第91話 バーキッシュ=バーミリオン
「申し遅れました。私、皆様の案内を任されました、バーキッシュ=バーミリオンと申します。どうぞよろしく」
バーキッシュと名乗る好青年は、丁寧に頭を下げる。拍子抜けたようにアリシア達もつられておじぎする。
「こちらになります」
バ―キッシュに案内されたのは何もない広間――いや、奥になにかある。アリシアが目を凝らす。
「椅子――? 違う。人?」
「お気づきになりましたか?」
いたずらそうな目でバーキッシュはアリシアを見つめる。そう言われてアリシアはハッとする。
「まさか、――リリア?」
見覚えのある長い金色の髪と白い肌。椅子に見えたそれば、全裸で四つん這いになっているリリアだった。白い肌に黒い拘束具が食い込んでいる。顔は目隠しをされ、口にはさるぐつわがはまっている。長い間そうされていたのだろう。床には汗とよだれで水たまりができていた。
「そう、無様にも人間ごときに負けた、バーミリオン家の恥さらしさ」
ドカッとリリアに座るバーキッシュ。「ううっ」とリリアのうめき声が漏れ、胸の突起の先についている鈴がチリンチリンと音を立てる。
「家具がしゃべるな!」
パァン!バーキッシュがリリアの尻を叩く。
リリアがのけぞる。再び鈴の音が鳴り、だらしなく口からよだれが垂れる。アリシアは見ていられないと目を逸らす。
「こんな……ひどい。やめて! バーミリオンって、あなた、リリアのお兄さんでしょ? どうしてこんなことを……」
「これはね――私の愛情だよ。仕事もろくにできない役立たずへのな」
バーキッシュは無造作にリリアの髪を掴み、ゆっくりと頭を持ち上げた。目隠しを外すると、整った顔立ちの兄妹が並んで見える。だが、リリアの目には生気がなく、頬の色も失せていた。もはや抵抗する力は残っていなそうだ。
「私たちはね、勝ち続けなければいけないんだ」
バーキッシュの声は低く、震えていた。
「それなのにこいつときたら、人間ごときに負けて、そのくせ平然と戻ってきて、友達だの何だのとほざきやがる。おかげであのリュートや、ガイラムって奴らに先を越されて、このざまだ――! くそっ、くそっ!」
バーキッシュは立ち上がり、苛立ちをぶつけるように、リリアの腹部めがけて何回も蹴りを放つ。リリアは呻きながら床に転がる。
「やめなさいって言ってるでしょ!」
いつの間にかアリシアが二人の間に入り、低い声で怒りを露わにした。普段の軽口は消え、顔には真剣な決意が浮かんでいる。
「敗者は勝者に従う――それがバーミリオン家の掟だったよね……。では、バーキッシュ=バーミリオン、あなたに決闘を申し込みます」
「決闘――?」
その言葉にバーキッシュの顔色が変わる。妹へ八つ当たりしていた怒りが引っ込み、代わりに残忍な笑みが浮かんだ。
「人間ごときが、私に決闘を――おまえ、お客様扱いされて自分が偉くなったとでも思ったのか? それとも、この役立たずにたまたま勝ったことで、自分が強いと勘違いでもしているのか?」
アリシアは拳を固く握りしめた。
「どちらでもないわよ。もしあなたが勝ったら、私を二つ目の椅子にするなり、魔王になるための交渉材料にするなり、好きにすればいい。――でも、私が勝ったら、リリアを解放するって約束して」
バーキッシュはしばらくアリシアの目を見返した。広間の空気が張りつめる。リリアは身体の自由が利かないまま床に転がって、小さな呼吸を繰り返している。
「ふん……愚かな気概だ。だが、いいだろう――お前が勝てば、妹は自由にしてやる。だが、お前が負ければ……」
バーキッシュの言葉はそこで切れ、冷たい笑みをアリシアに向ける。アリシアは後退せず、決意を顔に刻んだまま答えた。
「構わないわ。あなたの好きにしなさい」
「おい、アリシア!」
アリシアの剣幕に口を挟む暇もなかったユキチが、さすがにその発言を聞いて止めようとする。だが、時すでに遅かった。
「その決闘、受けた! もし私が負けたら、この役立たずをおまえにくれてやる。ついでに、私自身もおまえの椅子にでも何にでもなってやろう!」
バーキッシュの声が広間に響く。
「……え、えぇ?」
ユキチが思わず素っ頓狂な声を上げる。
「大丈夫、ユキチ。あたしに任せて!」
アリシアは振り返ってウインクする。その無根拠な自信に、ユキチは頭を抱えた。
「いや、任せてって言われてもな……!」
アリシアは頭の上にいたルメールをルイスに預け、軽い準備体操を始める。ギルとルイスも、顔を見合わせて黙り込んだ。不安は隠しきれない。
「じゃあ、準備はいい? バーキッシュ。ルールは――先に“まいった”って言った方が負けでいいかしら?」
軽く肩を回しながら、アリシアは明るい調子で確認する。その軽さとは裏腹に、空気はピリついていた。
「もしくは――死んだら負けだ。そこまで大口を叩くんだ、自分の力不足で命を落としたとしても文句はないな?」
アリシアは明るい調子のまま、あっけらかんと返答する。
「死ぬのは嫌だけど……それでいいわよ」
広間に静寂が落ちる。ユキチはため息をつき、心の中でぼそりと呟いた。
(やれやれ……なんか面倒なことになったな。けど――アリシアは言い出したら止まないからな。しょうがない)




