第77話 マシュロ山 再び
聖都のおいしいお店
特別にあたしが教えてあげる
──満腹の書 第7章「いいお店の見つけ方」より
「うわ、身体、重!」
エーリス大神殿に戻ってきたアリシアの一言目はそれだった。
「この身の重さ……魔力枯渇した身体に堪えるぜ……」
ユキチも同じく地面にへたり込み、額に汗が浮かぶ。
「ちゃんと筋トレしたのに……」
ルイスも、あのふわふわする空間を懐かしみながら、足を引きずって歩く。その隣でラムネがぺったりしている。
「おまえまでへたってんのか……なんだかくったりしてるぞ」
ユキチのつっこみに、ラムネは「ぷる……」と申し訳なさそうに震えた。
「さぁ、聖都アルカナはこの山の向こう側だ」
唯一元気なギルが指をさす。山の尾根を越えて反対側に行くと、確かに遠くの眼下に――放射線状に整備された巨大な都市が広がっていた。放射線の中心にはひときわ大きい白い宮殿がそびえている。
「きれい……これが、聖都アルカナ……」
「中央に立っているあの建物が、教皇様がおられるアルカナ宮殿だ。サミットもあそこで行われるはずだから、まずはあそこを目指そう」
ギルが説明する。
「でも教皇様ってそう簡単に会えないんじゃないの? 会見の予約をして、許可が下りたとしても会えるまで数カ月かかるって聞いたことあるけど」
「なぁに、今は非常事態だ。なんとかなるさ。――最悪、いつでも使えるようになったそのビームを見せてやれ。教会関係者なら、それだけでわかるはずだ」
アリシアの懸念にギルが軽く笑ってみせる。
「ちょっと待ってよ! あたしに聖女役をやれっていうの?」
「おまえ、ほとんどそうなってるじゃねぇか」
ユキチがつっこむ。
「でも教皇の前でそんなことしたら、もう後に戻れないじゃない……」
「悪いが、すぐ教皇に話をつけるにはそれが一番手っ取り早い」
ギルの声が低く響く。目が全く笑っていない。
「……ほんと、アンタたちってあたしをうれしそうに追い詰めるわよね」
アリシアがため息をつく。
「そういうなよ。ビーム聖女様のお通りだ」
「やめてって!」
アリシアの蹴りがユキチの尻に飛ぶ。「いってぇ!」まだ動けないユキチの悲鳴と共に笑い声が上がる。そのなかルイスが何かを思い出す。
「そういえばアルドラが、誰かに会って新しい刻印を教皇に渡してって言ってなかったっけ? ええと――」
「ハセガワ」
ギルがその名前を答える。
「そうそう。ハセガワさんだ。そのハセガワさんに相談したら、目立たずに教皇につないでくれるんじゃないのかな」
「さんせー!」
ルイスの提案に、アリシアが即座に挙手。
「ギルは隙あらば、あたしを聖女にしようとするからキライですー!」
「いや、そういうつもりはないんだが……すまん。その通りだな。考えが足りなかった」
ギルは素直に頭を下げる。
「わかればよろしい! じゃ、まずはそのハセガワさんに会いましょう!」
アリシアが胸を張って宣言する。
「“会いましょう!”って簡単に言うけど、この広い都市からどうやって探すんだ?」
ルイスが首をかしげる。
「そんなときのために、これがあるんじゃないか」
ユキチがまだ床に転がったまま、手首を持ち上げて見せる。腕輪が太陽を反射して光る。
「あ、魔法の腕輪!」
ルイスが思い出したように声を上げる。
「そう。これでアルドラ経由でコンタクトを取ったらいい」
「確かに……彼なら、どこにいるか教えてくれるわね」
アリシアも納得してうなずく。
「よし、そうと決まれば、下山するか。ユキチ、あそこまでは瞬間移動できないんだよな?」
「あぁ。行ったことない場所には転移できねぇ。地図に記録がないしな……それにまだ魔力が回復してない。しばらく休ませてくれ」
ユキチは床に座ったまま手をひらひらと振る。
「しょうがないな。また六脚車で下山するか。あれは早いけど、目立つんだよな」
ギル車の方をちらりと見る。
「聖都に着いたとたん、また衛兵に囲まれるのはごめんだぜ」
そのとき、
「ぷる!」
ラムネが何かを主張している。
「ん? なんだ? アリシア、すまない。通訳をしてくれないか」
「まかせて!」
アリシアは目を閉じ、従魔契約を通じてラムネの言葉を聞く。
「うん、うん。なるほどね! ――分かった! ギルにそう言えばいいのね」
アリシアはにっこり笑って振り向く。
「えっとね、この車、空は飛べなくても、翼があれば“空を滑れる”って言ってるよ」
「滑れる?」
ギルが眉を八の字にする。
「この高さなら、勢いをつければ紙飛行機みたいにシュッといけるはずだって!」
「なるほど、紙飛行機の要領か……」
ギルが腕を組んでうなる。
「面白い。着陸に不安はあるけど、確かに行けるかもな」
そう言って、ぶつぶつと考え始める。
「すると翼の形状は……こんな感じでどうだろう? ラムネ」
ギルが地面に図を描き始める。
「ぷる!」
ラムネが大きく震え、賛同の意を示す。
「おいおいおい、空を滑るってほんとにやる気かよ……無難に普通に歩いて下りようぜ」
ユキチは床でため息をつく。だが、ギルとラムネの議論は止まらない。
「翼の角度は15度でどうだろう」
「ぷる!」
「あぁ、確かに。滑るだけならもう少し角度をつけるか。――素材は布をベースにスライムの膜で保護する形でいいかな?」
「ぷるぷる!」
もはや完全に自分たちの世界に入り込んでいる。ユキチは手で顔を覆いながらつぶやいた。
「……あーもう、不安しかねぇ」
そんなユキチの嘆きも虚しく、車に“翼”を取り付けるという前代未聞の計画が、静かに始動したのだった。そしてしばらくして――
「みなさん。お待たせしました! 長年の人類の夢がここに誕生しました! その名も、エア・グライダー!」
ギルとラムネが自慢げに新しい車を紹介する。車体が太陽の光を反射してきらりと輝く。車体には流線形のフレームが追加され、屋根には鳥ような翼が付けられている。その姿は、まさに空飛ぶ馬車。
「なぁ、これ本当に大丈夫なのか? できればこういうのは、実験を繰り返して安全性を確認してからにしてくれないか……」
ユキチが疲れ切った声で言う。
「おれの工学技術とラムネのサポートがあれば、理論上は大丈夫! ほら、乗って、乗って。歩いて下ってたら夕飯時を逃しちゃうぞ」
ギルは白い歯を見せてにかっと笑う。
「それは大問題ね! みんな! 今すぐ出発進行よ!」
アリシアは事態の深刻さを理解せず、いの一番に危険な乗り物に乗り込んだ。
「頼む……スピードよりも命を大切にしてくれ……」
そうつぶやくユキチは、ギルに担がれて座席に座らされる。車内のレイアウトも少し変わっていた。座席のスペースは狭くなり、椅子には身体を縛るひもが付いていた。
「なんかあるといけないからな。この縄で体を縛って固定してくれ」
ギルは座席についている紐を指さして説明する。
「なんだか緊張するわね。これ、縛らなくちゃダメ?」
アリシアは必要ないんじゃないと、抵抗を試みる。
「あぁ、空飛んでる間に身体が宙に浮くと、着地した拍子に床に叩きつけられるからな。しっかり椅子と一体化しておいてくれ」
「はぁい。ほら、ユキチはあたしが縛ってあげるね」
ギルにあっさり論破されて、アリシアはまずは抵抗できないユキチを先にぐるぐる縛った。
「おい……ちょっと待て……おれが動けないのをいいことに。ちょっと縛りすぎじゃないか? そこ首――縛ったらマジで死ぬぞ……」
「大丈夫。何かあってもあたしが守ってあげるわよ」
会話が通じない。
「ぬ……ひもが届かない……」
身体が大きいルイスもてこずっていたが、ギルから追加のロープをもらって、なんとか固定できた。ルメールは「空飛べるからいいか」という理由でアリシアの膝の上に落ち着いている。最後にアリシアも自分をぐるぐるに縛ると、準備完了だ。
「よし、準備できたか? おれたちは、これから歴史に名を刻むぞ!」
ギルの声が車内に響き渡る。
「うぅ……頼む……そういうのは研究所でやってくれ……まだ間に合う……」
ぶつぶつつぶやくユキチをよそに、車は崖に向けて一直線に走り出す。
「ラムネ! 行くぞ!」
「ぷる!」
ギルの叫びに応えるように、車はスピードを上げる。




