第64話 グラスノヴァ再び
エクシリアは青かった──
──アリシア=ラフェル旅行記 第6話「月の歩き方」より
久しぶりの――といっても、まだ1か月くらいしか経っていないが、グラスノヴァは復興がだいぶ進んで、かつてのように賑わっていた。
「あ、おかみさんの食堂が見えてきたよ!」
アリシアが指をさした先には、以前のままの食堂があった。煙突から煙があがり、今日も営業していることが遠目からでもわかる。
「そ、そうだな……」
ユキチはふらつきながら頷いた。
「そうか、ユキチは移動した後で疲れてるわよね。ここで休んでて、あたし、おかみさんとトネリに挨拶してくる! アイレーンでもらったお土産もおすそ分けしたいし。みんなも来る?」
アリシアはもう決めた顔で、バックパックの中をパタパタと整理する。
(食いしん坊のアリシアが――おすそ分け?)
衝撃が走るが、みんな表情には出さない。「ぷる!」ラムネは小さく震えて、トネリに会いたそうに弾む。言葉ではないが、アリシアにはその意図がすぐ伝わる。
「おれは、ちょっと大神殿に顔出してこよう。一応元管理者だしな」
ギルが短く言う。仕事をしてないのを覚えていたようだ。
「じゃ、少ししたら、ここに戻ってくる感じでいいかしら?」
アリシアが振り返ると、ユキチがよろよろと立ちあがる。
「おれも……おかみさんとトネリに会いに行くよ」
ユキチの声は小さくも毅然としていた。ゴブリンという正体を明かしても、普段と変わらない対応をしてくれたおかみさんには、ちゃんと挨拶をしておきたい。
「無理すんなよ、じゃあ、わたしがおぶってやるから。今はしっかり休みな」
ルイスは肩をすくめ、勢いよくユキチを背負い上げた。ユキチは一瞬驚いた顔をしたが、すぐににやりと笑みを浮かべて「おう」と返す。ラムネがぷるぷると寄り添い、アリシアは元気よく腕を振って出発した。ギルは無言で頷き、ルメールはアリシアの頭の上で、相変わらず魔力を吸っている。
――『青空キッチン』では、おかみさんが鼻歌を歌いながらランチタイムに向けた下準備をしていた。今日は教会の仕事がないのか、トネリも横で手伝っている。
「ごめんね。まだやってないんだ。もう少し後できてくれよ」
アリシアたちが店に入ると、鍋をかき混ぜながらそういうおかみさん。だが、急な訪問者を改めて見返すと、満面の笑みになる。
「あらら、誰かと思ったら、アリシアとユキチじゃない! 巡礼の旅は大丈夫だったのかい?」
おかみさんの声は大きくて温かい。アリシアは飛びつくようにして抱き着く。
「まだ巡礼の途中なんだけど、近くまで来たから。あ、ユキチをおぶっているこの人は旅の途中で仲間になったルイス」
「……はじめまして」
突然のアットホームな空気に動揺するルイス。
「はい。これアイレーンのお土産よ。エルフの食べ物だけど、おいしいわよ。はい。トネリもどうぞ!」
アリシアはうれしそうにお土産を広げて配る。トネリはこの一カ月で少し大人びたようだ。身長も伸びてがっしりしてきた。その姿に、ラムネがぷるっと震えて嬉しそうに揺れた。
アリシアの土産を受け取ると、おかみさんも「簡単なものだけど」と言って布包みのお弁当を持たせてくれた。温かい匂いがほのかに広がり、アリシアの胃袋が小さく鳴る。
「え、いいの? ありがとう!」
アリシアは速攻開けて食べそうな勢い。ユキチが笑いながらその光景を見守る。
「ユキチも元気――ではなさそうだね。大丈夫かい?」
ルイスの背中でグロッキーなユキチを見て、おかみさんは心配そうな顔をする。
「大丈夫だ。少し安めば元気になるさ」
「そうなのかい?」といいつつ、納得していないおかみさん。アリシアに渡したお弁当の袋に、そっと栄養ドリンクを入れる。
「気を遣わせて申し訳ない。今日は本当にちょっと立ち寄っただけなんだけど、巡礼が終わったらまた来るよ」
「あら、お昼くらいゆっくりしていったらいいのに」
「ごめんね。これからルードラン神聖国まで行かなくちゃいけないから。でも、おかみさんもトネリも元気そうで安心した」
ぷるぷる! ラムネもトネリにスリスリする。
「じゃ、またいってきまーす!」
アリシアは元気よく手を振り、嵐のように青空キッチンを後にする。車にはもうギルが戻ってきていた。
「早かったな。挨拶はもういいのかい?」
「うん! 巡礼終わった時に、ちゃんと来るよ」
アリシアは笑顔で答える。
「アリシア、ヒルタウンには寄らなくてよかったのかい?」
ユキチもアリシアに質問する。今の車の速さなら、軽く立ち寄ることはどうということはない。だが、ユキチの問いに、アリシアは首を横に振った。
「やめとくよ。巡礼も終わらないのに帰ってきたのかって神官長に怒られそうだし。あいつ、神官長のクセに、ねちっこいんだよ」
「はは、あいつはそういうやつだったな」
事情を知っているのか、ギルが笑う。
「よし、じゃぁ、行こうか」
ユキチもようやく頬に血色を取り戻してきていた。
「オッケー。じゃ、進路は北西。目標、ゼルギウス大陸のマシュロ山。その頂上にあるエーリス大神殿だ。ちょっと遠いけど、頼むぜ! ラムネ」
ギルが運転席に乗り込み、アクセルを踏む。
「ぷる!」
元気いっぱいに返事したラムネが車体を震わせ、すごいスピードで地面を駆け抜けた。 街並みがあっという間に遠ざかり、風が髪を巻き上げる。
「すごい。グラスノヴァがもう見えなくなった」
後ろを振り返ったアリシアが、名残惜しそうに小さく手を振る。
「行ってきます。グラスノヴァ」
その声は風に流れ、街の輪郭はたちまち地平線の彼方へと消えていった。こうしてグラスノヴァに二度目の別れを告げた一同は、一路北西へと進路を取る。
「なぁ、ギル」
ユキチがギルに声をかける。
「ん?」
「ゼルギウス大陸に行くって言うけどさ、途中に海があるよな。どうするんだい?」
「あぁ、そのことか。それなら大丈夫」
ギルは自信満々に胸を張った。
「この車。海の上も走れるようにしているから」
「はぁ!? いつの間に?」
驚きの声を上げるユキチ。アリシアとルイスも思わず車内を見る。
「サンクティオ大神殿の研究員の茶目っ気ってやつだな」
ギルは得意げに答える。
「ぷる!」
ラムネが同意するように弾んだ。知らない間にどんどん改造されていく車。
「最後には炎でも吐くんじゃないか」
ユキチがぼやく。
「あはは、それ、ありえそうで笑えないんだよね」
アリシアは半分冗談、半分本気で笑う。とはいえ、急ぐ旅路。移動時間が短いのは何よりありがたい。北西には、まだ見ぬ海と、そして新たな大地が待っていた。




