第66話 ソーニャ
「全員下がれ。この方たちは問題ない」
ソーニャと呼ばれた女性は、鋭い声で衛兵たちに命じた。
「しかし、隊長……」
若い衛兵が食い下がる。
「私が問題ないと言っている。引き下がりなさい」
その言葉に、衛兵たちはしぶしぶ武器を下ろし、輪をほどいて後方に下がった。
「ギル。来るなら来ると、言ってくれればよかったのに」
ソーニャは険しい表情を少し緩め、旧知の相手に視線を向けた。
「すまない。ちょっと急な用でな」
ギルが頭をかく。
「……それは、やはり魔族にかかわることですか?」
「……あぁ、こっちでも気づいていたか。――その通りだ」
短く答える声に、緊張がにじむ。
「大司教にお目通りはできるだろうか。ここにいるアリシアの巡礼を急ぎたいと思っているんだ」
「巡礼……ですか?」
ソーニャは小さく首をかしげる。魔族と巡礼。ふたつの言葉が頭の中で結びつかない。
「それがなぜ魔族と関係しているのか……私にはよくわかりません」
「まぁ、色々と込み入っていてな」
ギルは曖昧に笑ってごまかす。その後ろに立つ一行にソーニャの視線が移る。頭に小竜を乗せたシスター、ドラゴニュート、ゴブリン、スライム――
(なんだ、この……サーカス団みたいなパーティーは)
ソーニャは心の中で小さくため息をついた。だが、不思議と悪い印象は受けない。
「……わかりました。大司教への取次ぎはわたしが責任をもって行いましょう。ただし!」
ソーニャは一歩近づいてギルを見据える。
「下手な嘘はつかないように。あなたの嘘は全て見抜けますからね。なんなら、今試してみてもいいですが」
「――それは、遠慮しておくよ。大丈夫。隠し事は何一つない。約束しよう」
ギルはまっすぐに答えた。
「ねぇ、ギル! そろそろソーニャさんを紹介してよ。二人はどんな関係なのよ?」
アリシアが身を乗り出す。ルイスも横で興味津々。
「……幼馴染だよ」
ギルは苦笑しながら答える。
「改めて自己紹介させてくれ、私の名前はソーニャ。ここにいるギルとは幼少の頃より一緒に修道院で育ったんだ」
「そうなんだ! あたしはアリシア、ヒルタウンのシスターだったんだけど、今は聖地巡礼の旅をしています。よろしくね」
アリシアの自己紹介に、他のメンバーも続く。
「それにしても、なかなか個性あふれるパーティーだな。楽しそうだ」
ソーニャも聞きたかったことを口にする。
「あははは、そうだよね。気になっちゃうよね。――あたしもなんでこうなったのかはもうよくわからないけど、巡礼しているうちに、みんなと知り合って、一緒に旅をするようになったの」
ソーニャは無邪気に答えるアリシアを見て、思わず小さく笑ってしまった。
「それにしても、あの一匹狼のギルがねぇ」
「え、なにそれ、ギルの昔の話たくさん聞きたい」
「おいやめろ、昔の話は。それよりおれたち急いでるんだろ。ほらほら、大司教への取り次ぎ頼むよ」
ギルは危うく恥ずかしい話を暴露されそうになって、慌ててストップをかける。
「――いやいや、うちの衛兵が大変失礼したね。最近、魔族が活発化していることが問題になっていて、みんなピリピリしているんだ」
エーリス大神殿の大司教は、柔和な表情で深々と頭を下げた。白い法衣の裾が床をすべり、光の差し込む堂内に静かな気配が広がる。その後ろに控えるソーニャも、きびきびとした動作で頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。こんな乗り物で突然神殿に乗り付けたら、どうなるか……もう少し気を回すべきでした」
ギルも頭を下げる。
「ふふ……まあ、見た目は魔導兵器にしか見えなかったからね」
大司教はおかしそうに笑みを浮かべ、すぐに真剣な顔に戻った。
「それで、急ぎそこのアリシア君の巡礼を進めたいとのことだが」
「ええ、そうなんです」
ギルは一同の顔を見渡し、息を整える。――そして、今までの経緯を一気に語った。自分がかつて魔王の影に操られたこと。アリシアが刻印を受けるたびに、不思議な声が彼女に語りかけていること。その刻印が時折、常識では説明できない閃光を放つこと。アリシア自身が「聖女」として魔族に狙われ続けていること。そして、巡礼を完遂したその時に、何か大きな変化が起きるであろうこと。最後に――巡礼が終わるまでの間、魔族最強と名高いリュートの注意を引きつけてくれている協力者の存在。
ギルは必要最低限にしては濃すぎる情報を「ざっくり」とまとめて告げた。大司教はしばし黙し、目を閉じて祈るように手を組む。ソーニャは驚愕の色を隠せず、アリシアに視線を送る。
「魔王に聖女、なんともにわかには信じがたい話ですが……」
大司教は自らの手に刻まれた刻印をじっと見つめる。
(私が刻印を受けた時には、そのような声は聞こえなかったな……)
「ですが、事実です」
ギルは強い調子で言い切った。隣では、当の聖女が軽食として出されたサンドイッチを頬張り、従者の小柄な旅人がパンの切れ端をラムネに投げてやっている。
「これが?」
大司教の目が細くなる。
「これが」
ギルは断言した。
しばしの沈黙のあと、大司教は立ち上がる。
「事情は分かりました。……ギル君から聞いたかもしれませんが、ここの神殿の試練は本来、数日かけて行うもの」
「そうなのか?」
ユキチが小声でギルに尋ねる。
「あぁ、"孤独の試練"って言ってな。数日間、真っ暗な地下室に閉じ込められるんだ」
「うへぇ……」
アリシアは思わずサンドイッチを落としそうになり、泣きそうな顔をする。大司教はそんな反応を見て、苦笑いを浮かべた。
「ですが……お急ぎのご様子。特例として“エクスプレスコース”を用意しましょう」
「「エクスプレスコース?」」
ギルとアリシアの声が同時に響いた。
「そんなの聞いたこともないぞ」
ギルが怪訝そうに眉をひそめる。
「すぐ終わるなら、地下室でも頑張れます!」
アリシアが立ち上がってお辞儀する。大司教はにっこりと微笑んだ。
「よろしい。試練は簡単。――聖女としての力を、私に見せてください」
大司教の声が響く。
「え、それは……」
アリシアが目を丸くする。
「この力は魔族相手にしか発動しないんです……」
刻印のある手をさすり、不安そうに答えた。
「問題ありません」
大司教はゆっくりと首を振る。
「この大神殿の地下には、古の魔王が残した遺物が封印されています。――こちらの“魔”を払っていただければ、試練は完了です」
「そんなものが……」
後ろに立っていたソーニャが、息をのむように小さくつぶやいた。どうやら、この話は神殿の者の中でも限られた者しか知らない秘密だったようだ。
「……わかりました。――魔王の残滓が残っていれば……おそらく、できるはず。まずは、その遺物を見せていただけますでしょうか?」
「はい。もちろん」
大司教は頷き、立ち上がる。
「ソーニャ君、そして皆さん。これから見るものは――他言厳禁ですよ」
その目が鋭く光ると、空気がずしりと重くなる。
「ひゃいっ!」
なぜかルイスが裏返った声で返事をした。
「ぷっ……!」
ユキチが吹き出す。
「お、おまえなぁ!」
ルイスが顔を赤くする。大司教は微笑を返し、長い杖を床に突き立てる。
「では……封印の間へ、ご案内しましょう」
重厚な音と共に床板が動き、地下へ続く石造りの階段が現れる。闇の奥から、魔の気配がじわりとあふれ出していた――。




