第74話 エグゼクト
「でもさ、普通に"800年前"とか言ってるけど、アルドラって何歳なの?」
アリシアが半分冗談、半分本気の顔で首をかしげる。
「私ですか? この施設と一緒にできたので、だいたい3000歳ってところでしょうか」
あまりにさらりと答えるアルドラに、空気が一瞬止まった。
「さ、3000歳?」
アリシアが思わず裏返った声をあげる。
「はい。私はこの施設を管理するために作られたプログラムです。この姿は皆様にわかりやすくしているだけで、実際には私には肉体はありません。もしくは、この施設そのものが私の身体とも言えます」
淡々とした声に、どこか誇らしげな響きが混じっていた。
(ユキチ、何言ってるかわかる?)
アリシアがひそひそ声で聞く。
(おれにわかるわけないだろ。でもこの建物は3000年前からあったってことだよな。神話だよ。神話)
同じく小声で返すユキチ。簡単に計算して、自分の千倍生きていることになる。
「ところで、この施設に他のスタッフはいないのかい?」
ギルが質問する。腕を組み、周囲の無機質な壁や光るパネルを見回しながら。
「今はいません。時々ニシムラのような調査員が派遣されることはありますが、基本的には私一人です」
「それはさみしいね。あたしなら1週間と持たないわ」
アリシアがアルドラの答えを受けて、思わず身震いする。
「そんなことはないですよ。エクシリアの変化と発展を見守るだけで、毎日楽しめます」
アルドラは小さく微笑む。プログラムなのに、不思議と温かみがある。
「3000年もの間、ずっと……? 一人で……?」
ルイスが呟くように言った。
「ええ。色々な国の興亡や、人々の出会いと別れを見てきました。皆さんが見ている“今”は、私にとってはほんの一瞬ですが、そのどれもが愛おしいものです」
アルドラの声は淡々としていたが、積み重ねられた年月の重みが感じられた。
「……なんか、すげぇ話になってきたな」
ユキチが頭をかいてぼそりと漏らす。
「さて、長い話になってしまいましたが、最後に一つ」
アルドラが、静かに姿勢を正した。
「ユキチさんはシステム管理者として登録されているようですが、具体的にどこまで権限が与えられているのか、確認したほうがいいでしょう」
「お……おう……」
ユキチは、ここにきてまた自分の話かと緊張する。
「とりあえず、首輪に触って“エグゼクト”と唱えてみてもらえますか?」
「こうか?……エグゼクト――」
ユキチが恐る恐る首輪に手を添えて呪文を唱えた瞬間、彼の目の前の空中に黒いウィンドウがパッと開いた。薄く光る黒いパネルとキーボードが宙に浮かんでいる。ウィンドウの左上では白い四角が、何かを待つように点滅していた。
「おお! 疑っていたわけではないのですが、本当に出ましたね」
アルドラの声にわずかに高揚した響きが混じる。
「あとでマニュアルをお持ちしますので、是非その使い方を覚えてください。これからの旅に役に立つかと思います」
「――おれ、この黒い窓、知ってるぞ……サイトーがおれに見せてくれたことがある」
ユキチは目を細め、懐かしい思い出を指でなぞるように、黒い画面にそっと触れた。
「こうだったかな……」
人差し指でぎこちなくキーボードをたたく。
――PLAY MUSIC 3――
瞬間、無機質な部屋にムーディーな音楽がふわりと流れ出した。
「え、どこから聞こえてるの? この音楽?」
アリシアが目を丸くする。耳を澄ましてもその音の発信源がはっきりしない。
「不思議だよな。サイトーはこれでよく音楽を聞かせてくれたよ。おれはてっきり、この黒い枠は音楽再生の魔法だと思っていたけど、違うんだな」
ユキチは画面に映る白いカーソルを見つめながら、ぼそりと呟いた。
「はい。こちらのコマンドウィンドウを使いこなせれば、大抵のことはできるようになります。どこまでできるかは権限次第にはなりますが」
アルドラの声が、低く柔らかく響く。
「ちなみに、皆様がお使いの魔法も、元をたどれば、ほとんどがこのコマンドウィンドウで作った呪文が基礎になっています。もはや誰も意識されていないでしょうが……」
「え、じゃあもしかして、禁書に記載されていた呪文も……」
アリシアが思わず身を乗り出す。
「はい。あれも、シャルルさんに依頼されて作ったものですね」
アルドラはあっさりと言う。
「つまり、この黒い四角を使いこなせれば、禁書級の呪文も作れるってことか?」
ユキチは恐る恐る黒い画面を指さした。画面の向こう側に無限の可能性と、危険性を感じる。
「はい。お望みであれば、それ以上も」
アルドラはユキチに微笑む。
「ただ、気をつけていただきたいのは、あくまでもその目的がエクシリアの発展につながるかどうかです。純粋な破壊目的や、世界のバランスを崩すほどの行き過ぎた行為は、強制退会の危険が伴いますので、ご注意ください」
「おれにこの能力を付与したサイトーのように……か」
ユキチの声がわずかに震える。首輪が冷たく感じるのは気のせいだろうか。
「そういうことです」
アルドラは警告の意味も込めて、はっきりと答えた。
「……なるほどな。用法、用量さえ守れば、最高の武器になるぜ。どこまでできるか知っておくのは、大事だな。ユキチ、頼んだぞ」
ギルがユキチの背中を軽く叩く。
「これで一旦お話は終わりになります。何かほかに質問はありますか?」
アルドラが優しく問いかけると、無機質な観測所に一瞬だけ静寂が訪れた。
「はい!月のご飯が食べてみたいです!」
アリシアが勢いよく挙手し、目を輝かせて要望を出した。
「私は基本食事をしないので、質素なものしかありませんが、それでよければ……」
アルドラは少しだけ首をかしげて微笑む。
「やったー!」
アリシアは両手を広げて子どものように喜んだ。ギルとルイスも顔を見合わせて苦笑する。
「では、食事が用意できるまで少々お待ちください」
「はーい!その間にこの板に触ってもいい?」
アリシアがアルドラの隣のステータス測定器を指さす。
「いいですよ。使い方はもう大丈夫ですね」
「うん!」
アルドラはアリシアの返事を確認し、軽く手を振ると、現れた時同様、ブン――というかすかな音とともに、ふと消えた。
主人がいなくなった観測室が静寂になるわけもなく、アリシアたちは早速自分たちのステータスを確認しようと、板の周りに集合した。
「最初はあたしねー!」
アリシアは、ずっと待ってましたとばかりに板の前に立つ。




