第72話 ユキチ
「なんとなく、ユキチは普通のゴブリンとは違うと思ったよ」
ギルが感心したように言う。
「あたしは最初から分かっていたけどね」
アリシアは、いつもの調子で胸を張る。
「……まぁ、ゴブリンがしゃべったら、普通ではないってわかるよな」
ユキチが呆れ顔をする。
「でもよ、もしかして、おれが食材が食べられるかどうかわかったり、知らない言葉を急につかえるようになるのは、そういうこと?」
ユキチがふと気が付く。
「――おそらく首輪の効果によるものでしょうね」
その問いに、アルドラが答える。
「私もサイトーさんが具体的にユキチさんにどのような能力を設定をしたのか興味があります。――もしよければ、詳しく調べますので、こちらのプレートに手を置いてみてもらえますか?」
その時、アルドラの脇に、人の背の高さほどの四角い金属の板が、無音で現れた。
つるりとしていて、光沢を放っている。
「これは……?」
ギルが興味津々で身を乗り出す。
「ステータス測定器です」
「ステータス?」
ユキチがつぶやく。
「はい。あくまでも参考程度ですが、こちらに手をかざすと、その方の色々な情報が表示されます。是非こちらでユキチさんのステータスを確認してみてください。ステータスは個人情報ですので、もし気になるようであれば、私たちは退席します」
アルドラが淡々と告げる。
「わたしたちって、私も?」
アリシアが思わず反応する。
「はい。個人情報ですので、本人の許諾なしには見てはいけないルールになっています」
アルドラは通り一遍の説明をする。
「あぁ、いいよ。特に秘密にすることもないし。皆で見ようぜ」
アルドラの懸念を気にすることもなく、ユキチは板に右手をかざした。すると、板の表面に文字が浮かび上がる。薄青く発光しながら、無数の記号や数字が流れ出すが、どれも見慣れない不思議な字で書かれていて良く読めない。
「な、なにこれ。古代神聖語でもなさそうだし……どこの言葉?」
アリシアは文字が読めないことに文句を言う。
「あ、すみません……設定が初期状態のままでしたね」
アルドラは板の脇に手を伸ばし、指先でちょんちょんと触れる。――すると、板の文様が何度か切り替わり、何回目かの変更でユキチ達にも読める文字に変わった。
ID:AES4339478264827346U234
名前:ユキチ=サイトー
種族:ホブゴブリン
性別:女
年齢:2
レベル:37
職業:トラベラー Lv4
HP:721/721
MP:126/128
攻撃力:102
守備力:45
筋力:97
体力:176
魔力:30
素早さ:219
身長:145cm
体重:37,2kg
戦闘スキル:体術 Lv7、ナイフ使い Lv4
補助スキル:危険察知 Lv4、言語習得 Lv4、気功 Lv1、魔素操作 Lv1
捕捉事項:サイトーの従魔、システム管理者、マップ踏破率4%、右手損傷
「おお!なんだこれ。おもしろい」
ユキチが自分の情報を見て、子どものように目を輝かせる。
「ステータスのうち、主要なもののみを表示するようにしていますが、大まかな状況を把握するには十分なはずです」
アルドラが解説する。
「へー。……って、ユキチ、あんた女なの?」
アリシアが真っ先に食いついたのは性別の欄だった。そこには確かに"女"と書かれている。
「いや、魔物に性別はないって前に言ったじゃん……って、はぁ? ホントだ。おれって女なの?」
ユキチも二度見する。
「それに3歳って、人間だと何歳くらいなんだろうな。勝手に年上だと思ってたけど、もうよくわからなくなったよ」
ルイスもユキチの個人情報に興味津々。
「ふむ。ゴブリンの3歳は、人間にすると二十歳前後じゃないかな」
ギルが横から補足する。
「攻撃力とか守備力とか、その辺の数字が高いのか低いのか、よくわからないな。それになんだろ、このHPとかMPって」
ギルの目はステータスの数字部分に釘付けだ。
「HPは生命力で、0になると死にます。MPは保有魔力で、0になると魔力枯渇状態ですね」
アルドラが解説してくれる。
「へー、数字にされるとなんだか変な感じね。アルドラ、あとであたしもこれ触ってみたい!」
アリシアが目を輝かせる。
「はい。もちろん。いいですよ。それにしても……面白い」
アルドラまでもが興味津々にユキチのステータスを食い入るように見据える。
「トラベラーという職業も興味深いですが……それよりも、この一番下の補足事項にある――"システム管理者"。これはすごいですよ!」
興奮気味のアルドラに、場が一瞬シンと静まり返る。
「……失礼。あまりにもイレギュラーな情報が多く、興奮してしまいました」
アルドラは慌てて咳払いをし、トーンを戻した。
「これではっきりしました。ユキチさん、あなたは大変特殊な状態にあります」
アルドラの声は、いつもよりずっと低く、重く響いた。
「こうなってしまっては、選択肢が2つしかありません」
アルドラはゆっくりと人差し指を立てる。
「ひとつは、魔法の首輪を解除して、ただのゴブリンとして生きること」
「……ただの、ゴブリン」
ユキチが小さくつぶやく。続けてアルドラは中指を加える。
「もうひとつは、今の状況を受け入れて、ソーマプロジェクトのメンバーとして私たちの仲間になること」
場が静まり返る。アリシアも、ギルも、ルイスも、誰も言葉を発せない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
沈黙を破ってユキチが声を荒げる。
「いまのまま旅を続けちゃダメなのか?」
アルドラは目を閉じ、少しだけ間を置いてから答えた。
「この状況のまま放置すると、おそらく、サイトーさんと同じように……いつか強制退会させられる可能性が高いです」
「マジかよ……」
ユキチの肩が小さく震える。
「ちなみに、普通のゴブリンに戻った時って、今ある記憶とかはどうなるんだ?」
ユキチがかすれた声で尋ねる。
「すみません。前例がないので、なんともお答えできませんが、おそらくこの間の記憶はなくなるものと推測されます」
アルドラの口調はあくまで穏やかだが、その内容は容赦なかった。
「なんだよ、それ……もう選択肢が無いのと一緒じゃねぇかよ……おまえらの仲間になるしかないじゃん!」
ユキチは両手をだらりと下げ、うつむいた。
「ユキチ……それなら、あたしも仲間になる!」
アリシアが突然、勢いよく手を挙げた。
「いや、おまえは関係ないじゃん」
ユキチが思わず振り返る。
「関係ないなんて言わせないわよ! あたしたち、ここまで来た友達じゃない」
アリシアは腰に手を当て、挑むようにユキチを見据える。
「それとも何? ユキチはあたしを友達とは思ってなかったってこと?」
「いや、そういうわけじゃないけど、聞いてたろ? アルドラの仲間になるってことは、こいつらの上役の機嫌次第で消される可能性もあるってことだぞ」
ユキチが苦い顔で言う。
「そんなの、教会にいたって一緒よ」
アリシアの声の勢いは衰えない。
「聖女に祭り上げられて、会いたくもないよくわからない偉い人と会って、行きたくもないとこに連れてかれて、それなのに、なんだか知らない反対派に命狙われるってこともよくある話じゃない」
「そんなもんか?」
ユキチにはその感覚がよくわからなかった。
「どうせ自由に生きられないなら、あたしはユキチと一緒にいたい。ユキチとなら、苦労も何とかなる気がする」
アリシアの瞳がまっすぐにユキチを射抜く。
「ぷる!」
ぼくも忘れないで、とラムネが間に入ってくる。
「ふふ。そうね。ラムネも一緒だよね」
アリシアがラムネのぷるぷるを撫でる。
「アルドラ、そのソーマプロジェクトはおれも参加できるのかな?」
ギルが静かに、しかし決意を込めて口を開いた。
「おれは拳でしか戦えないけど、役に立てるならどこだって行くぜ」
「一般参加も受け付けてるなら、わたしも」
ルイスも手を挙げる。
「ここまできたら一蓮托生ってやつよね」
ユキチは胸の奥が、今まで感じたことのない熱さでいっぱいになる。
「……なんだよ、おまえら……本気で言ってんのかよ」
声が少しだけ震えた。アルドラはその光景を見て、困った顔をする。
「うーん。原住民の参加は基本受け付けていないのですが……」
アルドラは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「……いいでしょう。わたしたちの仲間の都合でユキチさんがこうなってしまった手前、例外的に参加を認めます」
「ほんとにいいの? やったー!」
アリシアが子どものように飛び跳ねて喜ぶ。
「いや、多分うれしい話ではないと思うぞ……」
ユキチはまだ吹っ切れない様子。
「いいじゃねぇか、旅は道連れ。世は情けってな」
ギルがニッと笑って、拳をユキチの胸に突きつける。
「アルドラの話、聞いてたろ? こんなの普通に暮らしてたら、王族だってたどり着けない世界だよ。折角の機会。楽しくいこうぜ。誰も知らない神秘に近づけるなんて、ワクワクしないほうがおかしいぜ」
ギルは上機嫌だ。
「ユキチ、一人で抱え込むな。仲間だろ」
ルイスもユキチの肩に手を回し、力強く頷く。
「みんな……」
ユキチの目じりに小さな涙が浮かぶ。そのまま涙を手で払うと、透明な雫がふわりと宙に舞い、光を反射して小さな星みたいにきらめいた。
「ん……? なぁ、アルドラ、ずっと気になってたんだけど、この観測所って、やけにふわふわしてない?」
ユキチが眉をひそめる。
「それ、あたしも思った。なんか身体が軽いっていうか」
アリシアがぴょんとその場で跳ねてみる。
「そうそう」
ルイスも大きく頷く。
「あぁ、それは、この観測所が月にあるからですよ」
アルドラがさらりと答えた。
「なるほど、そういうことね――って、月? あのお空に浮かんでる?」
アリシアの目がまん丸になる。
「はい」
アルドラはごく普通のことのように頷いた。
「いやいやいや、そんなこと、あるわけ――ないよね?」
アリシアが半笑いで皆に同意を求めると、他の面子も口をあんぐり開けて固まっていた。
「……ほんとに月にいるの、あたしたち……?」
アリシアのつぶやきが、観測室に響く。




