第87話 浮気疑惑
「アリシア様、感動しましたぞ!」
サミット終了の拍手と歓声がまだ残る会場で、豪奢なマントを翻しながら、どこかの王様がアリシアのもとに駆け寄ってきた。まわりの護衛が慌ててついてくる。
「ど、どうもー……?」
急に抱きつかんばかりの勢いで迫られ、アリシアは引きつった笑顔で後ずさる。無下にするわけにもいかず、どうしたものかと困っていると――
「この度は、我が娘の命を救っていただき、まことにありがとうございました!」
王様が熱心に手を握ってくる。
「んん? ごめんなさい、あたし全く心当たりがなくて……?」
アリシアが首をかしげると、王様は目を潤ませながら続けた。話を聞くと、王様はアリシアが暮らしていたリューゲン王国の国王。王位継承争いで暴走したお妃さまが、娘に"聖女"というハクをつけるべく、聖なる果実を内緒で食べさせようとしたらしい。
その舞台がまさしくアリシアのいたヒルタウンの教会であり、あわや王女が聖なる果実を口にする前日に、アリシアがそれを食べてしまったので、王妃の計画を全てをうやむやにしたとか。
「王妃がそこまで思い詰めているとは、わしも気づかず、危うく大事な娘を王妃の見栄のためだけに廃人にしてしまうところでした……。あなたには、我が娘の命を救っていただいたのです!」
「い、いえ、どういたしまして……娘さんがご無事で何よりですわ……」
(まさか“酔った勢いでつまみ食いしました”なんて言えるわけないし!)
アリシアは引きつった笑みを浮かべながら、ぺこぺこと頭を下げた。王様が深々と頭を下げ、重厚な足取りで去っていくと、アリシアは一気に力が抜けた。
「……もう、盗み食いはやめよう」
小声で自分に言い聞かせる。そして彼女は、ユキチたちのもとへ戻る。
「さすが、聖女様。見知らぬ王女様も救っちゃったね」
盗み聞きしていたユキチがニヤニヤ笑いながら言う。
「はいはい、そうですよ。聖女様はすごいんです。はい。もうその話題終わり!」
頬をふくらませるアリシアを見て、ギルは肩をすくめる。
「まぁ、めでたしめでたしだな。よかったじゃないか、盗み食いの罪で斬首刑とかにならずに済んで」
「もー、ギルまで、やめてよ」
アリシアはおどけるが、内心ヒヤッとしたのは事実だ。
サミットの喧騒も落ち着き、一行はハセガワの本拠地へと戻った。
「教皇の“少数精鋭”って意見には賛成だけどさ。ガラムも限界みたいだし……もう、おれたちだけで魔族領、行っちゃおうぜ」
ユキチが開口一番に提案する。
「ああ、おれもそれがいいと思う」
ギルが腕を組んで同意した。
「え、ちょっと待って。“お兄ちゃんが限界”ってどういうこと? そんな話、どこかで出てたっけ?」
アリシアが目を丸くして問い詰める。その横でルイスも不安げに眉をひそめた。ユキチはため息をつき、椅子の背もたれに体を預ける。
「あのな、アリシア。今日サミットに出てきた仮面の男、いただろ?」
「仮面の……あ、あのガイラムとか名乗ってたやつ?」
「そう。あいつが――ガラムだよ」
「「ええええええええーーーっ!!?」」
アリシアとルイスの声が見事にハモった。椅子がガタンと音を立てて倒れる。
「ちょ、ちょっと待って。だって、お兄ちゃんって、あんな変な人じゃないわよ!?」
アリシアが必死に否定する。
「そうよ! それに、あのセンスのないマスク。 絶対、別人よ!」
ルイスも続く。
「おまえら……、どんなイメージでガラムを覚えてんだよ……。付き合いの短いおれとギルの方が先に気づくって、おかしいだろ」
呆れ顔のユキチ。ギルも苦笑して頷く。
「声のトーンも、動きも、あれは間違いなくガラムだったよ。なんだったら魔素の濃度からしてもうガラムだな」
ギル曰く、どっからどう見てもガラム。
「そ、そう言われても……信じられないわ」
アリシアは腕を組んで唇を尖らせる。
「だって、あのガイラムってやたらドヤ顔だったじゃない。“光栄に思うがいい。――自害しろ”とか言ってたのよ? ガラム、そんなキャラじゃないわよ」
「だよな」
ユキチが真顔でうなずく。
「でもあいつが去り際に、こっそり言ったんだ。“助けて”って」
空気が一瞬で凍る。アリシアが息をのむ。
「……助けて?」
ユキチはゆっくりとうなずいた。
「魔族が大人しくしてるのも、“1か月の猶予”ってのも――多分、ガラムが“魔王”の席に座ることで、ギリギリで抑えてる結果なんじゃないかな」
これが、ユキチが考えた結論。ガラムの自己犠牲の精神だ。
「そんな無茶して……ほんと、なにしてるのよ……」
「ほんとにな」
アリシアのつぶやきにギルも頷く。
「でも……」
ルイスが拳を握りしめる。
「でもあいつ、リュートと結婚するって言ってなかった? あれはなんなの? ――相手が男だとしても、浮気はぜっっったい許さないわ!!」
「いや、だからそれも演技なんだって!」
激昂するルイスに、慌ててユキチが止めに入る。
「多分、リュートの暴走を抑えるにはそれしかなかったんだ。あいつも好きでやってることじゃないよ」
「ふーん……」
なんだかまだ納得していないルイス。
「まぁ、どっちにしろやることはひとつ。ガラムが限界を迎える前に、魔族領へ向かうしかないだろ」
アリシアは小さく頷く。
「うん……ガラムを助けに行こう」
ルイスも拳を突き上げた。
「浮気疑惑は後回しね!」
「今は助けるのが先だ」
ユキチが笑いながら立ち上がる。
「じゃあ決まりだな。明日の朝一で出発する」
「了解!」
そして――
「いや、やっぱり後回しにできない! あいつは昔からおかしかった!」
ルイスが立ち上がってテーブルをバンッと叩く。
「瞬間移動の転送先にリュートが登録されてたし! わたしが竜の卵を命がけで取り返してる間に、あいつはのんびり浮気してやがったんだぁー!!」
「お、おちつけってルイス!」
ギルが慌ててなだめるが、ルイスの目はもう血走っている。
「なんなのよ! あたしのほうがずっと付き合い長いのにっ!」
アリシアが苦笑しながら口を挟む。
「ルイス、安心して。リュートは男よ」
そう言いつつ、なぜかにやつくアリシア。いけない妄想が脳内を駆け抜けていく。
「アリシアまで、何にやけてるのよ!? ええい、男も女も関係あるか!」
ルイスは耳まで真っ赤になりながら叫ぶ。
「だって、だって! 結婚式を挙げるんだぞ!? あたしだってやりたいのに! あっ……」
自分の口から出た言葉に、ルイスはハッとし、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。
「……へぇ~。ルイスも意外と乙女ねぇ?」
アリシアがにやにやしながら肩をつつく。
「う、うるさい! からかうな!」
ルイスは顔を覆いながら背を向けた。しっぽがぴくぴく動いている。そんなルイスの背中を、ユキチが軽く叩いた。
「なぁ、ルイス。ガラムは“助けて”って言ってたんだ。おれたちが行かなきゃ、ほんとに取り返しがつかなくなる」
「……ユキチ……」
「だからさ、助けに行こうぜ。おまえの王子様をよ」
一瞬、ルイスの瞳が潤む。そのあと、鼻をすすりながら笑った。
「ふん、王子様なんて柄じゃないけど……まぁ、そうね。あいつは昔から頼りないところがあったし。しょうがないわね」
ギルがにやりと笑う。
「強がりだなぁ。ま、いいけど」
「よし、それじゃ決まりね!」
アリシアが両手を叩く。
「改めて、明日の朝一で出発するわよ! ガラム奪還ミッション、始動!」
「おう!」
全員の声が重なる。




