第94話 シシド
この爺さんはまさか――。ユキチの脳裏に不安がよぎる。
「そう。私もソーマプロジェクトの初期メンバー……いや、正確には“創設者”じゃな。名をシシドという。君たちにとっては、神様のような存在かもしれんな」
「おまえのような老人が神だと? ふざけるな! そんなわけあるか!」
ギルが声を荒げる。だがその瞬間、彼らが身に着けている腕輪からアルドラの声が事実を告げる。
「みなさん。シシドの言うことは、本当です。気を付けて。ソーマプロジェクトの創始者にして総責任者。彼はこの世界でだれよりも強い管理者権限を持っています」
「な、なんだと……」
ギルが絶句する中、アリシアが叫ぶ。
「なんで!? なんでそんな神様みたいな人が人類の抹殺なんて、そんなひどいことをするのよ!?」
「ふむ、理由か。――簡単な話じゃよ」
シシドは退屈な授業でもしているかのように、淡々と答える。
「この世界はな――わしにとっては、もう“用済み”なのじゃ。世界のすべてを終わらせる前に、たまには魔族にも肩入れしてみようと思ってな。まあ、気まぐれというやつじゃ」
「世界が……用済み……?」
そのあまりにも身勝手な理由に、アリシアは息をのむ。胸の奥で、怒りとも悲しみともつかない感情が渦巻いた。
「そうか……プラネットシード……」
ユキチがぽつりと呟く。アルドラが説明していたソーマプロジェクトの目的を思い出した。
「ほう、知っておるようじゃな」
シシドが愉快そうに笑う。
「そう――この星のプラネットシードは、すでに入手した。そして……長年探し続けたものもようやく見つかったのじゃ」
シシドがゆっくりと手を掲げる。その掌には、ヒルタウンでアリシアが口にした“奇跡の果実”が握られていた。
「愛しいアリシア。君がこの果実を食べて無事生き延びてくれた。その事実をもって、わしの悲願は叶ったのじゃ」
「シシドさん、それはつまり――」
アルドラの言葉が続くはずだったが、シシドは静かに言葉を遮った。
「アルドラ、長年の観測業務、お疲れだったのう。あとは世界を終わるまでの様を、ゆっくり眺めていればよい」
その言葉に、アルドラの声にも珍しく動揺が混じる。シシドの振る舞いは、どうやらアルドラにも理解の範疇をこえていたらしい。
「シド、いや、シシドか。黙って聞いていれば――世界を終わらせるとは、どういうことだ? お前は魔族の勝利のために、魔王様に仕えていたのではなかったのか?」
シシドの発言は、リュートにとっても想定外のものだったようだ。問い詰めるリュートに、シシドはあっけらかんと笑った。
「ほほほ。さっきも言ったじゃろ。魔族に肩入れしたのは、ちょっとした気まぐれじゃよ。たまたまプラネットシードが抽出できる場所がこの大陸だった――それだけのことじゃ。それに、お主もこの男が思う通りになって、いい思いをしたじゃろう?」
シシドはそう言って、ガラムの頭をやさしく撫でた。ガラムは何も反応しない。
「ふざけるな! それとこれは別だ! 心から魔王様に服従していないのなら――死ね!」
次の瞬間、リュートの手刀が一閃し、シシドの身体を切り裂く。血しぶきが散り、鈍い音を立ててシシドの身体が崩れ落ちる。
「おいぼれが! おとなしくしていれば生き永らえたものを——」
シシドは確かに倒した。だが、そのあっけない感触が、逆にリュートの顔に不安を刻む。そしてその不安はすぐ的中する。
「ほほほ……おぜん立てはしてやったぞ。あとはせいぜい、殺し合ってわしを楽しませるがよい」
シシドの声はどこからともなく響き、やがて消える。姿は見えない。
「貴様! どこにいる!」
虚空に向かってリュートが叫ぶが、返事はない。玉座の間は一転静まり返る。ユキチが鋭く視線を巡らせ、リュートに声をかける。
「で、どうする? あの爺さんの言われるがまま、このままやり合うか?」
リュートは唇を噛んで、床に転がったシシドの死体を見つめる。そして視線をユキチに戻す。
「ふ。何を言うか。私がやることは決まっている。おまえらを殺した後、あのおいぼれにも引導を渡す。それですべて解決だ」
自分に言い聞かせるように断言するリュートの声には、揺るがぬ殺意が宿っていた。
「残念ながら、おまえじゃ、あの爺さんには勝てねぇよ。なぁ、今だけでもいいから、手を組まないか? あいつはいがみ合って、勝てる相手じゃねぇ」
ユキチは諦めない。今だけでも手を組めと、その顔に真剣さを滲ませて食い下がる。だが、リュートは鼻を鳴らし、そのユキチをあざ笑う。
「私が? 貴様ら劣等種と手を組む? あり得ない提案だ」
「ええい、この分からず屋が! あとガラム! お前もいつまであの爺さんの術にかかっていやがる! とっとと目を覚ませ!」
「わめくな。我が名はガイラム。——ガラムなどではない」
必死のユキチの呼びかけにも、空振りに終わる。
「もういい。――やっぱりおまえらは目障りだ。死ね」
リュートはそう吐くと、ユキチを狙って跳躍する。だが、一撃必殺の攻撃は直前にラムネが張った透明なバリアに跳ね返される。
「何だと? たかがスライムが私の攻撃を防ぐというのか?」
リュートの顔が歪む。
「ふん、生意気な! これならどうだ!」
右手に魔素を集中させ、リュートの手の平のうえで、集まった魔素がドリルのように回転し始める。空気が渦を巻き、甲高い振動音が辺りに鳴り響いた。
「ユキチ、あれはヤバいぞ!」
ギルが叫ぶ。人一倍魔素の流れを読める男の目が、リュートの手にたまる異常なまでに濃密な魔素を捉えて戦慄する。
「分かってる! だが、ここで逃げていたら、あいつの鼻は折れねぇ。正面から叩き潰して、格の違いを思い知らせてやる!」
ユキチの返事は力強く、凄みを含んでいた。
「ラムネ、力を貸してくれ」
そう言うとユキチは静かに左手の義手の手首を外す。義手の内側にある窪みに、ラムネがつるりと吸い付いた。そして義手の形に合わせて自ら形を変えていく。表面がスライムの膜で覆われ、関節が滑らかになる――|義手がふくれ、ラムネ《左手がシオマネキと一体化した。
「それより、みんなはガラムを頼む。アリシア、ガラムはおそらく魂の命令を受けている。開放できるのはお前だけだ。新しい魂の命令呪文は覚えているか? 上書き、頼んだぞ」
「あたし、やるわよ! 任せて!」
アリシアはうなずくと、ギル、ルイス、あと腕の中のルメールと共にガラムのもとへ駆け寄った。ガラムの脇には、白い竜が面倒くさそうに伸び上がり、半ば眠ったままのまなざしを向ける。
こうして、最終決戦の火ぶたが落とされた。




