第71話 アルドラ
「――お話をする前にお伝えしなければならないのですが、私の権限上、皆様にお話しできない内容もございます。その点についてはどうかご理解いただきたいと思います」
「権限?」
アリシアが小首をかしげる。
「つまり、アルドラの上がいるってことだよ」
ユキチが肩をすくめながら状況をかみ砕いて説明した。
「なるほどね。わかったわ」
アリシアはあっさり納得してうなずいた。ただ、その口調には少し好奇心も混じっている。
「アルドラの上司って、どんな人なんだろ?」
思わず口にすると、アルドラはかすかに笑みを浮かべるが、それ以上は答えなかった。
「……それも“権限外”ってやつか」
ユキチが苦笑混じりにつぶやく。アルドラは姿勢を正し、改めて彼らを見渡す。その眼差しは穏やかだが、どこか厳粛な雰囲気を帯びていた。
「ではまずは、この世界についてお話ししますね。エクシリア――私たちは皆さんが住んでいる星をそのように呼んでいます。――宇宙に数ある星の中でも、この星は大変貴重な存在です」
「貴重?」
アリシアが小さくつぶやく。
「はい。生物が発生するだけでも十分珍しいのですが、それに加え、魔素や魔法の存在など、とても興味深いものばかりです」
「そうなの?みんな当たり前にあるから、それが普通だと思ってたんだけど」
アリシアは腕を組みながら、アルドラの言葉を反芻する。
「いや、その前に、ずいぶん他人事の言い方だけど、もしかして君たちは……私たちの星の外――からきた存在なのか?」
ギルが眉をひそめて口を開く。その声には、警戒というよりも興味が混じっていた。
「え、それって、宇宙人ってこと?」
ギルの質問を聞いたアリシアの目がキラキラ輝く。まるで子どもが冒険話を聞いたときのよう。そんな視線を避けるように、アルドラは軽く目を伏せ、やがて申し訳なさそうに微笑む。
「すみません。早速権限に引っかかって、正確に回答することはできないのですが……わたしたちは、この星の出自ではありません」
「わたしたち――? 宇宙人がいっぱいいるの?」
アリシアの鼻息が荒くなる。ユキチは横で「落ち着けよ」とぼそりとつぶやいた。
「宇宙人――というわけでもないのですが、そうですね。次に私たちについて話せる範囲でご説明します」
アルドラは両手を胸の前で組むと、その背後の画面に花をモチーフにした白いロゴが浮き上がる。何か文字が書いてあるが、アリシア達には読めない。
「私たちは“ソーマプロジェクト”という研究チームです。ソーマプロジェクトでは、宇宙の星々を調べ、貴重な資源の発見、データ収集を目的としています。この星――エクシリアのような多様性が認められる惑星を発見、観測し、必要であればその発展を促して新種の鉱物や生物などを探しています」
「研究チームってことは、他にも仲間がいるんだよな?」
ギルが腕を組み、真剣な目つきで尋ねる。
「少々お待ちください。お話しできる範囲を確認します」
アルドラはすっと視線を上げる。何もない空間を見つめるその姿は、まるで誰かに心で話しかけているかのようだ。
「仲間がいるという質問の答えは……イエスです」
アルドラは静かに告げた。
「皆様の知り合いにもソーマプロジェクトの参加者はいらっしゃいます」
「え、本当に? 誰なんだ?」
ギルの眉が跳ね上がる。
「具体的な名前をお上げすると、ニシムラさんですね」
「ちょ、ちょっと待って。ニシムラは宇宙人なのか?」
ルイスが思わず声を上げる。アルドラは少しだけ困ったように微笑み、慎重に言葉を選ぶ。
「宇宙人かといわれると、回答に困りますが……この星、エクシリアの出身ではありません」
淡々とした言葉なのに、空気が張り詰めた。
「おいおい、まじかよ。そうならそうと言ってくれたらよかったのに……」
ギルが頭をかきながら、複雑な表情を浮かべる。
「宇宙人だって知ってたら、もっといろいろ話聞きたかったな」
アリシアがみんなの気持ちを言葉にして、不満を口にする。
「彼も私と同じ、話をできる範囲に制限があるので、それは難しかったかと……」
アルドラが申し訳なさそうに言う。
「そうか……」
ギルはしばし黙り込んだあと、ため息をついてうなずいた。
「まぁ、仕方ないか。隠してたっていうより、言えなかったんだもんな」
アリシアは相変わらず目を輝かせ、「ニシムラ、宇宙船とかも持ってるのかな!?」とわくわくしている。
「するともしかして、サイトーも……?」
ユキチがぐっと前のめりになる。
アルドラは一拍置いてから、淡々と口を開いた。
「サイトーさんは、"元"プロジェクトメンバーになりますね。禁則事項に違反したため、強制退会されました」
「……えっ」
ユキチが小さく息を呑む。ずっと知りたかった情報を、アルドラがまるで雑談のようにさらりと告げたからだ。
「え、じゃあサイトーは……今どうしているんだ?」
ユキチの声がわずかに震える。
「私が回答できる範囲の言い方になりますが、ここにはいません」
アルドラはあくまで冷静に答える。
「もう死んでいるってこと?」
アリシアが思わず口を挟む。その声には、ユキチを気遣う響きがあった。
「すみません。これ以上は回答できません」
アルドラは申し訳なさそうに目を伏せる。ユキチはその言葉を反芻する。(ここにはいません、か……)心の奥底で何かがざわつく。
(ちょっと待てよ、それってつまり、ここじゃないどこかにいるってことか?まだ“死んだ”とは言ってない。可能性はある……)
アルドラの言い回しは、逆にユキチに希望の光となる。アリシアは横目でユキチの表情をうかがい、そっと肩に手を置いた。
「大丈夫?」
ユキチは短く息を吐き、「ああ……」とだけ答えた。
「では、ちょうどお話が出たので、ユキチさんのことについてもお話ししましょう」
「え、おれ?」
ずっと突拍子もない話を聞いていたので、突然自分が指名されてユキチは思わず腰を浮かせた。
「はい。サイトーさんが強制退会された原因はあなたなのです」
「……んんん?」
ユキチの顔に動揺が走る。横でアリシアもギルも目を丸くした。
「お、おれ、何かしたのか?」
ユキチは慌てて首輪に手をやる。
「いえ、ユキチさんには何の否もありません。問題だったのはサイトーさんの行動です」
アルドラの声はあくまで淡々としているが、その奥にうっすらとした苦悩がにじむ。
「サイトーさんはあなたにつけた首輪――魔法の首輪を不正に改造したため、強制退会となったのです」
「ちょっと待て、理解が追い付かない。この首輪も……もっとかっこいい名前だったはずだし……」
ユキチがぶつぶつ言うが、アルドラはユキチの混乱をよそに、淡々と説明を続けた。
「その問題行動を報告をしたのは私だったのですが、今でも心が痛みます。サイトーさんは私の再三の忠告も聞かず、ユキチさんにプロジェクトメンバー、いえ、それ以上の権限を与えたのです」
「それってつまり……」
ユキチはごくりと唾を飲む。アルドラは一瞬目を閉じ、やがて静かに告げた。
「ユキチさん。あなたはほぼ私たちの仲間です。ひょっとすると一部においては、私よりも上の存在かもしれません」
「はーー?」
ユキチはあんぐり口をあけ、言葉を失った。




