第61話 天使様
「お疲れ、アリシア、ラムネ、ユキチ。それにしても、ずいぶん早い帰還だったな」
あらためてギルが、アリシアをねぎらう。
「おう。そっちもお疲れ。魔物は大丈夫だったか?」
ユキチが返す。
「え、魔物って何かあったの?」
アリシアが首をかしげる。
「あぁ、アリシアが世界樹を登り始めた少しあとかな、魔物の群れがやってきて大変だったんだぜ」
ギルが肩をすくめて答える。
「そうだったの? あたし知らなかった」
あっけにとられたようにアリシアが目を丸くする。
「ま、あたしたちにかかれば余裕だけどな」
ルイスがどんと胸を叩く。キュイ! ルメールも得意げに鳴いた。
「おう。ルメールもブレス吐いて、がんばったな」
ルイスが笑いながら付け足す。
「ルメール、えらいえらい」
アリシアがメールをなでる。ギルは、腕を組んで言った。
「ミノタウロスを二十匹くらいかな……狩ったところで、突然あいつら何事もなかったかのように森に帰っていきやがったんだ」
ルイスも首をひねる。
「あれは何だったんだろうな」
「あ、多分あたしがリリアと友達になって、帰ってもらったからだと思う」
アリシアがさらっと言う。
「リリア? 誰だそれ?」
ルイスが目を細める。
「魔王の影を操る魔族の女の子」
「はぁ?」
呆然とするルイス。
「……おい、そんなヤバそうなやつと……友達に……?」
ギルが思わずツッコミを入れる。
「本当よ。――話し合ったらわかってくれて、おとなしく帰ってくれたの。ね、ラムネ」
ぷる。ラムネは軽く肯定するが、その頷き方は小さい。ルイスは脇でため息をつく。
「実際、戦闘とかはなさそうだったよ。おれが上についたときには既に全部終わってて、とんだ無駄骨だったけどな。まぁ、アリシアが無事でよかった」
やれやれとユキチが苦笑する。
「……そうだな、何もなければ、それが一番いい。それにしても、ほんとに魔族の知り合いなんて作っちまって大丈夫なのか?」
ルイスがぼそっと言う。
「だいじょうぶよ。だって友達だもん!」
アリシアの笑顔はやたらと自信満々だった。
「それにちゃんと4つ目の刻印もゲットしたし、あとは最後の刻印を求めて、エーリス大神殿へ!」
高らかに宣言するものの、その鼻はすぐにくんくんと香ばしい匂いに引き寄せられる。
「でもその前に、なんか楽しそうな雰囲気なんだけど」
「あぁ、魔物の撃退を祝ってパーティーをしてるのさ」
ギルが笑いながら答える。
「みんなだけずるい」
アリシアがむすっと頬をふくらませる。
「安心しな。まだ始まったばかりだから。ちょうどさっき最初のお肉が焼きあがったころさ。ほれ」
ギルがそう言いながら、香ばしく焼けた串を差し出す。
「おれたちが狩ったミノタウロスの串焼き。肉と肉の間にエルフご自慢のキノコが挟まっているぞ」
アリシアは両手で受け取ると、待ちきれない様子でぱくり。次の瞬間、目を見開き、頬が一気に緩む。
「なにこれ、おいしい」
「そりゃそうだ。倒したての新鮮ミノタウロスだからな」
ルイスが親指を立てる。
「ミノタウロスと言えば、ノル=ヴェリスで食べたビーフシチューもおいしかったね」
アリシアが思い出しながらよだれを垂らす。
「あとミノカツ丼もな」
ユキチがうなずく。
「それ、おれ食ってないやつだ」
ギルが恨めしそうにアリシアとユキチを見る。
「なにそれ、あたしも食べたいんだけど」
ルイスも乗っかる。
「巡礼終わったら、みんなで行きましょ。それに、ここのお肉も肉の歯ごたえと旨味は絶品よ。キノコの汁気も合わさって最高だわ」
キュイ! ルメールも小さな口でキノコ部分をかじって満足そうに鳴いた。広場には音楽が流れ、明かりがともり、笑い声があふれている。戦いの緊張感が解け、宴の熱気に包まれる中、アリシアたちは束の間のごちそうを楽しむのだった。
アリシアたちが街の中心の広場に足を踏み入れると、方々から聞こえてくる。
「セ・タン・アンジュ!」
「オー、メルシエル。オー、メルシエル」
エルフ語がわからないアリシアは、とりあえず愛想笑いをして手を振ってみる。すると――なぜか人々は一斉に涙を流し、地面にひれ伏す者まで現れた。
「えっと、これ、どういう状況?」
戸惑ったアリシアが小声でギルに問いかける。ギルは苦笑しながら状況を説明する。
「あのな、天使様が魔物の群れを森に帰らせたというのがみんなの意見なんだ」
「ふんふん」
「で、天使様が世界樹から舞い降りてきたので、みんな感動しているわけだ」
「おお! マジで? その天使様ってどこにいるの? あたしも会ってみたい」
アリシアがきょろきょろと辺りを見回す。ルイスが吹き出しながら言った。
「あんたのことだよ」
「え、あたし?」
「あぁ、ラムネに包まれて下りてきたじゃないか。あれが、ここの住人には天使様に見えたんだろうよ」
「ちょっと、勘弁してよー!」
アリシアは顔を赤くしながら、テーブルに会ったキノコの姿焼きを手に取り、もぐもぐと頬張る。
「……食べ方が天使様って感じじゃねぇな」
ユキチが呆れ顔でつぶやく。
「空に浮いてるときはパンツも丸出しだったしな」
ギルも笑う。
「だから天使じゃないってば、ってか、パンツ見えてたの? 言ってよ、もう。今日は服を脱がされたりさんざんだわ」
アリシアは口いっぱいにキノコを詰め込んで、不貞腐れたように言う。周りの人々はどう勘違いしたのか、そんな様子も「オー・サクレル……」と、温かい目で見るのだった。
「アリシア、こっちのイナゴも食べてみるか? 見た目はアレだが、結構うまいぞ」
ギルがイナゴの串焼きを見せる。アイレーンの街を歩いたときに子供達が食べていたものだ。
「虫じゃない……食べれるの?」
アリシアの顔が引きつるが、それを見越したように笑顔でうなずくギル。ギルも一口食べてみる。
「ふふふ……いいじゃない。こういうローカルフードとの出会いこそ、旅の醍醐味ってものよ。――ええい、女は度胸!」
大きな口で、イナゴをパクリ。
「……あっ。……結構いけるかも。お酒が欲しくなる味ね」
「そう言うとおもったわ」
ルイスがお酒の入ったグラスを差し出す。
「――っ! なにこれ、おいしい!」
アリシアは感動して、その味を確認するように、何回もちびちび飲む。
「それもね、ここの特産品で、なんと、はちみつからできたお酒なんだって!」
「へー! そんなお酒初めて聞いた。はちみつからできたとは思えない、さっぱりした感じね。あたしこういうの好きかも。エルフのご飯は質素で味気ないって勝手に思っていたけど、とんだ偏見だったわ」
「おれもその酒飲みたいんだけど、どっちにあった?」
ユキチも思わず興味津々。
「あっちのテーブルだよ」
ルイスが指をさす。そんな会話をしていると、人ごみの中から元気な掛け声が響いた。
「どこに行っていたんですか、アニキ?」
「コイツは……酒場で絡んできた……」
ユキチは眉をひそめ、記憶をたぐる。現れたのは、以前居酒屋でユキチとルイスに絡んできた若者たちだった。
「この前は調子に乗ってすみませんでした!」
彼らは頭を下げる。
「実際に魔物と戦うことになって、自分たちの非力さを思い知らされました」
「そんな中、あのバケモノの大群をものともせずに蹴散らしていくアニキとアネゴの姿を見て……」
「おれたち、心を入れ替えたんです!」
勢いよく拳を握りしめる彼らの目は真剣そのものだ。
「……そうなのか」
ユキチは半信半疑でギルに尋ねる。
「そういうことらしい。ま、こいつらも根は悪いやつじゃないんだろう」
「さすが、断罪旋風。――罪を憎んで、人を憎まず――ね」
「言っとけ」
二人で盛り上がる。そして、アリシアが不思議な顔をする。
「あれ? ユキチ、エルフ語しゃべれるの?」
「昼あたりから、なんか急にしゃべれるようになったんだ」
ユキチは気恥ずかしそうに鼻をかく。
「なにそれ」
「ほんとになにそれだよな。便利だからいいんだけど」
笑いあう二人。和やかな雰囲気の中、若者の一人が本来の用を思い出す。
「そうだった。あのですね。親父が巡礼者のみなさんに挨拶したいといっていて、ちょっと来てもらえますか?」
「そういえば、おまえのおやじって?」
ユキチが問い返す。
「あぁ、おやじはこの街を取りまとめている族長です」
若者エルフは胸を張る。
「なんかそんな気はしてたよ。あまり親に心配かけるなよ」
ユキチが肩をすくめて言うと、若者は苦笑しながら頭をかいた。ギルから話を聞いたルイスが口を開く。
「族長直々に呼ばれるなんて、いい機会じゃない? ユキチの首輪のことも聞けるかもしれないし」
「えー、でもせっかくのごちそうタイムが……」
アリシアが串焼きを大事そうに抱えたまま、名残惜しそうにテーブルを見やる。
「食いながら行こうぜ。ほら」
ユキチが呆れ顔で追加の串を渡す。宴のざわめきに包まれながら、アリシアたちは族長のもとへ向かうのだった。




