第82話 ディウヌ教
「もしかして……あたしたちが信じてる宗教って……」
アリシアが言葉を選びながら、ハセガワを見つめる。
「……あぁ。ディウヌ教だろ? それ、――おれたちが作ったんだよ」
ハセガワは淡々と答えた。あまりに軽い口調に、アリシアの頭が真っ白になる。
「おれはね、本当は“アステラ教”を推したんだけどさ。投票で負けちゃって、結局“ディウヌ教”って名前に決まったんだ」
「ちょ、ちょっと待って……神様の名前を、“投票”で決めたの……?」
アリシアの声が震える。信仰の根幹を覆すような言葉に、ギルもただ息を呑んでいた。
「あぁ、勘違いしないでほしいんだけどさ、おれたちが“神様”をでっちあげたわけじゃないし、取って代わろうってわけでもないんだ。むしろ――あんたたちがこの世界に生まれたことこそ、神がかった奇跡だと思ってるんだ」
「あたしたちが生まれた奇跡……?」
アリシアが小さく呟く。
「そう。おれたちはその奇跡に“名前”をつけただけさ。そして、祈り方とか、感謝の仕方とか――そういう“文化”を添えたんだ。つまり、“神様を創った”というより、“奇跡の意味を整理した”だけなんだよ」
アリシアは息を詰めて、その言葉を反芻する。胸の奥がざわざわと騒いで、思考がまとまらない。ギルも一人ふさぎ込んでぶつぶつ言う。
「――今さらですけど、ハセガワさんって……何者なんですか?」
アリシアがようやく絞り出した言葉に、ハセガワは軽く笑って頷いた。
「あぁ。おれはソーマプロジェクトの初期メンバーだ。エクシリアに来たのはちょっと遅かったけど、アルドラとは、もう長い付き合いさ」
「長い付き合いって……アルドラって、3000年前から観測者として存在してたって…… まさか、あなたも――3000年生きてるの?」
「ん?」
ハセガワは首をかしげて、ちょっと気まずそうに笑う。
「余計なこと話しちゃったな。……気にしないでくれ。って言っても無理な話だよな」
彼はしばらく黙り込み、やがて視線を上げた。相変わらず外見は若々しい青年。静かに笑うと、続けて言った。
「ま、君たちはもう、プロジェクトメンバーの一員だから、話してもいいか。――おれたちはね、この身体が死ぬと、新しい身体に“記憶と意識”を移して生まれ変わるんだ。だからおれの今の身体は24歳だけど、記憶は3000年分あるってわけさ」
「それって……不死ってことじゃない」
アリシアの喉が、かすかに鳴った。信じがたい言葉に、彼女の脳が追いつかない。ハセガワは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「まぁね。でも、ずっとそうしてるやつはおれぐらいだよ。途中で飽きて自分から退場するやつもいれば、逆に途中から興味持って参加してくるやつもいる。きみも、ずっと同じことしてろって言われたら、それがどんなに好きなものでも、いつか飽きるだろ?」
“飽きて退場”という言葉の軽さに、アリシアはめまいを覚える。命を遊びの延長にしているような響き。冗談で言っているのではないことは、目を見ればわかる。
「じゃあ……ハセガワさんは、今までのこのエクシリアの歴史をずっと見届けてきたっていうの? おとぎ話に出てくる勇者と魔王の戦いも――」
アリシアには、いまだに目の前の青年が3000年生きてきたとはどうも信じることができずにいた。
「もちろん。初代勇者の活躍から、全部見てきたよ。最前列でね。演劇の特等席みたいなもんだ。――そして今回もそうするつもりだ」
ハセガワはアリシアに悪気のない笑顔を向ける。
「だから――君たちの活躍、楽しみにしてるよ」
アリシアはその笑顔にえも言えぬ恐怖を感じた。何も言えず、ただその目を見つめ返すことしかできなかった。そして、その会話を隣で聞いていたユキチはその瞬間、ずっと心の奥でくすぶっていたモヤモヤの正体を悟った。
(この男がまとう雰囲気はどこかサイトーに似ている。――そうか、サイトーもハセガワと同じく、生死を繰り返しながら長い間見続けてきたのかもしれない。そして、生きることに飽きて――)
「……もしかして、ハセガワさんはサイトーとも知り合いだったりする?」
ユキチがハセガワに、恐る恐る問いかけた。ハセガワはその名前を聞いて、一瞬だけ目を細める。
「きみのマスターだろ。もちろん、知ってるさ」
ハセガワは微笑んだ。その笑みは懐かしむようでもあり、少しだけ切なげでもあった。
「想像の通り、サイトーさんも初期メンバーのひとりさ。――彼が強制退会された件は本当に残念だったよ。でもね、3000年も続けてりゃ、タブーのひとつやふたつ、破ってみたくなる気持ちも分かるけどね」
ハセガワは肩をすくめて、自嘲気味に言った。
「まぁ、でも……」
ハセガワは少し声のトーンを落とす。
「サイトーさんの意思は君が引き継ぐんだろ? ――ユキチさん」
そのとき、ハセガワの視線がユキチを見据える。――いや、その視線の先にあるのはユキチの首輪なのかもしれない。
「サイトーの……意思?」
ユキチの喉がごくりと鳴った。
「まぁ……そのうち分かるよ。きっと」
ハセガワはわずかに笑って、手をひらりと振る。ユキチがさらに質問しようとした瞬間、ハセガワは小さく手を上げて制した。
「――これ以上は、今は言うべきじゃないし、言ってもきっと分からないと思う。でもね、無理はしないようにね。ユキチさん。きみは、サイトーの“特別”なんだから」
その一言に、ユキチの心がドキリとする。特別――? それがどういう意味なのか、多分聞いても今は答えてくれないだろう。ハセガワはふと天井を見上げ、苦笑した。
「懐かしい名前を聞いて……ちょっと話しすぎちゃったかな」
独り言のようにつぶやくと、ポリポリと頭をかく。そして、何事もなかったように話題を変えた。
「さて。明日は早いし、今日はもう寝ようか。寝室まで案内しよう。あ、お風呂入りたかったら、シャワールームはそっちね」
あまりにも刺激的な会話の連続に、一同はそれぞれの物思いにふける。それぞれが、まるで魂を抜かれたような顔でふらふらと寝室へ向かった。こうして――聖都アルカナでの初日は、衝撃の告白と共に、幕を閉じた。




