第62話 ユキチの首輪
「今回、本当、ありがとう」
席に着くなり、慣れない大陸の共通語で深々と頭を下げるエルフの族長。
「エルフ語でいいですよ。私が訳しますから」
ギルがエルフ語で促す。
「ありがたい。ではお言葉に甘えて――」
族長は改めて胸に手を当ててお辞儀する。
「街の危機を救っていただいて、本当に感謝します。なんとお礼したらよいか――ギルさんには、以前にも人身売買の悪党を退治していただいたばかりだというのに」
「悪党退治?」
ユキチがギルを見る。
「昔の話だよ」
ギルがわけありげに笑う。ゴブリンのユキチが言葉を話すことに、内心驚く族長。
「以前もそうですが、今回もたまたま居合わせただけですし、やれることやっただけですよ」
ギルは族長に返答する。しかし族長の顔は真剣なままだった。
「それでも……あなた方がいなければ、多くの命が失われていたでしょう。街を代表して言わせてほしい。本当にありがとう」
本当は、あいつらはアリシアを狙ってきたから、おれたちが来なければ平和が続いたはず。事情を正直に言うべきか。悩みつつもユキチは口をつぐんだ。族長は深く息をつき、続ける。
「魔族の活動が最近活発になってきたという話は聞いていましたが……まさかここまで来るとは……。国の防衛を強化することを、族長会議で提案してまいります」
「そうですか。それがいいですね」
ギルがうなずく。
「ここには世界樹もありますし、魔族は何をしてくるかわかりません」
「全くです」
族長の声は重く、空気が張り詰める。
「ところで、わたしたちは聖地巡礼をしながら、人探しもしていまして――」
ギルが身を乗り出す。
「サイトーという男を知らないでしょうか?」
「サイトー?」
族長が思わず声が上ずる。
「もしかして、あなたたちはサイトーさんのお知り合いですか? ……というか、ちょっと待ってください。そのゴブリンさんがしている首輪――」
ユキチの首に視線が注がれる。
「もしかして、あなた……サイトーさんがテイムしていたゴブリンですか?」
「なっ……!」
ユキチは思わず立ち上がる。
「サイトーを知っているのか?」
「はい。ちょうど1年前くらいですかね。この街にきて、その首輪と地図を持っていかれました」
「やっぱりこの首輪はこの街で手に入れたもんなんだな」
ユキチはしみじみと首輪を触る。
「族長、サイトーは数カ月前に急に消えてしまったんだが、何か知らないか? おれはアリシアの巡礼に同行しながら、あいつの足跡を探してるんだ。今あるあいつの手掛かりは、この首輪と、地図だけ」
族長はユキチの話を落ち着いて聞いていた。
「なるほど……そういう事情だったのですね。申し訳ありませんが、サイトーさんが今どこにいるかはわかりません。ですが――その首輪と地図をお渡しした経緯はお話しできます」
「少しでも情報が欲しいんだ――是非頼む」
ユキチが身を乗り出す。
「それらは、もともとこの街で保管されていた勇者の聖遺物。正式には"黎門の護り"と"星環の地図"と呼ばれるアーティファクトです」
「勇者の……聖遺物……」
ユキチが低くつぶやく。
「はい。数百年前の勇者が作成したといわれるアイテムで、世界樹と共に私たちが守ってまいりました」
「よくそんな大事なものを、どこの馬の骨とも知らない奴に渡す気になったわね」
アリシアも思わず口に出さずにはいられない。
「えぇ、もちろん。最初は丁重にお断りしました。が、サイトーさんは……ゼンブレア連合国首相の承諾書と、ソーマ教の教皇の書状を持っていたのです。その二つを突き付けられては、さすがに拒むことはできませんでした。依頼のままに、お譲りしたというわけです」
一同に衝撃が走った。
「サイトーはどうやってそんなお偉いさんの承諾を取り付けたんだろうな」
ユキチが眉をひそめる。族長は重々しく首を振った。
「私も気になって首相に問い合わせたのですが……返ってきたのは『教皇のたっての依頼』という一点のみでした」
「ここにきて教皇か」
ギルが腕を組む。
「ちょうど巡礼の終着点が教皇だったよな」
ルイスが確認するように言う。
「そうだな」
ユキチはうなずくと、視線を遠くへ投げた。
「じゃあ、巡礼がてらサイトーのこと、聞いてみるしかないじゃない!」
アリシアが元気に締めくくる。少し間を置いて、ユキチは再び族長に向き直る。
「ちなみに、この首輪が秘めている力とか、そういうのって何か知ってる?」
族長は首を振って静かに答えた。
「申し訳ありませんが、具体的にはわかりません。ただ……古代勇者が当時の技術の粋を集めて作ったもので、『世界を拓くカギ』と呼ばれております」
「カギ?」
ユキチは思わず首輪を指でつまんだ。
「この首輪が? そんな形はしてないけどな」
「すみません。私もそのように書物で読んだだけでして……」
「じゃあ、こっちの地図については?」
ギルが身を乗り出す。
「"星環の地図"についても、使い方は伝わってはいません。ただ、"黎門の護り"と対のものになります。この二つで、一つの魔道具と呼べるかもしれません」
「なるほどね。ありがとう」
ユキチは短く礼を述べる。
「それがなんでおれの首にはまっているのかは謎だけど……このまま教皇のもとにたどり着けば、なにかがわかるかもな」
ユキチは腰を上げると、仲間たちを振り返った。
「よし、アリシア。腹ごしらえしたら出発するぞ」
「へ、どこへ?」
アリシアは難しい話でぼーっとしていた。ユキチはにやりと笑った。
「決まってるだろ、グラスノヴァだ」
「おお、またずいぶんと遠くへ。よろしければ船を用意しましょう」
族長が申し出る。
「大丈夫。この"星環の地図"とやらの力で、ひとっとびだから」
ユキチが答えると、周囲のエルフたちがざわついた。
「おお、なんということ……あの聖遺物を使いこなす者が現れようとは」
「ま、それがゴブリンで悪かったなって話だけどな」
ユキチは肩をすくめる。
「いやいや、種族など大した問題違ではありません。大事なのは、それを正しく使えるかどうかということだけです」
族長は力強く言った。
「そういうことであれば、ありがたく使わせてもらうよ。そこの聖女様のためにな……おっと、彼女、聖女って呼ぶと怒るから、これは秘密な」
アリシアがエルフ語を理解できないのをいいことに、ユキチはひそひそ声で族長に告げる。
「え? なに勝手に話してるの? ちょっと、ユキチ!」
アリシアがむくれて肘で小突く。
「情報ありがとう、族長」
ユキチが軽く頭を下げる。
「お役に立てればなによりだ」
族長は静かにうなずいた。
「じゃ、パーティー楽しんでくるよ。――よし、アリシア。お酒もらいに行こうぜ。おれまださっきのはちみつで作ったお酒ってのんでないんだよ」
「おいしかったよー。イナゴの串焼きとも最高の相性!」
「イナゴ……はちょっと……」
「好き嫌いは良くないな、ユキチくん」
ギルが笑いながら割り込む。
「甘いお酒なら、わたしもいっぱいもらおうかな」
ルイスが興味深そうに耳を傾ける。ぷるぷる。キュイ!
「……ラムネもルメールもお酒はやめとこうね。あれは人をダメにする飲み物だから」
アリシアが自己矛盾の発言をする。一同がどっと笑った。
――パーティーは、これからだ。




