第80話 グリル・ド・ヴァンブラン
「いやー、この店、あたりだね! すごいよ、ユキチ!」
アリシアはミディアムレアに焼かれた肉をフォークで突き刺し、口いっぱいに頬張る。脂の香りと肉汁が口の中で弾け、満足そうに目を細めた。テーブルの上には、ステーキのほかにも、チーズがたっぷりかかったサラダや、ソテーされた野菜が並べられている。
個室を用意してもらったので、ラムネもルメールも他の客の視線を気にすることなく、落ち着いてステーキを食べている。まぁ、彼らはもともと他人を気にする性格ではないが。
「へへ、喜んでもらえて何よりだ。スコア4.8は伊達じゃないな」
「本当に。こんなおいしいお肉、初めて食べた! それにしても、便利すぎるわね。その地図! あたしも欲しいくらい!」
フォークをくるくる回しながら、アリシアが興奮気味にユキチに食いつく。ユキチはナイフで肉を切り分けながら、肩をすくめた。
「あの地図はおれの職業、“トラベラー”の能力を利用したものだから、アリシアにはちょっと無理かもな……。あ、でも、アリシアの職業にあった魔法なら作ってやれるかも」
「え……! ほんと? って、あたしの職業、"巫女"ってよくわからないものだったけど」
地図の魔法は使えないと聞いて、ガックシするが、後半のセリフで一気に機嫌が戻る。
「あぁ、それならアルドラから教えてもらったよ。巫女はね。お祈りをして神様と会話する職業なんだってさ。だから、そうだな……やってみないとわからないけど、神様のお告げとか、占い的なものとかならいけるかも」
「いいね! 占い! 他には何かすごいことできないの?」
アリシアはパンでステーキのソースをぬぐいながら、興味津々の目を向ける。
「他にって言われてもな……おれもこの能力使えるようになったばっかだから、よくわかってないんだよ。でも、あまり目立ったことすると――だからさ」
そう言ってユキチは、自分の首を切るジェスチャー。
「なるほどねー。なんかその感覚、あたしのオリジナル魔法に近いかも」
アリシアはグラスをくるりと回し、うっすら笑う。
「やりすぎるとうまくいかなくなるから、ほどほどを狙う感じ」
「オリジナル魔法?」
ギルが聞きなれない単語に反応する。アリシアは「あっ」と小さく口を開き、視線をそらした。だが、観念したように笑って肩をすくめる。
「まぁ、ギルならいいか。あのね、あたし神聖魔法を研究してたら――対象をくしゃみさせたり、小指の痛覚を過敏にしたりする魔法ができちゃったの」
「……どんな研究してたのよ。ほとんど呪いじゃない」
ルイスが思わず吹き出す。
「え? ギル気づいてなかったのか? 結構頻繁に使ってたけど」
「……いや、なんか魔法唱えてるな。とは思ってたが、まさか神聖魔法を改造していたとはな。――知ってたら止めてたぜ」
ユキチの問いに、ギルはフォークを持つ手を止め、難しい顔でアリシアを見つめた。ランタンの明かりが、その瞳に揺らめく。
「なるほど。神聖魔法を……そのような使い方をするとはな」
一瞬の沈黙。アリシアの背筋がピンと伸びる。内心ひやひやしながら、笑ってごまかそうと口元を引きつらせる。
だが――返ってきたのは、意外なひとことだった。
「すごいな! そんな発想、おれにはできなかったぜ!」
「えっ……?」
驚くアリシアをよそに、ギルは笑って人差し指を口に当てる。
「まぁ、教会的にはちょっとマズいから、おれたちだけの内緒にしとこうぜ」
そう言って、ニカッと歯を見せて笑う。その笑顔に、アリシアはようやく息をついた。
「よ、よかった……てっきり説教されるかと思ったよ」
「何を言う。探究心は人間の一番大切な気持ちだろ!」
ギルはジョッキを軽く掲げる。
「他人に何を言われようが、好きなことはやったもん勝ちだぞ」
「……ギル、いいこと言うじゃない。でも、だからって、飛行テストに他の人を巻き込まないでくれよ……」
ルイスもにんまりと笑ったが、昼間の“エア・グライダー事件”を思い出して、またテンションが下がる。
「あぁ! あれはごめん! でもできると思ったからさ! 実際できたし!」
ギルは慌ててフォローするが、正直ルイスには全く響かない。
そんな中、アリシアはすでに別のことに気が付いてしまった。
「ねぇユキチ」
「ん、なんだ?」
「前にさ、あの光の魔法、作り直してくれたじゃん?」
「あぁ、アリシアビームな」
「あれ、すっごく使いやすくなったの! ……もしかしてさ、他の禁呪系の魔法も、あたし用にカスタマイズできたりする? ってか、今アリシアビームって言った?」
「……言ってないよ。ってかアリシア、おまえ、禁呪を使いこなして世界征服でも狙うつもりか?」
「ちがうちがう!」
アリシアは両手を振って否定する。
「これからあのリュートと正面切って戦うことになるなら、使えるものは全部使いたいなって思っただけ」
「まぁな……気持ちはわかるが、禁呪ねぇ。できるできないで言ったら、たぶん――できる。魔法を一から作るのは時間かかるけど、既にある魔法なら改良は早いかもな。威力が落ちるかもしれないけど、考えておくよ」
「ほんとに?」
アリシアの瞳がぱっと輝く。
「ついでに、アリシアのオリジナル魔法も強化できるかもしれない。希望があれば言ってくれ」
「えー、ほんとにー!? じゃあ、はがれたかさぶたの裏に――」
「いや! なんだかわからないけど、聞きたくない!」
アリシアが魔法の説明を始めようとすると、ルイスから拒絶反応が出る。
「――地獄だな」
その先を想像してギルも身震いする。その横で、ぷるぷると震えるラムネがテーブルの上に乗り、“ぼくにも何か魔法ちょうだい”とでも言いたげに弾んでいる。
「わかったわかった」
ユキチが笑う。
「やりたいことがあればアリシアに伝えてくれ。アリシアの希望と一緒に考えておくよ」
「やったね、ラムネ!」
アリシアがラムネを持ち上げると、ぷにゅっと音を立てて跳ねた。
ユキチは続ける。
「ギル、ルイス。おまえたちも何かあれば言ってくれよ。できるかどうかはわからないけど、アリシアの言う通り、持ち駒は多いに越したことはない」
ギルは腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「ありがとう。考えてみるよ。……ちなみにだが、おれの身体強化魔法の“老化デメリット”をなくすとかもできるのかな」
「どうだろうな。――魔法の術式を直接見てみないとわからない。あとで詳しく教えてくれよ」
「助かる」
ギルは静かに礼を言った。
「じゃあ、わたしは!」
ルイスが勢いよく手を挙げる。
「ルメールみたく、ブレスを吐きたい!」
「ブレス……って、ドラゴンブレスか?」
「うん! めっちゃかっこいいじゃない? 炎でも氷でもいいの、何か吐いてみたいの!」
「そ、それはなかなか難易度高そうだな……」
ユキチは苦笑しながら頭をかく。確かルイスの職業は戦士。魔法力も低く、とてもブレスを吐けるステータスではない。
「ちょっと時間をくれないか。似たようなことができないか調べてみるよ」
「ありがとう! うれしいな!」
ユキチの気持ちも知らず、ルイスは尻尾をぶんぶん振りながら、グラスの酒を一気に飲み干した。
「ルメールは……このままで大丈夫そうだな」
ユキチが視線を向けると、ルメールはテーブルの下で丸くなって眠っていた。ステーキをたらふく食べたからだろう。小さな羽根がぴくぴく動き、寝息に合わせて尾が揺れる。
「寝る子は育つっていうけど、さすがに寝すぎじゃないか?」
「それがルメールの“充電”なんだよ、きっと」
「こいつの場合、充電しかしてない気がするけど」
ユキチとアリシアが笑って肩をすくめる。そんな和やかな時間の中――突然、みんなの魔法の腕輪が軽く震える。
「シーキュー、シーキュー……」
腕輪から聞こえるのはアルドラの声。ハセガワと連絡が付いたようだ。アリシアが残ったご飯を慌てて口にほおばる。




