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追放シスターと放浪ゴブリンのもぐもぐ見聞録  作者: 風上カラス
第8章 勇者爆誕

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第92話 決闘

「その覚悟、良し。――では、行くぞ」


 バーキッシュは静かに宣言すると、足元に魔法陣が光る(戦闘準備を始める)。漆黒の紋が床を走り、そこから黒い霧がゆらりと立ちのぼる。


「あれは……魔王の影か?」


 ユキチとギルの表情がこわばる。あの禍々しい気配には、嫌というほど(今まで散々)見覚えがある(苦しめられてきた)


「ふん、あんたこそ覚悟しなさいよ」


 アリシアは余裕の表情。


「妹を大事にしないお兄ちゃんがどうなるか――その体で教えてあげるわ」


 その声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。まるで、自分の兄、ガラムへの警告のように。ふたりの間に、ピンと張りつめた空気が走る。


 ごくり――。脇で見ているユキチが息を飲む。


 ――が。


「ところで――決闘ってどうやって始めるの?」


 アリシアの素っ頓狂な質問に、バーキッシュの力が抜ける(が肩透かしを食らう)。場の緊張が一瞬にしてほどけ、ギルが思わず噴き出しかける。ユキチは額に手を当て、「あいつは……」とぼやく。


 「いつでもいい。好きに始めろ」そう言いかけて、バーキッシュは考え直す。


「……おい、おまえが合図しろ」


 そう言うと、床に転がっていたリリアの猿ぐつわを外した。リリアの口から、口内に溜まっていた唾液がだらだらと垂れる。しかし両手両足はまだ縛られたまま、身動きひとつ取れない。


「では、改めて――」


 バーキッシュが低く構えを取る。足元の魔法陣が再び光を帯び、空気がぴんと張り詰めた。


「は、はひめッ!!」


 しばらく猿ぐつわをされていたせいか、呂律の回らないまま叫ぶリリア。それでも声は確かに響き、決闘の幕が上がった。


「早速だが――おまえには私の傀儡になってもらおう」


 バーキッシュの口角が吊り上がる。


「これでこのバカげた決闘もおしまいだ。行け、"ファントム・サーヴァント"!」


 足元から噴き上がる黒い霧。それはまるで生き物のように蠢き、アリシアに襲いかかる。


「やっぱり、それを使ったわね」


 バーミリオン家の必殺魔法――魔王(ファントム・)の影(サーヴァント)。グラスノヴァのゴーレム騒動に始まり、ヴェルドット、ラグライドの竜神、ついでにリリア。散々それと戦ってきたアリシアにとっては、もう慣れた相手だった(脅威にならない)


 アリシアが右手を掲げ、呪文を唱える。


「――ラ・ルース!」


 右手から放たれた白い閃光が一瞬で黒い霧を貫き、消し飛ばした。


「な、なんだと……!? 我が家の極意が、こんなにもあっさりと……!?」


 唖然とするバーキッシュ。その後ろで、リリアが口角を上げる(ほれみたことか)


「だが――負けられん!!」


 魔法(黒い霧)が通じないと悟るや否や、バーキッシュは自ら地を蹴り、肉弾戦へと移行する。魔族の肉体の力は(魔法が使えなくたって)人間のそれを(基本的なポテンシャル)はるかに凌駕する(は全て魔族が有利)。だが――


「――悶絶!筋肉緊張地獄(ヤバイアシガツッタ)!!」


 アリシアの詠唱が一瞬早かった。


「ぐ、ぐああああっ!?」


 ふくらはぎを押さえて床に転がり、のたうち回るバーキッシュ。日常生活では味わったことのない痛みが、バーキッシュを襲う。


「どうかしら? “まいった”って言うなら、今のうちよ」


「だ、誰がそんなことを言うかッ!」


「なら、仕方ないわね――悶絶!(サカサマツ)睫毛大逆転(ゲガナオラナイ)!!」


「ぐああああっ!!」


 再びバーキッシュの悲鳴が響く。目に鋭い痛みが走り、まぶたを開けることすらままならない。汗と涙で顔がぐしゃぐしゃだ。


「なかなか頑張るじゃない! じゃあ、これも味わいなさい――苦悶!阿鼻叫喚(ハナノオクムズムズ)!!」


「はっ……はっくしゅん!!」


 くしゃみを連発するバーキッシュ。くしゃみをするたびに、まつ毛が目に刺さり、ふくらはぎも(足の筋肉は)悲鳴を上げる(つったまま)。もはや、まともに立つこともできない。構えを取る余裕もなく、よろめきながら鼻を押さえる姿はもはや滑稽ですらあった。


「そして――これが、とどめよ!」


 アリシアが両手を高く掲げる。


絶望!噴出(エグレココロ)心的外傷(ノキズアト)!!」


 次の瞬間、彼の瞳から生気がすっと消える。これはアリシアが新たに編み出した呪術。相手の子供のころの恐怖を呼び覚まし、精神を屈服させる魔法(トラウマをえぐり出す)


 外から見ればただ呆けて立っているだけ。だがバーキッシュの眼前には、幼少期の忌まわしい記憶が蘇っていた。


 ――「立派な魔王になれ」と言いながら、両親の拳が、痛みが、叱責が降り注ぐ。褒められたことなど一度もなかった。ただ「なぜできない」と言われ続けた日々。


「ああ……お父様……お母様……ごめんなさい、ごめんなさい……もう叩かないで……いい子にします……魔法も、上手に使えるようになります……」


 虚空を見つめながら、バーキッシュの頬を涙が伝う。あれほど高貴に満ち溢れた貴族の顔も今はなく、幼子のように泣きじゃくっている。


「今のうちにナイフで首かっ切れば勝ちじゃね?」


 ユキチがぼそっとつぶやく(容赦ないことを言う)。だがアリシアは動かない。アリシアがそういう勝ち方を望まないことは、みんな知っていた(わかっていた)


 やがて――バーキッシュの瞳に、少しずつ生気が戻る。彼は床に倒れ、震える手で顔を覆った。アリシアは静かにその姿を見下ろす。


「どう? まだやる?」


 アリシアが腰に手を当てて問いかける。バーキッシュはその目を直視できず、うつむいた。


「……まいった。俺の負けだ。リリアのことは……好きにしろ」


 絞り出すような声。その頬を伝う涙と鼻水が、彼のプライドの終わりを告げていた。


「よかった。あたしも、これ以上は傷つけたくなかったからさ」


 アリシアはほっと息をつき、いつもの笑顔に戻る。そして、リリアのもとに駆け寄ると、拘束具を解く。


「アリシア……おまえ、いつの間にそんなえげつない戦い方するようになったんだよ……」


 ユキチが恐怖混じりに肩をすくめる。――そのときだった。背後から、低くよく(本物の恐怖の)通る声が響く(圧力に背筋が凍る)


「おやおや――。バーミリオン家の跡取りともあろう者が、ずいぶんと情けない姿ですね」


 空気が、一瞬で張りつめる。ユキチの体がピクリと動いた。体が自然に戦闘態勢に入る。


「きさま……」


「久しぶりですね、聖女御一行様。――ゴブリン君も、元気そうで何よりです」


 そこには、因縁の相手、リュートが立っていた。

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