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追放シスターと放浪ゴブリンのもぐもぐ見聞録  作者: 風上カラス
第5章 世界樹と天使

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第59話 4つ目の刻印

 アリシアが駆け寄ると、大司教がゆっくりと目を開け、額に手を当てた。


「うう……すみません。儀式の途中で気を失ってしまったようですね……お待たせしてしまったようで……さあ、刻印の儀式を続けましょう」


 大司教はふらつきながらも立ち上がり、無理に笑みを作る。儀式を途中で放り出す(ショー・マスト)わけにはいかない(・ゴー・オン)。彼女は改めて服を脱ぐと部屋の中央に進み、両膝をついて祈りの姿勢を取りなおした。――静寂。外のざわめきすら今は聞こえない。


 しばらくすると、ぺた。肩甲骨の間あたりに刻印が押された感触がある。


(これで、四つ目……もう邪魔は入らなかったわね)


 そしていつものように焼き付くような熱が走る。「……っ!」アリシアは思わず顔をしかめ、膝が震える。アリシアは祈りを続けながら、あの声を待つ。


——Elenas(人の) minari(子よ)——


 耳の奥に、重なるように響く声(どんとこい)。アリシアはもう慣れたものだ。最初の時は怯えたが、今はその声を受け止める(聞くことを楽しみに)準備ができている(すらしている)


 ——Elenas(人の) minari(子よ), bene(よくぞ) venisti(ここまで) usque huc(来ました). Hic est(ここは) ara caelo(天に) proxime(最も近い祭壇). Tibi viam(あなたに道しるべ) monstrabo(を与えます).——


 四つ目の刻印だからか、世界樹の頂上だからか、理由はわからないが、今回は随分たくさん話してくれる(おしゃべりじゃないか)。もうおしまいかな、と思ったらまだ話は続いていた(話せるみたい)


 ——Cum omnia(全ての) sigilla(刻印を) collecta(そろえ) erunt(た時), lumen(光の導きに) sequere(従いなさい). Id ipsum(それこそが) erit quod(あなたの) finem(旅の) itineris(果てを) tui dem(示すものと)onstrabit(なるでしょう).——


(……ルーメン・セクエレ(光の導き)……)


 出ました。またしても謎の単語。ただ、今回は比較的ヒントが多い(分かりやすい)。とりあえず刻印を五つ集めれば何かが起きるってことね。


(そして、今度こそ聞きたい。)


 アリシアは声に出して問いかける。


「――クィス・エス・トゥ(あなたは誰)? エスネ・ディウィヌス(神様なの)?」


 少しの沈黙。いつもならここで話は終わるが、今日は違った。声が返ってくる。


 ——Ego sum(私は) Aldora(アルドラ). Non sum(神では) divinus(ない). Sed custos(世界を) mundi(見守るもの). Et is qui(そして、) vitam(あなたたちの) vestram(生存を) optat(願うもの).——


「アルドラ……」


 アリシアは小さく呟く。その名を口にした途端、胸の奥に温もりのようなものが広がった。名前がわかっただけでも大躍進だ。神ではないというが、ニシムラ曰く、上の世界の住人なのだろうか。


「——アルドラ(アルドラ)クィド・スント・()オウ゛ム・()ステッラルム()エト・カリクス(聖なる盃)・サケル(って何)? ミヒ・アドゥク(私には)・ノン・プラネ(まだ)インテッレジビレ(よくわか)・エスト(らない)


 問いかけに応じるように、光が一瞬だけ強まる。だが返ってきた答えは一方的なものだった。


 ——In fine(旅路の) itineris(果てにて) te(待っ) exspecto(ています).——


エクスペクタ(待って)、アルドラ!」


 アリシアは必死に呼びかける。だが次の瞬間、光も声もふっと途切れ、ただ静寂だけが残った。上の世界とのつながりが切れたのだ。アリシアは両の拳を握りしめる。


「……旅の果て……必ず会いに行くからね、アルドラ」


 背中の刻印が微かに光り、まるでその誓いに応じるように淡く鼓動していた。後ろでは、異様な光景に大司教が目を丸くしている。


「い、今のは……。おお! 私にも神の声が聞こえましたぞ!」


 聖堂の静寂を破るように、大司教は涙と鼻水を(出会った頃の)同時に垂らしながら(ギルのように)、その場にひざまずいた。


「聖女様……! やはりあなたこそ……!」


「やめてってば!」


 アリシアは慌てて振り返り、ぶんぶんと手を振る。


「私は聖女じゃないし、アルドラも神様じゃないって言ってたんだから!」


 必死に否定するが、大司教の目は完全に"奇跡を目撃した人間"のそれだった。——その時、聖堂の大扉が勢いよく開いた。


「大丈夫か? アリシア?」


 ユキチの声が響く。


「って……お取込み中だったか?……ずいぶんマニアックなプレイだな」


 ほぼ裸で仁王立ち(どこから)するアリシアに(どう見ても)ひざまずく大司教(いかがわしい関係)。ユキチの声にわずかばかりの軽蔑が入る。


「はぁっ!?」


 アリシアはずかずかとユキチに詰め寄る。その瞬間、自分がまだ下着姿(パンツ一丁)だったことに気づく。


「ち、違うのよ! そういうんじゃないから!」


 顔を真っ赤にして慌てて服を掴み、バタバタと身に着けるアリシア。後ろでユキチがぼそりと呟いた。


「いや、趣味は人それぞれだから……おれは気にしないぞ」


「ユキチ!!」


 アリシアの怒号が聖堂にこだました。足元では大司教が涙と(変態呼ばわりされても)鼻水を垂らしながら(おかしくない男が)、「ああ、聖女様……」と未だにぶつぶつつぶやいている。


「わかったわかった……それより大変なんだ。黒い雲がこの辺りを覆っていて……」


「それならもう大丈夫なはずよ」


 アリシアは服を直しながら、あっけらかんと答える。


「……え?」


「ここに来た魔族のリリアとは友達になったから」


「と、友達? 魔族と?」


 ユキチの声が裏返る。訳が分からない(一体どういう)という顔をしながらも(ことなんだよ)、建物から出て、改めて眼下を見下ろす――確かに黒い雲はもうない(さっぱり晴れている)


「……よくわかんねぇけど、無事でよかったぜ。その様子だと、刻印は無事もらえたんだな」


 ユキチが胸をなでおろす。


「ええ。それと……いつもの“声”とも、ちゃんと会話ができたわ」


「へぇ。大進歩だな! なんだって?」


 ユキチが目を輝かせる。


「あとで、皆と一緒に話すわね。まずは下に降りましょう……あたし、寒くなってきちゃった」


 アリシアは身震いをする。


「まぁ、あんな恰好だったらそうなるわな」


 ユキチが皮肉ると(すっぽんぽんだな)、アリシアはむっと唇を尖らせる(パンツは履いてたわよ)


「行こう。ラムネ。アリシアの護衛ありがとな」


 ユキチは影で見守るラムネを呼び寄せると、頭をなでた(ぷるぷる!)


「それじゃ、大司教様、あたしは下に戻るわね。どうかご壮健で」


 そう言って歩き出すアリシアの後ろで――大司教はまだひざまずいたままだった。


「どうか、神のご加護が聖女様にあらんことを……」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、祈りを繰り返している。


「……だめだこりゃ」


 アリシアたちは肩をすくめて、聖堂を後にした。

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