第79話 聖都アルカナ
「ねー、どこの宿もいっぱいなんだけど」
「困ったな」
不平たらたらのアリシアに困り顔のユキチ。アルカナはサミットが開催されるということで、辺りは各国の関係者でごった返していた。街の中央広場には旗と看板が並び、屋台からは肉の焼けるにおいや、甘い香りが立ちのぼっている。
「こうなったら、先にハセガワにコンタクトとってみようか。うまくいけば宿も抑えてくれるかもしれない」
そう言うと、ユキチは腕輪を口の前にもってきて、呪文を唱える。
「シーキューシーキュー、こちらユキチ。アルドラ、聞こえるか?」
しばらくすると、腕輪から返答があった。
「ユキチさん、聞こえてます。どうしましたか?」
「アルカナに着いたので、ハセガワとコンタクトを取りたい。ついでに宿の手配も依頼したいのだが、可能だろうか」
「わかりました。少し時間がかかるかもしれません。ちょっと待ってくださいね」
「助かる。じゃ、先に夕飯食べてるよ。よろしく頼む」
「任せてください」
通信が切れる感覚が腕輪に伝わってくる。
「ちょっと時間かかるって。先飯食おうぜ」
「すごい。今の会話、あたしにも聞こえてた」
「わたしも」
「すごい魔法だな」
みんなこの腕輪の技術に感心する。
「これ、ひょっとして別行動の時にも会話できて便利なんじゃない?」
「そうだな。戦いのときに別行動の仲間と連絡が取れるのはかなり便利だ」
「違くて! 混んでるお店の席取りに便利って話よ」
「あぁ……」
残念な何かを察して遠い目をするギル。
「……そうだな。席取りに便利だ」
みんな優しいまなざしをアリシアに向ける。
「……なんか今、バカにされた気がするんだけど?」
「気のせいだよ」
ユキチが肩をすくめ、笑いをこらえる。そして話を戻してギルに質問する。
「ところでギル。大司教なんだから、ここには来た事あんだろ? どこかお勧めのお店はあるかな?」
「あ……アルカナに、おいしいお店は――あるかな?」
ルイスが突然つぶやく。
「どうした、ルイス?」
「どこか悪いの?」
ルイスの口から、彼女に似つかわしくないオヤジギャグが飛び出して、動揺する仲間たち。
「……しにたい」
ルイスはうつむきながら、耳まで真っ赤。
「 ふふふ。おれは好きだぜ! ルイスのそのギャグ。でもなぁ、ここに来るときは、たいてい教会で食事を済ませるからな。すまん。街中の食堂はよくわからん」
気を効かせて、話題を戻すギル。
「そうかー。しょうがないな。みんなは何が食べたい? アルドラには申し訳ないけど、観測所では味気ない食事しかなかったから、おれは正直がっつりと肉が食べたい」
ルイスの状態を気にしながらも、ギルの話題の流れに乗っかる。
「 分かる! あたしもお肉食べたい! ルイスは?」
「いいよ。どこでも」
ルイスはいまだに、ショックから立ち直れずにいた。低いテンションでやる気なく回答する。
「よーし! おいしいお肉屋を探すぞー!」
肉の焼けるにおいをかぎ分けようと、鼻をひくひくさせるアリシア。
「 そういうことなら、実は試してみたいことがあるんだ」
そう言うと、ユキチはおもむろに首輪に触って呪文を唱える。
「――エグゼクト」
すると、ユキチの目の前に黒いウィンドウがあらわれた。
「ここで、こうして……と」
list restaurant,
distance < 500m & keyword="steak" & score > 3.5
>>plot map radius=600m
display map
指を動かして、何やら変な文字を入力する。するとしばらくして、黒い画面の上に地図が表示された。
「うまくいった!」
うれしそうなユキチ。
「すごい。地図が出てきた」
アリシアが目を丸くする。黒いウィンドウには、ユキチが持っている地図と違い、街の俯瞰地図が浮かび上がっている。道には小さな光点が点滅していて、宿や食堂の場所が示されているようだった。画面の端には「スコア」「レビュー」などの見慣れない文字が並んでいる。
「これは面白い……」
ギルが目を細める。みんなで地図を覗くと、ユキチが説明する。
「この中心の点がおれたちな。で、この変な形のマークがそれなりにおいしいお肉が食べられるお店。星マークが多い方が評判が高いぞ」
「なるほど。こう見ると、近くに3軒もあるな。みんな同じレベルだな」
ギルが早速地図の見方を理解する。
「え、なにそれ、すごい!」
アリシアも大興奮。
「じゃあ、この近くのお店はどんな感じかな……っと」
ユキチが指先でひとつの光点をタップすると、黒い画面が拡大し、店の名前と説明文が浮かび上がる。
【グリル・ド・ヴァンブラン】
名物:アルカナ牛のステーキ
評価:4.8/5.0
混雑度:やや高。空席あり。
「アルカナ牛……」
アリシアがごくりと唾を飲み込む。
「名前からして高そうだが……」
ギルが苦笑いする。
「いいじゃん、今日くらい。エクシリア帰還記念ってことでさ!」
「わかった。わかった」
アリシアの執着心に根負けするギル。
「で、場所は、この四角がこの建物だから、そこの先の角を左に曲がってすぐだね」
ユキチが地図を見ながら、店の場所を確認する。
「本当にあるのかなぁ~?」
そう言いながら、アリシアはわくわくした様子で先に走っていった。
「すごいな、ユキチ」
ギルも関心する。
「へへへ、アルドラとの集中特訓の成果だよ。早速役立ってよかった」
「でもさ、この能力、宿探すときに使えばよかったんじゃないか?」
「……そう言われれば……。まぁ気付くのが遅かったってことで」
ユキチは頭をかきながら苦笑いする。その時、通りの向こうから元気な声が響いた。
「お店、あったよー! しかもすごいおいしそう!」
アリシアが両手を振りながら駆け戻ってくる。
「よし! 今日くらいは奮発するか!」
ギルが笑って、ルイスの肩をぐいっと引き寄せる。
「ほら、ルイスもいつまでもくよくよしていないで、行くぞ!」
「……うん。肉、食べる」
「よーし、ルイス。復活だ!」
ギルは自分がその要因を作った元凶だと気づかないまま、ルイスを肩を組んで道を歩く。街の通りには、異国の客や冒険者たちが行き交い、通り全体が宴のような活気に包まれていた。目的の店――「グリル・ド・ヴァンブラン」は、煉瓦造りの二階建て。扉の上には金色の牛の紋章が掲げられていた。
「おおう。――見るからに高そうなお店……」
「なぁに、いざとなったら、また商業ギルドのギルドカードを見せて、オルネアに泣きつこうぜ!」
聖職者とは思えない提案をするギル。「がはは」と笑いながら、重厚な扉を押した。温かな光と、焼けた肉の香りがふわりと外へ流れ出す。




