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地下図書館

「おまたせ、ユキチ!」


 夜の食堂(青空キッチン)はちょうど混み始めたところで、冒険者たちの声と焼き鳥の香りで空気が熱を帯びていた。ユキチがバゲットサンド(先に軽い夕食)を食べていると、アリシアが息を弾ませてやってくる。


「おう。祈祷、無事終わったか?」


「うん。ちゃんと拝んで、巡礼のスタンプもらってきたよ」


 そう言いながら、アリシアは当然のようにユキチの皿に手を伸ばし、バゲットをちぎって口に運ぶ(強奪する)


「……それ、俺が買った夕飯なんだけど」


「いいじゃん、同じパーティーでしょ?」


「静寂の試練とやらで少しはしおらしくなったかと思ったけど、何も変わらないな。……」


「そうでもないわよ」


 アリシアはニコニコしながら、右手の甲を見せた。そこには幾何学模様の(サイケデリックな)黒い刻印(スタンプ)がしっかりと刻まれていた。


「これで一か所目のスタンプゲット。これをあと4つ集めればゴールよ。小さいけれど、大きな一歩!」


「商店街のスタンプラリーかよ……」


「そんなこと言わない!こう見えて命がけなんだから。」


 アリシアはバゲットをもぐもぐユキチのバゲットをおかわりしながら、少しだけ真面目な声になる。


「……でもね、ちょっと変だったの。祈ってるときに、声が聞こえたの。“星の何かに、危機が迫ってる”って」


「……何かってなんだよ?」


 ユキチが顔を見上げる(不穏な空気を感じる)


「古代神聖語でエステラ・オヴェンって言われてさ。エステラは星って意味なんだけど、オヴェンがわからなくて……明日図書館で調べようと思ってるんだ。」


「神様、もうちょっとわかりやすく話してくれたらいいのにな」


「私もそう思った……でも、気になるでしょ?」


「うん。気にはなる。なんか面倒ごとになりそうな予感もするけどな。……でも、図書館なんて、この街にあったっけ?」


「あるわよ。大聖堂のすぐ隣。試練に行くときいつも目に入るから気になってたんだ」


 アリシアが立ち上がり、大聖堂(明後日の方向)を指差す。


「というわけで、明日は図書館に行きましょう!」


「うわー……文字か……眠くなるんだよなあ……」


「あんたは旅人でしょ?知識も旅の一部!」


「返す言葉もない。でも俺、古代神聖語なんてわかんねぇぞ」


「もちろん、あたしがサポートするわよ!」


 ユキチのバゲット(お夕飯)を食べつくしたアリシアは、当然のようにお代わりを頼んだ(食べたりてなかった)



 そして翌日


「……ここ、ほんとに図書館か?」


 ユキチは小声でつぶやいた。


 目の前にそびえる石造りの建物は、まるで神殿か砦(堅牢な要塞)のようだった。入り口の扉は厚く、上部には"知は神の言葉なり"と刻まれた石板が見える。


「静かに。こういうとこでは、物音立てただけで怒られるんだから」


 アリシアが軽くため息をついて(しずまものまねをして)、扉を押す。


 中に入ると、ひんやりとした空気(古本の独特のにおい)が肌に触れた。閲覧室は天井が高く(中はとても広く)古びた本が整然と(本がたくさん)並び、床には赤い絨毯(内装も豪勢だ)。誰かが字を書いている羽ペンの音と、遠くで本のページをめくる音だけが静かに響いていた。


 受付の奥に座っていたローブ姿の中年の受付職員(ナイスミドル)が、顔を上げる。


「ご用件をお伺いします。図書の利用は、資格に応じた制限がございます」


 ユキチが胸元からCランクの冒険者証を取り出して見せた。


「ちょっと調べものをしに来たんだけど……入れる?」


 職員は証をちらりと見て、ため息をつく(見下したような態度)


「Bランク以下の冒険者の方は、一般書庫の閲覧のみの利用に限られます。希少資料や神学関連の書は対象外となりますがよろしいでしょうか?」


「またかよ……この街、冒険者に冷たすぎない?」


 ユキチはこのグラスノヴァに来た時に、宿屋でギルド証を見せても追い出された(相手にされなかった)ことを思い出した。


「ユキチ、ちょっと代わって」


 アリシアが一歩前に出て、一礼する(シスターっぽい動き)


「私はアリシア。巡礼中の聖職者です。ロシアナ大聖堂で昨日、祈祷を受けてきました。この印が、その証です」


 そう言って、アリシアは右手の甲に刻まれたスタンプを見せる。職員は一瞬まばたきをし(おどろいて)うなずいた(納得した)


「……なるほど、巡礼者とは珍しい。お導きがあったのですね」


 彼はすっと席を立ち、恭しく頭を下げた(突然態度を変えた)


「あなたであれば、この図書館にある書架はすべて閲覧いただけます」


「マジかよ? 急に特別待遇だな!」


 ユキチがぼそっと言うと、職員はほほ笑んで(ユキチは無視して)続けた。


「それでは、心行くまでお調べください。何かありましたら、あちらの司書がサポートいたします。」


「ありがとうございます。ところで、古代神聖語を調べようと思うんですが、エステラ・オヴェンってどういう意味か分かりますか?」


「エステラ・オヴェン?」


 急な質問に間をおいて(さすが、図書館職員)、回答する。


 「エステラ・オヴェンは直訳すると、星の卵って意味になりますね。」


 「あー!オヴェンは卵か!ありがとうございます!ユキチ!"星の卵"だって!そんな言葉について記述のある本を探してみよう!」


 職員《知識人》の答えに満足のアリシア。本を片っ端からひっぱり出す。――分厚い書物を次から次へと(手あたり次第に)めくっていくも、肝心《星の卵》の情報は一向に出てこなかった。


「……星の灯……星見の祭儀……星詠みの巫女……違う、そうじゃない」


 アリシアは古文書に目を走らせながら、首を振った。


「星の卵って言葉自体、どこにも載ってない……惜しいとこまでは来てる気がするんだけど……」


「おいアリシア、これを見てみろ!」


「何か見つけたの?」


 ユキチが開いていたのは古文書ではなく――『生き物大図鑑(せかいのいきものたち)』だった。


「ちょっと、こんな本に星の卵に関することが書かれてるの?」


「いやそうじゃないんだけど、ここ見てみろよ。」


 ユキチが興奮気味に指さしたところにはこう書かれていた。


 ――ワイバーンも人間と同じようにくしゃみをします。くしゃみは、羽繕い(はづくろい)の時や水を飲んだ直後など、何らかの刺激で起こることがありますが、頻繁(ひんぱん)に繰り返す場合は病気のサインかもしれません。特に、鼻水や目の周りの腫れ、鳴き声の変化などを伴う場合は注意が必要です。――


「なによこれ。」


「俺、ずっと気になってたんだよ。ほら、ワイバーンもくしゃみするんだってよ」


「あぁ、確かに。じゃあ、あの時魔法が利かなかったのはやっぱりタイミングが合わなかったからなのかな。もっと空全体をカバーする感じで魔法をかければ……いや、飛行方向を予測して通過ポイントに設置すればもっと魔力消費を抑えられるか……」


 ぶつぶつ考え出す(思考が脱線する)アリシア。


「って違う違う。それはそれで面白い発見だけど、今はそれより”星の卵”!」


「あぁ、そうだったな。ごめんよ。ついつい。」


 二人は再び作業に戻る(本の山に向き合う)


 それからしばらくして――


「いやー、ないわー。見つからない。」


 ユキチは腕を組んで(もうお手上げと)、本棚に背中を預けた。


「なあ、あそこの司書に聞いてみようぜ。こんだけある本の中から見つけ出すのは見つけ出すのは無理があるよ。探してるジャンルすら間違ってたら時間のムダだし」


「……そうだね」


 二人は再び受付に戻り、今度は奥に控えていた若い司書の(いかにも本好きの)女性に声をかけた。


「すみません。“星の卵”という言葉について、調べているのですが……この上の書架を一通り見てみたのですが、何も手がかりがなくて」


 司書は静かにアリシアの手の刻印スタンプを見てから、周囲を見回し、小声で言った。


「巡礼の方ですね……少々お待ちください」


 そしてカウンターの奥に厳重にしまわれていた(すごい大事そうな)鍵の束を手に取ると、館内の奥へと二人を導く。通されたのは、古びた石階段の下――冷気が立ちこめる地下書庫だった。魔法のランプの明かりがわずかに灯るその空間には、ものものしい雰囲気の(見るからにヤバそうな)本がいくつも並んでいた。


「この地下図書室には禁書もありますので、不用意に本棚に近づかれぬよう、お願いします」


 禁書と呼ばれたそれらは黒い革表紙の”いかにも”な装丁が施され、鎖でぐるぐる巻かれて(やりすぎと思うくらい)厳重に保管されていた。


 そして司書は禁書が並んでいる(ヤバい空気の)エリアとは別の棚の一角から、これまた黒革に包まれた重厚な書を取り出す。


「こちらです。“神に選ばれし者たち”に関する記録の中でも、特に古く、写本も残されていない原本となります」


 司書がそっとページをめくると、そこにはオーラをまとった巨大な魔物(魔王)と、聖なる剣を掲げた異国の戦士(勇者)――その戦いの様子が、文章と挿絵で描かれていた。


「その者、勇者、神より授かりし(ことわり)をもって世界を調律し、魔王を倒さん。――って……なにこれ。完全に、子供がおとぎ話で読むやつじゃんかよ」


 ユキチが呆れたように言うと(軽く小馬鹿にすると)、司書は淡々と答えた(それを否定する)


「いいえ。こちらはこのロシアナ大聖堂が建立されるよりも前の時代から、代々引き継がれてきた歴史的な古代記録文献です」


「記録……って、マジでいたの? 魔王とか、勇者とか」


「はい。過去に実際、魔王の出現と、それに対抗する存在――“勇者”の召喚は確認されています。……直近で記録に登場したのでも、もう200年以上も前のことになりますが」


 アリシアはページをじっと見つめたまま、そっと言った。


「……じゃあ、“星の卵”も……?」


 司書は静かに首を振る。


「申し訳ありません。“星の卵”という記述は、この文献にはありません。ですが――」


 彼女はパラパラとページをめくり、指をとめた(一カ所を指さす)


「この記録の中で、神が導く希望の道しるべを“(estera)”と表現している箇所が、いくつか見られます。もしかすると、"星の(estera)(oven)"もそれに関係しているのかもしれません」


 勇者の頭上に輝く星の(子供ウケしそうな)挿絵を見つめながら、二人は何も言わず、静かにその意味を考えていた。


 アリシアたちがその本(児童書)に読みふけっている間、禁書エリアを巡回していた司書が悲鳴に近い(静寂を破って)声を上げる。


「えっ!?無い?なんで……?」


「どうしたんですか?」


「いえ、ここにあったはずの本がなくなっているんです。私と大司教様以外ここには入れないはずなのに」


「じゃ、大司教様が持って行ったんじゃないの」


「いえ、この地下書庫の本は全て持ち出し禁止です。それに大司教様はここ数年図書館に足を運ばれたことはありません」


「じゃあ誰が……」


「ちなみに、それは何て本なんだい?」


「タイトルは――『美少女メイドのイケない異世界転生~転生したらそこはパラダイスだった件~』――です。」


「ん?」


「なんて?」


「ですから、『美少女メイドのイケない異世界転生~転生したらそこはパラダイスだった件~』です。」


「ちょっと待って、そんなエロ本みたいなタイトルの本が貸出禁止の禁書庫に大事に保管されてたの?――ちょっと読んでみたいんですケド……」


 最後はごにょごにょ言いながら、赤面《イケない想像を》するアリシア。


「はい。確かにタイトルはちょっとアレなのですが、本の中身は読む人が読んだら結構危険なもので、異世界人の召喚方法とか、魔王の産み出し方とか一般には公開できない禁忌に関する情報が書かれてるんですよ」


「想像がつかねぇな。そもそもそんな情報信用できるのかよ」


「えぇ、なにせ記録によると、200年前に登場した魔王は、その本に書かれた内容を実施したことで本当に誕生してしまったようで……それからはあの本は禁書としてここに厳重にしまわれていたんですよ。それがなくなったとなると……あぁ!大変だ!『時間よ止まれ!停止した世界で悪役令嬢にお仕置きタイム』」もなくなってる!」


「そっちもまたひどいタイトルだな。まぁでも、俺でも中身が想像できるぜ。どうせ、時間に干渉する魔法についてまとめられてるんだろう?」


「はい……その通りです……こんなこと、図書館ができてから一度もなかったのに……」


 地下書庫に泣きそうな(本当にあり得ない。。)司書の声がこだました。

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