ラムネ
ラムネを抱えていたアリシアが、目を開ける──
「──ラムネと、無事お話しできたわ」
焚き火の前に座り、アリシアがぽつりと語り出した。
「サイトーが突然いなくなった夜の話からでいいかしら。あの日、ラムネはサイトーと一緒にいたらしいんだけど、サイトーが突然謎の光りに包まれたんだって。ユキチも一緒にいたって言ってるけど、あんた覚えてる?」
「ん……残念ながら覚えてない。多分その時俺は寝てたよ。」
「そうなの。……で、ともあれサイトーが光に包まれたかと思ったら消えちゃって、その瞬間、ラムネは意識を失っちゃったんだって。あたしが思うに、テイム契約が切れちゃったんじゃないかな。」
「……野生化、か」
「そう。野生化。そしてしばらく野生の状態でふらふらしていたらしいんだけど、ふと、テイムされていた頃の、ラムネとしての意識が戻ってきたんだって。でも完全にってわけではなくて、野生の本能と、テイムされてた頃の記憶とがごっちゃになって……もう、本人も訳がわかんなくなったって」
話を続けるアリシア。隣で頷く(?)ラムネ。
「体も自由に動かないし、頭の中もぐるぐるで、自分がどうなってるのかもよくわかんない状態。そんな状態でしばらくさまよって、数週間前にこの街にたどり着いたのよ」
「で、ふと思いついたらしいの。スライムだから分裂しちゃえばいいんじゃないかって」
「……スライムならではの発想だな」
「ふふ……。そうね。それにしてもよかったわね。もしも、あんたがラムネのように意識が混在しちゃってたら、身体が真っ二つだったかもよ。」
「そんな冗談やめてくれよ」
「ごめんごめん。ともあれ、ラムネは頑張って──ちゃんと分かれたのよ。野生の本能だけで動くスライムと、人間と過ごした記憶を持つスライムに」
「なるほどな。で、ここにいるのは……」
「記憶を持ってる方。つまり、テイムされてたあんたの知ってるラムネね。でも、体のほとんどは野生のラムネに持っていかれちゃったの。分かれた瞬間に、抵抗するラムネを最低限の分だけ置いて、さっさとどっか行っちゃったらしいわ」
「……あぁ、だから今のラムネはこんなにかわいいサイズになってしまったのか。」
ユキチはラムネをしみじみとつつく。
「で、残された方のラムネは、分裂には成功したけど、ちっちゃくなって生きるのにも限界な状態。このままだと、誰にも気づかれず、道端で干からびちゃうと思っていたところに──トネリが通りかかったの」
「トネリは弱ってるラムネを見ると、まるでそうするのが当然のように拾って、ポケットに入れて、お水をくれたんだって。おかげで助かったって言ってるよ」
「……トネリは本当にやさしいな。それにしても、そんな優しいトネリを聖水まみれにしたひどいやつがいるらしいぜ。」
トネリが照れ臭そうにうつむく。アリシアもうつむく。
「まぁ、そんなこんなあったあと、色々あって、今のラムネはトネリの体の中に、ちょびっと間借りして住んでるんだって。」
アリシアはふっと笑う。その色々が気になるユキチ。
「住まわせてもらうお礼に、トネリが変なものを食べちゃった時は、トネリの代わりにラムネが先に消化しちゃうんだって」
「えぇ……まぁ、トネリがいいなら、それでいいか」
「うん。あたしたちがどうこう言うものじゃないわね」
アリシアは軽く笑って、ユキチと一緒にラムネをつつく。
「今はこんな小さくなっちゃったけど──ラムネは言ってたのよ。またサイトーに会えた日のために、ちゃんと力を取り戻さなくちゃって」
ユキチは返事をしなかった。ただ、火の奥を見つめたまま、目を細めていた。
「そうか……大変だったんだな、ラムネ」
ユキチはぽつりと呟いた。
「トネリも、俺の友達を助けてくれてありがとう」
小さな少年が目を伏せて、頬を染める。
「サイトーの行方については手がかりなしか……ま、わからないことだらけだけど、旅してればいつかは出会えるさ。きっと……」
自分に言い聞かせつぶやくユキチ。そしてふと思い出したように、ユキチはラムネに別の質問をする。
「なあ、ラムネ。ところで、“星の卵”って言葉、聞いたことあるか?」
ラムネは、しばらく考えた後、左右に揺れて──静かに首(?)を振った。
「……だよなぁ。何なんだろうな、星の卵って。なんとなくサイトー絡みなんじゃないかなかなと思ったんだけど、違うのかなぁ」
「ほんとにね……神様、ヒント少なすぎ……」
アリシアもつい一緒になって愚痴る。そしてマシュマロをクラッカーに挟んで頬張る。
「なんだその食べ方。うまそうだな。」
ユキチもマシュマロをもらいに行こうとしたその時──
ズンッ……。
地面が、低く鳴った。
焚き火の炎が一瞬、ふわりと跳ねる。
「……ん?」
アリシアが眉をひそめる。次の瞬間──
ズズズ……ゴゴゴゴッ!!
突き上げるような揺れが、グラスノヴァの街全体を襲った。
石畳が軋み、地鳴りが空気を震わせる。
「地震……!? いや、この規模……!」
「やばい、これ──ただの揺れじゃねぇぞ!」
空が、不気味に唸る。