第60話 スカイダイビング
「登ってるときは気にしてなかったけど、帰りも結構怖いわね」
世界樹の頂上から見下ろす景色は、絶景ではあるが、足が滑ったら命取りだ。
「確かにな。ま、おれとラムネがいれば余裕だろ」
ぷるぷるっ! ラムネが震えると、半透明の体がぐんぐん広がり、アリシアとユキチを包み込もうとする。
「ふふふ、ぼくひとりで十分だって」
アリシアがラムネの気持ちを通訳する。
「それは頼もしいな。おれもいいのかい?」
ユキチもおとなしくラムネに包まれる。
「じゃ、お言葉に甘えてっと――って、えええええっ!?」
ラムネはふたりを包んだと思ったら、そのまま大きく空へジャンプした。幹から離れた瞬間、内臓が宙を浮く感覚がアリシアとユキチを襲う。
「ちょ、ちょっと待って!? 落ちてる落ちてる落ちてる!!」
アリシアが叫ぶ。ものすごい勢いで木々がびゅんびゅん横を通り過ぎていく。思わず二人はぎゅっと抱き合う。
「ユ、ユキチ、死ぬ時は一緒よ!」
「縁起でもねぇこと言うな! おれはまだ死にたくねぇーーー!」
さすがのユキチも、この高さからのジャンプは経験がない。頭では「死ぬ」と理解しているのに、恐怖で思考が声にならない――が、少しすると、
「うひょーーー!」
隣でアリシアは落下の感覚に慣れたのか、両手を上げ、絶叫していた。まるでバンジージャンプだ。ラムネはあっという間に木の枝が生い茂るエリアを抜け、視界が開ける。真下に広がるエルフの街がよく見えてきた。家々の屋根、広場、行き交う人々……すべてがまだ小さいがはっきり見える。
「ラムネ、どうするんだよーー!」
ユキチが叫んだ、その瞬間――バサッ! ラムネの体の一部分が大きく平たく広がった。透明な翼が空気を受け止め、風を切る音が耳に響く。一気に落下速度が落ち、体がガクンと引き上げられる。
「きゃっ!」
アリシアは思わずユキチにしがみついた。ラムネを信用していないわけではない。だが、怖いものは怖い。なんて思っていたら――バサッ! さらにもう一枚、ラムネの体が広がる。2枚の風呂敷で落下スピードはぐんぐん落ちていった。
「すげぇ……おまえ、いつの間にこんなことできるようになったんだ……」
感動するユキチと、「ぷるっ」得意げに震えるラムネ。やがてアリシアとユキチを包んだ透明な膜はふわふわと漂いながら、ゆっくり高度を下げる。街を足元に見ながら、ラムネはゆっくりと降下していく。広場では、もう戦闘態勢は解除されているようだ。アリシアの言う通り――リリア、と言ったか。魔族は本当に素直に引き上げていったのだろう。友達になったって、いったいどんな経緯でなったんだか、気になって仕方がない。横目でアリシアを見ると、彼女は満面の笑みで空中遊泳を楽しむ。
「きゃー、すごい! 鳥になったみたい! 気持ちいい!」
腕を広げ、パタパタと動かす。
「おい、やめろ、暴れるな」
そんなアリシアの隣にいるユキチは気が気でない。
「ラムネ、街の上空を一周してみてよ」
そんなユキチの気持ちを汲むこともなく、アリシアはラムネに無茶振りする。「ぷるっ」ラムネはそんなアリシアの指示に従い、ぷるぷると震えながらふろしきの角度を微妙に調節し、風をとらえて右に左にゆるやかに滑空する。透明な膜の表面に光が反射して虹色にきらめき、まるで本物の翼を持っているようだ。満面の笑顔でアイレーンの上空遊泳を楽しむアリシアを見て、
(……こいつにはかなわねぇな)
ユキチはため息をつく。そうこうしているうちに、楽しい落下体験ももうすぐおしまい。広場がいよいよ足元に近づいてくる。
「街の人の邪魔にならないように……あっちの、人がいない郊外の空き地に着陸しようか」
アリシアが身を乗り出し、指さしてラムネを誘導する。 ぷるぷると震えると、ラムネは大きな膜を傾け、風を受けながらゆるやかに進路を変えた。ここまでくると、街中の様子もはっきりと見える。どうやら祭りが始まっているらしい。色とりどりの旗が並び、屋台には列ができ、広場ではアイレーンの人々が笑顔で歓談していた。
一方、広場では、群衆のひとりが空を指さして声をあげる。
「セ・タン・アンジュ!」
その声を合図にしたかのように、ざわめきが広がる。ちょうど太陽の光がラムネの薄い膜を透かして、アリシアとユキチの背後に後光が見えた。
「オー、メルシエル……!」
「アンジェル・サクレル、プロテジエル・ヌス!」
両手を合わせ、ひざまずく者まで現れ始める。ギルは民衆のざわめきを聞きながら、ため息をついた。
「おい、ギル。これは……面倒なことになりそうだぞ」
ルイスは周りの空気が変な熱気にあてられていることに気づく。ギルが上空を見上げてよく見ると――そこにはラムネに包まれて堂々と降りてくるアリシアとユキチ。だがアリシアは景色を楽しむのに夢中で、下から見るとスカートの中が全開でさらされていることに気づいていなかった。
「ふっ……アリシアらしいな」
ギルは苦笑し、そっと目を逸らして、ルイスと着地地点目指して走り出す。
そこにラムネが優雅に着陸――とはいかず、
ゴロゴロゴロゴロッ!
ラムネは巨大な塊のように転がりながら勢いを殺し、空き地の隅に着陸した。砂ぼこりが舞い上がり、ルイスが不安な目で見る。
「ラムネ……もうちょい丁寧に着陸できないのか?」
ユキチはぐったりしながら、砂まみれになった服を払う。
「アハハハ! 楽しかったー! ね、ユキチ、もう一回やろうよ!」
スカートについた土も気にせず、アリシアは満面の笑顔でユキチの腕を引っ張る。
「勘弁してくれ……」
青空の空き地に、ユキチの嘆きがむなしくこだました。その周りでは、「アンジュ・サクレル!」と歓声を上げて集まる人々。ギルとルイスはそれを制止する。ルメールはルイスの上で喧騒をぼーっと見ていた。
「あ、ギルにルイス、ルメールも。無事帰ってきました!」
ギル達を確認すると、にかっと笑うアリシア。
「無事……?」
首をかしげるユキチの脇で、ルメールがアリシアの頭に飛び乗り、早速魔力を吸い始める。




