実際は横領した金で作られたハリボテだったわけだ。


だが、これだけでは「事務処理のミス」で逃げられる可能性がある。

もっと決定的な、奴が言い逃れできない証拠が必要だ。

俺はさらにデータの深層へと潜った。

共有サーバーの中に、個人用のフォルダを作成している痕跡はないか。あるいは、削除されたデータの履歴に、不審なものはないか。


カチャカチャとキーボードを叩く音が、静かな部屋に響く。

一時間後。

俺はついに、隠しフォルダを見つけ出した。

フォルダ名は『Personal_W』。パスワードがかかっているが、生年月日や学籍番号を組み合わせた単純なものだった。セキュリティ意識の低さに呆れる。


ロックを解除し、中身を開いた瞬間。

俺は思わず息を呑み、吐き気を覚えた。


そこにあったのは、画像や動画ファイルの山だった。

ファイル名には、女性の名前がつけられている。

『Tomoko』『Sayaka』『Yumi』……そして、『Misaki』。


震える手で『Misaki』のフォルダをクリックする。

画面に表示されたのは、先日のカラオケボックスで撮影されたであろう、美咲のあられもない姿だった。

涙目でピースサインをする美咲。スカートを捲り上げられている美咲。

そして、動画ファイルもあった。再生ボタンを押すと、鰐淵の下卑た声と、それに従順に応える美咲の声が流れてきた。


『蒼太くんのため、だもんね?』

『……はい、そうです。彼を助けてください』


ヘッドホンから流れるその音声は、俺の心に残っていた最後の情けを、完全に断ち切る鋭利な刃物となった。

彼女は、俺のためにやっていると信じている。

だが、現実はどうだ?

彼女のその姿は、鰐淵のコレクションの一つとして、デジタルデータの中に永久に保存されているだけだ。

他のフォルダの女性たちも、おそらく似たような手口で騙され、食い物にされたのだろう。


「……許さない」


怒りで視界が赤く染まる感覚があった。

俺への裏切り云々ではない。これは明白な犯罪だ。

横領、脅迫、リベンジポルノの収集。

鰐淵恭介は、学生の風上にも置けない犯罪者だ。

そして、それに加担し、自ら進んで被写体となった美咲もまた、同罪だ。


俺はUSBメモリを取り出し、全てのデータをコピーした。

横領の証拠となる会計帳簿のスクリーンショット。

架空請求の領収書データ。

そして、この忌まわしい『Personal_W』の中身全て。

コピー完了のプログレスバーが100%になるのを見届け、俺はPCをシャットダウンした。


「これで、チェックメイトだ」


ポケットに入れたUSBメモリが、熱を帯びているように感じた。

これで奴らを社会的に抹殺できる。

だが、その前に一つだけ、やっておかなくてはならないことがあった。


***


数日後の夕方。

俺は駅前のカフェに美咲を呼び出した。

美咲はすぐにやってきた。新しいワンピースを着て、髪も巻いている。傍から見れば、デートの待ち合わせに来た幸せな女子大生だ。

だが、俺の目には、その笑顔の下にある疲労と、どこか焦点の定まらない瞳がはっきりと見えていた。


「ごめんね、待った?」

「いや、俺も今来たところだ」


向かいの席に座った美咲は、アイスティーを注文した。

俺たちは他愛のない話をした。夏休みの予定、最近のニュース、俺のバイトの話。

美咲はずっとニコニコしていた。

「蒼太くん、顔色が良くなって本当によかった」と、何度も繰り返した。


俺はカップの縁を指でなぞりながら、核心へと踏み込むタイミングを計っていた。

これが最後のチャンスだ。

もし彼女が、ここで全てを打ち明けてくれれば。

「騙されていた」と泣きついてくれれば、俺の行動も変わったかもしれない。鰐淵だけをターゲットにして、美咲のことは守ってやったかもしれない。


「なぁ、美咲」

「ん? なあに?」


ストローを口に含んだまま、美咲が小首を傾げる。

俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「最近、何か隠してないか?」

「えっ……」


美咲の動きが止まった。

視線が泳ぎ、ストローから口を離す。


「隠してるって、何を?」

「何でもいい。悩み事とか、困ってることとか。あるいは……俺に言えないような誰かとの付き合いとか」


かなり踏み込んだ聞き方だった。

美咲の顔色がサッと青ざめる。彼女の手が、テーブルの上で小さく震え始めた。

彼女の頭の中で、様々な言い訳が駆け巡っているのが分かる。

言うなら今だ。

「脅されている」と。「あなたのために無理をしている」と。

そう言ってくれれば、俺は「知っているよ」と言って、その重荷を取り除いてやれる。


沈黙が数秒続いた。

やがて、美咲は再び笑顔を作った。

それは、ひどく脆く、歪な笑顔だった。


「ううん、何もないよ。本当に」

「……本当に?」

「うん。私、今すごく幸せだもん。蒼太くんと一緒にいられるだけで十分だよ。だから、心配しないで?」


美咲は俺の手の上に、自分の手を重ねてきた。

その手は冷たかった。

彼女は選んだのだ。

真実を告げて俺と向き合うことよりも、「悲劇のヒロイン」として自己満足の世界に浸り続けることを。

あるいは、ここまで汚れてしまった自分を直視するのが怖くて、嘘を突き通すしかなかったのかもしれない。


俺の中で、何かが完全に冷え固まった。

失望という言葉すら生温い。

これは「絶縁」の決意だ。


「そうか。何もないなら、いいんだ」


俺は彼女の手を、そっと、しかし拒絶の意思を込めて振りほどいた。

美咲が一瞬、傷ついたような顔をする。

だが、俺はもうその表情に心を動かされることはなかった。


「あ、そうだ。来週の学生総会、美咲も出るよな?」

「え? うん、一年生は全員参加だし……。蒼太くんも?」

「ああ。俺、特待生として少し発表があるんだ」

「すごい! 楽しみにしてるね!」


美咲は無邪気に喜んだ。

その発表が、自分への死刑宣告になるとも知らずに。


「ああ、楽しみにしててくれ。最高のステージにするから」


俺は残りのコーヒーを飲み干し、席を立った。

もう、彼女にかける言葉は何もない。

あとは、舞台の幕が上がるのを待つだけだ。


***


アパートに帰った俺は、最後の仕上げに取り掛かった。

集めた証拠データを整理し、プレゼンテーション資料を作成する。

タイトルは『学生会運営における重大な不正および倫理違反に関する告発』。

本来ならば大学の監査委員会に提出すべきものだが、それでは生温い。鰐淵の親の力で揉み消される可能性もゼロではない。

だから、俺はもっと効果的で、残酷な方法を選んだ。


学生総会。

全学生、教職員、そして理事会の一部も参加する大規模なイベント。

そこで特待生代表の挨拶として登壇する俺には、マイクとプロジェクターの使用権限がある。

その場ですべてを晒す。

鰐淵の悪事も、横領の実態も、そして美咲との不貞の証拠も。


「……やりすぎか?」


ふと自問する。

美咲のプライバシーまで晒す必要があるのか。

だが、USBメモリの中の動画を思い出すたびに、その迷いは消え失せた。

彼女は俺の名前を使って、鰐淵との行為に耽っていた。

『蒼太くんのため』という免罪符を掲げて、自ら進んで共犯者になったのだ。

その代償は払ってもらわなければならない。


俺は匿名のアカウントを作成し、過去の被害者と思われる学生たちにコンタクトを取った。

フォルダ名にあった『Tomoko』や『Sayaka』たちだ。

SNSを駆使して彼女たちのアカウントを特定し、慎重にメッセージを送る。


『突然のご連絡失礼します。学生会副会長・鰐淵恭介の件で、重要な証拠を持っています。彼を告発するつもりですが、ご協力いただけませんか? 名前は伏せます』


返信はすぐに来た。

彼女たちもまた、鰐淵に人生を狂わされ、泣き寝入りしていた被害者たちだった。


『あいつを破滅させられるなら、何でもします』

『証言します。あいつに脅されたLINEの履歴、全部残ってます』


次々と集まる、怨嗟の声。

鰐淵への憎しみで繋がった包囲網は、確実に、そして強固に完成しつつあった。


当日のシナリオを頭の中でリハーサルする。

俺が登壇し、挨拶を始める。

鰐淵は最前列の役員席で、ふんぞり返って聞いているだろう。

そして、スクリーンに最初の証拠が映し出された時、奴はどんな顔をするだろうか。

美咲は、客席で何を感じるだろうか。


想像するだけで、背筋がゾクゾクするような高揚感が湧き上がってくる。

これは復讐ではない。

ただの「清算」だ。

歪んだ関係、嘘で塗り固められた日常、そして無意味な自己犠牲。

それら全てを、白日の下に晒して終わらせる。


窓の外では、遠くで花火の音が響いていた。

夏の終わりが近づいている。

そして、俺たちの関係の終わりも、すぐそこまで来ていた。


「さようなら、美咲」


俺はPCの画面を閉じ、深く息を吐いた。

準備は整った。

あとは、断罪の時を待つのみだ。

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