第81話 ハセガワ
「待ち合わせの場所はここでいいのかな」
アリシアが首をかしげる。そこは聖都アルカナの街はずれ、薄暗い裏路地だった。中心地に比べると人は圧倒的に少なく、石畳の上を風が吹き、砂ぼこりが舞う。
「アルドラの案内だと、ここのはずなんだけど……」
ユキチが周囲を見回しながらつぶやく。それにしても、裏路地ということを差し引いても人の気配がなさすぎる。
「やぁ、待たせちゃったかな」
気配もなく、背後から声がした。ユキチがびくっと振り向くと、そこにはフードをかぶった小柄な男が立っていた。月光のような白銀の髪がフードの隙間からこぼれる。
「ユキチさんたちですよね。初めまして。ハセガワです」
男はそう言うと、フードを外した。その顔は思ったよりも若く、精悍だった。
「はじめまして。ユキチです。急な形で呼び出してしまって済まない」
ユキチは右手を差し出す。
「いいって、いいって。それより――」
ハセガワは握手を返しながら、口元をにやりとゆがめる。
「君たち、エクシリアの出身なのに、月の観測所に行ったって本当? 800年ぶりの快挙じゃない。すごいよ」
「まぁ、いろいろ大変だったけどな」
肩をすくめるユキチ。
「で、君があのシャルルの意地悪な刻印の儀式を成し遂げたのかな、ええと……」
「アリシアさんね……って、あのアリシア?」
「え、あの? どの?」
アリシアが目をぱちくりさせる。
「ふふふ、そうかそうか……いやー、勝手に盛り上がっちゃって、ごめんごめん。いや、いまね、きみ、教会上層部で有名人だよ。“聖なる果実を食べて生き残ったシスター”って」
ハセガワは意味深に笑う。
「は、え? 有名人? 生き残った?」
アリシアは声が裏返る。
「……あ、ごめん。これは秘密だった。でも、君たちにならいいかな」
ハセガワは肩をすくめて、いたずらっぽく笑った。
「でも、ここではこれ以上は話せないかな。続きは宿で話そうか」
そう言って彼は軽く指を鳴らす。すると、路地の奥から馬車が音もなく現れた。どうやらあらかじめ用意していたらしい。
「宿に案内するよ。ついてきて」
そう言いながら、ハセガワは先に乗り込む。
「……なんか感じ悪い」
アリシアがむすっとしてつぶやく。
「まぁ、気にするなよ」
ユキチが肩をすくめる。
「悪い話じゃないはずだぜ。上層部に有名ってことは――」
「教皇様にすぐ会える可能性が高い?」
アリシアの声が弾む。
「そういうこと」
ユキチがにやりと笑うと、アリシアの表情にぱっと明るさが戻った。
「よし、じゃあ行こっか! おいしいごはんが出る宿だといいな~」
「そこかよ……」
呆れ顔のユキチの横で、ギルとルイスが小さく吹き出す。
「さ、ここだ」
馬車から降りて、ハセガワが立ち止まった先にあったのは、ごく普通の民家のような建物だった。壁面もくすんでいて、ドアノブも古びている。とても宿とは思えない。
「え、ここが?」
アリシアが目を丸くする。
「そう。おれたちソーマプロジェクトメンバーの活動拠点さ」
ハセガワはにやりと笑い、ドアノブを軽く回す。すると、軋む音とともに扉が開き――その先には、想像とはまるで違う光景が広がっていた。
外観からはとても想像できないほど、内部は広くて明るい。天井には魔導ランプが等間隔に吊り下げられ、ほのかに温かい光を放っている。壁際には飲み物の樽がきれいに積み上げられ、棚には整然とリネンや器が並んでいた。奥にはソファや机、そして作業用の魔導装置のような機械まで置かれている。
魔道具にあふれているものの、アルドラのいた月の“観測所”の無機質な空間とは正反対で、どこかに人の息遣いを感じる、不思議な居心地の良さがあった。
「へー、外からは想像つかないくらい、きれいにしてるのね」
アリシアが感心して部屋を見渡す。
「まぁな。あまり目立ちたくないから、外観はわざと地味にしているんだ。今は他のメンバーは皆、別任務で出払ってるから、おれしか使ってない。適当なところに座ってよ。あ、荷物はその辺でいいよ」
ハセガワは慣れた手つきでコートを脱ぎ、椅子に掛けた。
「ご飯は食べたんだっけ? じゃあ……口直しに、甘いのは好きかな?」
そう言うと、棚から果物を取り出し、細身のナイフをくるりと回して器用に皮をむく。その手つきはまるで料理人のようで、果物の香りが部屋いっぱいに広がった。
「遠慮しないで、どうぞ」
ハセガワはカットされた果物が乗った皿を差し出し、自ら一切れ口にする。
「じゃ、遠慮なくいただきます!」
アリシアが真っ先に飛びつく。
「ん! 冷えてておいしい!」
ぱぁっと笑顔になるアリシア。その姿を見て、ユキチが苦笑いを浮かべた。
「ったく、警戒心ゼロだな……毒が入ってても知らねぇぞ」
「だってハセガワさん、いい人そうだもん」
「はは、心配しなくても大丈夫だよ。折角できた新しい仲間なんだ。毒なんて入れるわけがない。それに、きみの"眼"なら、その辺もわかるだろ?」
「……まぁな」
心を見透かされたようで、ユキチは何だか落ち着かない気分になる。
「まぁ、そう緊張しないで。ほら、コーヒーでもどうぞ」
そういうと、アルドラが出してきた黒い飲み物をコップに注ぐ。ソーマプロジェクトの人はこの飲み物が本当に好きらしい。
「あの……お砂糖ください」
アリシアが恐る恐る手をあげる。
「お、アリシアさん、飲み方わかってるね! はい、どうぞ」
ハセガワはうれしそうに砂糖を渡す。
「――そうだ。忘れないうちに、これを渡しておこう」
ギルがふと思い出したように、懐をごそごそと探る。取り出したのは、袋に入った6個の印章。
「アルドラが作った新しい刻印だとさ。ハセガワに言えば教皇経由で各地に配ってくれって言われたんだけど、託していいかな?」
ギルは苦笑しながら、その印章を袋ごとテーブルの上に置く。
「また気軽にそんな面倒なことを押し付けやがって。――わかった。折を見てやっておくよ」
そう言って、印章を奥の机の引き出しに大事そうにしまう。
「ちなみに、1個多い分は、魔族が住む大陸にも聖地巡礼のポイントを作って欲しいんだってさ」
ユキチが肩をすくめて言う。
「そういえばそうだったな。おれもそれがいいと思う。いつまでも魔族と対立するわけにもいかないしな。んじゃ、この1個は君たちが持ってなさい。いつか魔族の国に行ったときに友好の証として渡したらいい」
ハセガワは刻印をひとつ、小さな袋に入れると、アリシアに渡す。
それにしても、ハセガワもアリシアと同じく、魔族と友好関係を結びたいと思っているらしい。ギルがそのハセガワに懸念を投げかける。
「でも、魔王が生まれて、世界に宣戦布告したんだろ? 仲良くするまでの道のりは大変そうだな」
「なぁに。難しいことじゃないよ。魔族の考えはシンプル。力がすべて。ってことは、君たちが魔族のトップである魔王を倒せば、魔族は皆こっちの言う通りになるってことさ」
重い内容とは正反対に、あまりに軽い口調に、一同は言葉を失う。ハセガワはそんな空気を気にもせず、にこやかに続けた。
「システム管理者のユキチさんがいるんだから、負けることはまずないだろ」
「……頼む。新米管理者にプレッシャーを与えないでくれ」
ユキチが苦い顔で言い、恨みがましい視線を送る。ハセガワはケロッとした顔でそれを受け流す。
「まぁ、無双しすぎてもつまらないか。ユキチさん、新人なのに、ロールプレイの楽しみ方がわかってるね!」
「ロールプレイってなんだよ! 俺はいつもまじめだ!」
そんなユキチを無視して、「このこの」と肘でユキチを軽くつつくハセガワ。
「おっと、話が逸れたけど――」
ハセガワは軽く手を叩いて話題を変える。
「君たちは魔族鎮圧に向けてサミットに参加したいんだっけ。実はサミットって明日あるんだけど、予定大丈夫?」
「明日!?」
アリシアが思わず声を上げた。
「そんなすぐ始まるの!? もっとこう、準備期間とか……」
「問題なければ、君たちも話し合いの席に着けるよう調整しておくよ」
ハセガワは苦言を気にも留めず、にこやかに話を続ける。
「サミット前に一度、教皇とも話をしておいた方がいいと思うから、朝一で教皇との接見も設定しておくね」
軽い口調で言っているが、内容はどう考えても国家級の話だ。
「……これまた軽々とすごいことを言うわね」
アリシアは半ば引きつり笑いで呟く。
「あぁ。でもまさかサミットがそんなすぐ開催されるとは……急いで来てよかったな」
ギルも腕を組みながら、ほっと溜息をつく。
「本当に。アルカナ着いたら話し終わってました。ってなってたら笑えないわ」
これにはアリシアも苦笑い。
(ユキチ、それにしても明日朝一の教皇の予定を軽々と抑えるとか……もしかして、この人、教皇より偉いの?)
アリシアが小声でユキチに耳打ちする。
(おれに聞くなよ……知るわけないだろ)
そんな二人の様子を見て、ハセガワが笑う。
「あぁ、話がトントン過ぎて不安な感じ? 大丈夫大丈夫。教皇はおれたちソーマプロジェクトのことを知ってるから、色々協力的なんだよ」
「そ、そうなんだ……?」
アリシアが不安げにあいづちを打つ。
「うん。なんせ――ディウヌ教の初期フレームワーク作ったの、俺たちだからな」
「……え?」
「……ん?」
アリシアとギルの声が重なった。
「ちょ、ちょっと待って。ディウヌ教の教義って、信託者アレクシスがディウヌ神様の啓示を受けて始まったんじゃないの!?」
「んー、まぁ、そういう設定にしておいた方が盛り上がるじゃん?」
と、コーヒーを啜りながら、ハセガワはさらりと爆弾を落とした。ギルとアリシアの表情が凍り付く。




